「どうなりたいか」と「どうありたいか」を考えてみた
子どもの頃、
「将来、何になりたい?」
と聞かれたことありませんでしたか?
大人になってからも、
どうなりたいかは、
何度か考える機会があるかと思います。
いくら稼ぎたいか。
どんな人に見られたいか。
何者になりたいか。
どんな自分になりたいか。
でも、
どうありたいか、は
深く考える機会はありませんでした。
今回は、
「どうなりたいか」と、
「どうありたいか」について考えてみます。
「なる」は外側
「なる」と「ある」はざっくり分けると、
「なる」は、外側
「ある」は、内側
の感覚でいます。
例えば、
「どうなりたいか」を考えたとき、
いくら稼ぐ人になりたい
周りから、こういう人だと思われたい
何者かになりたい
自分を磨きたい
こういうものだったりする。
収入や肩書き、
評価や見られ方のように、
外側から分かりやすい形で
見えるものが多い。
もちろん、 それが悪いわけではありません。
目標があるから頑張れることもあるし、 「こうなりたい」があるから、 行動できることもある。
ただ、
「どうなりたいか」だけを見ていると、
その自分が、どんな心の状態でいるのか。
自分自身と、どんな関係でいるのか。
そのあたりを
見落としてしまうのやもしれません。
「ある」は内側
一方で、
「どうありたいか」は、
心穏やかな人でありたい
自分のペースや気持ちを
大切にできる人でありたい素直な人でありたい
こういうものかと思います。
「どうありたいか」は、
自分自身と、
どんな関係でいたいのかを
見ることなのやもしれません。
「ある」を叶えるために、「なる」があることもある
「なる」と「ある」を
それぞれで考えてきましたが、
完全に切り離されているわけではなく、
つながることもある。
例えば…
お金に余裕がなくて、
心にも余裕がなくなる状態。
その状態から抜け出して、
お金にも心にも余裕がある自分でいたい。
と、思ったときに、
「年収〇〇円稼ぐ人になる」
という目標が出てくる。
この場合、
「年収〇〇円稼ぐ人になる」は、
ただの数字の目標ではなく、
お金にも心にも余裕がある状態でいたい、
という「ある」に近づくための手段なのだと思います。
だから、
「どうなりたいか」という目標の先で、
自分がどんな状態でありたいのか。
そこも一緒に意識したいです。
目標を叶えた自分は、どんな人であるのか
目標を持つことも、
何かを目指すことも、
とても大事なこと。
ただ、
その目標を叶えたときに、
自分がどんな人で「ある」のか。
そこも意識したい。
何かに、何者かに、
なろうとしなくてもいい。
でも、
もし何かを目指すなら、
その先の自分が、心穏やかでいられるのか、
自分自身と、いい関係でいられているのかも、
「どうなりたいか」とセットで、
考えていきたいです。

もし共感していただけるところがあったら
スキで教えていただけると嬉しいです✨

Substackはじめました🌱
日々の「なぜ?」や、感じたことなどをリアルタイムで発信しています。
お時間があったら、こちらもどうぞ📖
👇🏻自分らしさを、ひとつに決めなくてもいいと思いたいときに
👇🏻自分軸・他人軸より、自分の心地よさを見てみたいときに
👇🏻世間で言われる正解より、自分のペースを大切にしたいときに
