「昔のアレよかったよな」と思う理由|便利になった今、思い出すもの
最近、
「一周まわって、以前の状態に戻る」
「一周まわって、以前のものがいい」
と感じることが増えました。
デジタルの文字から、手書きのメッセージ。
効率から、あえて手間をかけること。
昔流行った玩具が、
今仕様にアップデートされて、
また出てくることもありますよね。
思い出補正込みで、
「あれ、昔のあれよかったよな」
そう感じる瞬間も、少し増えた気がします。
昔に戻りたいからではなくて、
今の便利さを、手放したいわけでもない。
ただ、便利になって、
効率化されて、
できることも増えたはずなのに、
なぜか前より、
余白がないように感じる。
だからこそ、
一周まわって以前のものに触れたとき、
「今より不便だったはずなのに、当時の方が余白があったような…」
と感じるのやもしれません。
今回は、 この違和感について考えてみました。
前にあったものの価値を見直す
「一周まわって〇〇」と感じるものは、
意外といろいろある。
テレワークが広がったあとに、
やっぱり出社して顔を合わせる時間が見直されたり。
デジタルの文字が当たり前になったあとに、
手書きのメッセージに温かさを感じたり。
多様性が大切にされる一方で、
自分と相手の境界線も必要だと感じたり。
EV車が注目されたあとに、
ガソリン車の良さがもう一度語られたり。
効率を求めた先で、
あえて手間をかけることに惹かれたり。
どれも、
昔にそのまま戻りたいというより、
一度新しい方へ進んだからこそ、
前にあったものの価値を見直している感じがする。
目新しさや効率だけを追いかけていると、
既にあった「良さ」を
見落としてしまうことがある。
だから、ふとした時に
「一周まわって、やっぱりこれもいいよね」
と感じるのやもしれませんね。
便利になったのに、余白がない
昔と比べると、
今はできることが本当に増えました。
分からないことは、すぐに調べられる。
会わなくても、顔を見て電話が出来る。
家にいながら、買い物もできる。
移動しなくても、
仕事や手続きができることもある。
便利になって、効率化されて、
本来なら時間に余裕ができてもよさそうなのに、
なぜか、
前より余白がない気がする…。
むしろ、
できることが増えた分、
やることも増えたように感じます。
私たちは空いた時間に、
スマホを見て、多くの情報に触れる。
それによって情報が伝わる速さも、知る速さも、
以前よりずっと速くなった。
だからなのか、時代の流れも速く感じる。
誰かに急かされているわけではないのに、
自分で自分を忙しくしていることがある。
だから、
一周まわって以前のものに触れたとき、
「今より不便だったはずなのに、
当時の方が余白があったような……」
と感じるのやもしれません。
不便さゆえにかかっていた時間。
手間がかかった時間。
その時間を、
当時は余白だと思っていなかったけれど、
今になって振り返ると、
そこに余白のようなものがあった気がします。
便利になったことで得た時間を、
私はちゃんと余白として持てているのか…
一周まわって昔のものに惹かれるのは、
そのあたりが引っかかっているからなのやもしれません。

「便利になったはずなのに、なぜか余白がない」
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