【退職決断】#03 出勤できなくなった朝、「終わった」と思ったときの話
4回転職した僕の「退職決断シリーズ」第3話。
このときの退職が、
正直いちばんしんどかった。
理由は……
▶退職決断シリーズ第1話はこちら
▶退職決断シリーズ第2話はこちら
今回は、長くなったので見出しをつけてます。
初めての県外勤務
前の会社を辞めたのが、7月。
それから4か月間、県内の会社を受けては落ち続けた。
30代半ば、
キャリアより、年齢なのか?
転職前にあった謎の自信は、あっさりと崩れ去った。
12月だったと思う。
「これもう、県内の会社じゃ見つからないな。」
そう思って、範囲を県外まで広げた。
期間限定ではあったが、好条件の会社が見つかり
2月から、入社することになった。
初めての県外。
半年以上の無職期間。
長かったなぁ。
着任後に待ち受けていた、試練
時は2020年。
1月は、クルーズ船の乗客でコロナ感染者が~
の報道ばかりだった。
「大変だなぁ」
着任前に、他人事のようにニュースを見ていたのを
覚えている。
2月、予定どおり着任。
初めての建設業。
新しい家・職場・生活。
不安もあったが、案外すんなり溶け込めた。
3月、職場でもコロナ感染者が発生。
そこからは、試練の毎日だった。
日に日に増えていく感染者。
現場でも、感染予防の対策がどんどん厳しく
なっていった。
プライベートも行動が制限された。
本当の意味で、職場と自宅の往復だけ。
今振り返っても、
「二度と経験したくない日々」だ。
先の見えない日々は、それから2年近く続いた。
契約期間終了のはずが・・・
建設業には、これまでの僕の経験や感覚には
ないことが多かった。
なかでも人の動きには驚かされた。
工期中でも、人の出入り(入れ替わり)が頻繁にある。
僕はもともと、この現場が終わるまでの契約だった。
2年間のはずが、コロナの影響で半年以上伸びていた。
現場の作業が終わるには、さらに半年以上かかる
見込みだった。
漠然と次の仕事をどうしようか考えていた時に、
当時の副所長が、別の現場に所長として
異動することになった。
そして、思わぬ声が掛かる。
「俺が行く現場に来いよ。」
面倒見が良くて、仕事もできる。
THE親分みたいな人。
たくさんの人が働くなかで、
数少ない同郷で尊敬できる人。
そんな人から声を掛けてもらえたことが、
素直に嬉しかった。
今の現場も、まぁまぁ田舎だった。
でも、車で行ける範囲に大都会があった。
次の現場は、自分の地元と同じくらいの田舎だった。
近くに大都会もない。
悩んだ。
でも、行くことにした。
(厳つい親分の圧に負けたのは、ここだけの話。)
異なる空気感、募る違和感。
そんなわけで、次の現場にやってきた。
家、生活、人間関係。
すべてリセット。
人間って比べてしまう生き物なんだな。
現場の規模
一緒に働く人との関係性
依頼主との距離感
働き始めて、割とすぐに察したことを覚えている。
「なんか違うな」
そりゃ、違って当然なんだけど
肌感覚的なものが違い過ぎた。
現場の規模は格段に小さくなった。
一緒に働く人も少ない。
そうなると、必然的に密度が濃くなる。
ここに「合わない」人がいると、
しんどくなってくる。
前の現場ではなかった、
依頼主が頻繁に事務所に出入りしてくるのも
自分にとって地味にストレスだった。
そして、
「なんか違うな」が
確信に変わる出来事が起きた。
その瞬間、僕はもう戻れないと思った。
突然の睡眠障害
転勤は10月の半ばだった。
そこから2か月、違和感を感じながら過ごしていた。
さっきも書いたが、「合わない」人もいた。
その合わなさは、日ごとに増していった。
年末年始、実家に帰った。
家族や友人に会って、楽しい時間を過ごした。
束の間のリフレッシュ。
「さぁ、明日から頑張ろう」
そう思って、車を走らせた。
帰り道が、ものすごく長く思えた。
距離以上に長く感じたのを覚えている。
明日に備えて、いつもより早く布団に入った。
その夜、僕は一睡もできなかった。
長時間の車移動で、当然体は疲れている。
普段なら、5分もかからず眠れるはず。
その日は、違った。
脳が明日からの仕事のことを考え続けた。
感じ続けていた違和感は、不安となって
容赦なく襲い掛かってきた。
現場の空気。
合わない人との距離感。
相談できない環境
相手にしてもらえない恐怖・孤独
自分の性格の問題なのか?
考えれば考えるほど、
すべてがマイナスに向かっていった。
職場に行けなくなった
眠れないまま向かえた朝、事務所に連絡を入れた。
「体調が優れないので、休みます。」
いい歳した大人が、年明け早々休む。
絶対にやってはいけないこと。
そう思うと、思考はさらにマイナス方向へ突き進む。
ただ、休めた安堵からか、
日中の明るい部屋で、少しだけ眠れた。
目が覚めても、何もする気になれない。
ただただ、職場への申し訳なさと、
自分の不甲斐なさで悲しくなってくる。
そして、夜になるとまた眠れない。
明日こそは、出社しなきゃ。
遅れを取り戻さなきゃ。
焦りで、さらに脳が覚醒する。
そして、翌日も出社できなかった。
仕事どころか、通常の生活サイクルにさえ
戻れない。
こんな日が、数日続いた。
出社できるようになったとしても、
もう、合わせる顔がない。
そんな風に考えていた。
すがる思いで電話をかけた先は
自分の身に何が起きているのか。
もはや、それすら理解できていなかった。
横になりながら、スマホで検索する。
現状を、単語にして。
「心療内科の受診をおすすめします。」
そんな表示が出てきた。
まさか、自分が行くことになるなんて。
何かにすがるような気持ちで電話をした。
数日後、診てもらえることになった。
久しぶりの外出、まさかの心療内科。
診断結果は・・・
受診の日。
車で人生初の心療内科に向かう。
この地に来て、まだ2か月半。
いつもと違う、見知らぬ風景。
病院に着いた。
思えば、体が元気な状態で病院に
来ることなんてない。
不思議な感覚で、診察を待つ。
「適応障害ですね。」
そう医師に言われ、診断書をもらった。
やっぱり、病気だったんだ。
少しだけ、ホッとした。
決断のとき
もう、ここでは働けない。
いや、ここで働いてはいけない。
そう思った。
過去の退職でも、思ったことはある。
その時は、己の感情だけだった。
今回は、違う。
自分の状況に、病名がついた。
「適応障害」
そして、診断書には、
就労困難と書かれていた。
僕の性格のことだ、
頑張っても同じことが起きる。
上司と所長に、退職の意向を伝えた。
「考え直せ」
「今辞めるのはもったいない」
僕の決心は、そんな言葉では覆らなかった。
わがままだったかもしれない。
でも、働けないのだ。
転勤から、わずか3か月。
もう、この場所にいる理由もなくなった。
心はからっぽになった
突然の、健康面の不安による退職。
次の職場などない。
帰る場所は、
実家しかなかった。
引っ越しの手配を済ませ、
自宅を片付ける。
最後にして、最大のイベントが残っていた。
職場に置いたままの荷物も整理しないと…
出勤最終日。
荷物をまとめ、挨拶を済ませた。
駐車場の車の中で、
いろんな想いが頭を巡っていた。
声を掛けてくれた所長への申し訳なさ。
自分の情けなさ。
合わない人もいたけれど、
それでも、仲間を裏切ってしまった感覚。
でも、解放されたのも確かだった。
涙が出るわけでもない。
怒りでも、悲しみでもない。
心が無のまま、車を走らせた。
この時の退職は、
その後の僕に「働くとは何か」
を考えさせることになった。
そして、こんな思いをした僕は、
もう一度、退職を経験することになる。
次回、退職決断シリーズ #04(最終回)。
▶退職を考えた時に読んでほしい「判断」の話はコチラ
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