見出し画像

毎日投稿の波から、自分の波へ

SNSで発信をしていると
「毎日投稿がいい」
という情報を見かけませんか…?


実際、
みんなその通りに、
毎日投稿しているように見える。


楽しくても、苦しくても、毎日。


そういう空気にのまれてしまうと
止まりたいと思っても、止まるのに勇気がいる。
過去の私がそうでした…。


だから最近、
止まる勇気、やらない勇気、休む勇気
について考えていました。


ただ「休もう」という話ではなくて、
なぜ、
止まることや、
やらないことや、
休むことに、
勇気がいるのか。


今回は、
SNSの波と、
自分の波について書いてみます。



過去の私は、承認欲求の塊

投稿したものに反応してもらうには、
どうしたらいいんだろう。
書きたい内容ではなく、
反応してもらえる内容がいいのか…?
なーんて、考えて、
色々と調べていた時期がありました。


その中で見つけたのが、
「毎日投稿が有効」という情報。


それからは、
毎日投稿できると、
ちょっとした安心感があったし、
「今日も投稿できた」という
達成感もあった。


投稿したあとも、
マメにSNSを確認していた。
投稿して終わりではなく、
投稿したあともずっと、
意識がSNSに向いている……。


ストックがある日は、
それだけで安心できたし、
数値が増えると、
やっぱり嬉しかった。


ただ、
毎日投稿が途絶えたときは
不安になったし、
緊張の糸が切れるような感覚になった。


私は、反応や数字を見ながら、
自分の存在感を確かめていたのかもしれません。



週3投稿にして、戻ってきた余白

今の私は、
記事投稿を週3回と決め、
あとは投稿したい時に投稿すると、決めています。


このルールが案外、いい。


書くことを楽しむための、
自身の余白ができます。


投稿しない日は
他の人の記事を読んだり、
普段感じていることの深掘りをしたり、
じっくりと記事を作成したり…
内省〜発信までの時間ができる。


発信することで精一杯でしたが
自分のペースを守ることで
戦略無しに、
他の人の発信を読んだり、
交流したり、
SNSを楽しめるようになりました。



浅いまま出すのが、勿体ない

毎日投稿を意識していた頃は、
投稿すること自体に意識が向きすぎていた気がします。


もちろん、
毎日続けることで得られるものもある。
習慣になるし、
発信の筋トレにもなるし、
見てもらえる機会も増える。
アルゴリズム的にもいいのかもしれない。


でも私の場合、
内省する時間が足りないまま書いた文章は、
あとから読むと、
「勿体ないことしたな」
と感じることがあります。


それっぽい言葉は並んでいるけれど、浅い。
考えたつもりだけど、浅い。


しっかり書けたと思う文章は、
何度も読み返して、寝かせて、
また読み返している。


私にとっては、
その時間も大切でだと感じています。



自分の波で進んでいきたい

止まること。
やらないこと。
休むこと。


それに勇気がいるのは、
どこかで
「毎日やらなきゃ」
「止まったら流れが途切れる」
「存在感が薄くなる」

と思っていたからかもしれません。


SNSの波は、激しく感じる。
流れも速いし、
似ているアカウントもたくさんある。


少し止まっただけで、
取り残されるような感覚になることもありました。


でも今は、
その波にずっと合わせ続けるより、
自分の波を作っていきたいと思っています。


内省する。
書く。
読み返す。
寝かせる。
また読む。
投稿する。
交流する。
また内省に戻る。


この流れが、私にとっては大事です。


過去の私は、
SNSの中で存在感や居場所を守りたかった。
でも今は、自分の言葉を守りたい。


止まることは、
終わることではなくて、
私にとっては、
自分の波に戻るための時間なのやもしれません。


もし共感していただけるところがあったら
スキで教えていただけると嬉しいです✨


Substackはじめました🌱‬‪

日々の「なぜ?」や、感じたことなどをリアルタイムで発信しています。


お時間があったら、こちらもどうぞ📖

👇🏻便利になったはずなのに、なぜか余白がないと感じるときに

👇🏻省いていいものと、残したいものの違いを考えたいときに

👇🏻スマホを見る時間が増えたぶん、何が減ったのか考えたいときに

いいなと思ったら応援しよう!