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復職目前にして『バリキャリ』へのこだわりを手放す

復職の日が確定した。

また仕事と育児とうんちにまみれるカオスな日々に舞い戻るのかと思うと『なぜわたしは働いているのだろう』と根源的な問いに向き合いたくなった。

カオスの中にも意味を見出したい。

仕事にすべてを求めすぎていた

「たかが仕事でしょ」

そう言われたら、どう感じるだろう?わたしは自分の仕事への想いをないがしろにされたと感じてイラっとしていたと思う。

Amazonの日本支社を経て、シアトルのAmazon米国本社で働く福原たまねぎさん。アメリカで働く福原さんのnoteで、今の自分にぐさりと刺さる記事があった。

「仕事はお金を稼ぐ手段である」という割り切った考え方があると思う。
<中略>
言い方を変えれば、仕事にすべてを求めるということはしない。それはたとえば"やりがい"とか"豊かな人間関係"とか。仕事を「自己実現を果たすための"唯一"のツール」とは見ていないのだ。

自分に言われているのかと思うくらい刺さった。

わたしはもしかしたら仕事に期待しすぎていたのかもしれない。
・人の役に立つこと
・おもしろい人との出会い
・知的好奇心を満たすこと

全部仕事だけに求めていたから、ちょっとでもそれが満たされないと仕事に不満を感じていた。そしてそれを解消できる仕事がない(転職するスキルも職歴もない)ことに焦燥感を感じていたのかもしれない。

なぜわたしは働くのか?

お金を稼ぐため。

シンプルにそれでいい。生きがいも人間関係も知的好奇心を満たすことも、全部を仕事だけに求めるのはやりすぎだった。仕事だって「そんな求められたら荷が重いよ~」なんてきっと嘆いている。

そして、いつの日かお金を稼がなくて良くなったら、仕事を辞めればいい。

生きがいになる他者への貢献も、豊かな人間関係も、知的好奇心を満たすような課題解決も、仕事じゃなくても得られるはずだ。むしろ仕事以外でも得られるように、仕事じゃないことに時間とエネルギーを割けばいい。

人生をど真ん中に置いて、仕事は脇に置く

おもしろい仕事を探して彷徨っていた私に深く刺さったメッセージ。

それは『仕事に求めすぎなくてもいいんじゃない?』ということ。仕事を人生のど真ん中においていたこれまでをちょっと反省した。人生をど真ん中に置く。そして人生のための仕事にする。

ど真ん中に置かれる『人生』。どんな人生が理想だろう?以前人生のミッションステートメントで、高い山に登るよりも道中の景色を楽しみたいと書いた。スキップするように生きたい、とも。

景色が楽しめる人生、それは変化に富み、今を味わえる毎日だ。いくら綺麗でも富士山がずーっと目の前に鎮座していたら飽きてしまう。樹林帯を抜け、草原があり、森林限界を超えて、岩だらけのごつごつした足元に可憐な高山植物が花を咲かせる。刺すような日差しが眩しい快晴の日もあれば、しとしとと冷たい雨の日もある。そうして、その瞬間瞬間を味わう、そんな人生。

スキップするように生きる、これは走ると歩くのちょうどあいだ。息は切れないけど躍動感とスピード感がある、そんな具合がちょうどいい。それに、わたしは歩くのも走るのも嫌いだけど、スキップはまあまあ好きなのだ。

自分が苦しくなる『バリキャリ』は手放す

こうやって考えてみると、自分が大事にしているかけらが少しずつ見えてくる。そして、必ずしも仕事でエリート街道を爆走し、成果をあげなくていいことにも気づく。

『成果で周りを黙らせる』そんな気概で働いていたけれども、そんな人はちょっと怖いわ。

わたしが描いていた理想のバリキャリは、ただの幻想だったのかも。

仕事にこだわりすぎて苦しかった自分が、少しほどけた気がする。


▼金銭的に働かなくてもよい状況になっても働きたいですか?そんな質問への答えをまとめた記事はこちら。働く意味を考えてしまいます。


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▼もうちょっとで復職です・・

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メラミン|1歳3歳の母 こんなところまでお読みいただきありがとうございます! なにか心が動きましたら、チップでお知らせいただけるととってもうれしいです。