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僕を変えたのは僕だったのか〜「流される」と「変えられる」は同じじゃない

『Don't be an island』
rice Water Grooveというヒップホップユニットの、ワンマンライブコンサートに行ってきました。そのタイトルがこれ。

17世紀の詩人:ジョン・ダンの言葉を踏まえたものなのかはわからないけど、人は誰しも孤島ではいられません

僕がこのnoteを書き続けられているのも、同じです。最近、「読んでいます」と声をかけてもらったり、セレンディピティについて質問攻めに合うことが本当に増えました。僕はまだ、完成した答えを持っていません。だからこそ、問いを受け取り、誰かと語りながら、自分の考えも少しずつ変わっていく。

一人で考えて書いているつもりでも、僕の考えは、ずっと誰かとの関わりの中でつくられていました。1年半1回も休まずに毎週投稿してきて、その意味や意義について悩んだりした日もありました。でも、続けてきてよかったなって、心から思えました。そして、あなたが読んでくれていると思えるからこそ、書き続けることができています。ありがとうございます。

今回は、その「誰かとの関わりによって変わること」と、主体性について考えてみたいと思います。


あの人が、僕を紹介した夜

過去に一緒に登壇したことのある彼と、先日久しぶりに再会した。最後に一緒に飲んでから、1年半ぶりかな。

彼のSNSで「大阪に行くから、ご飯一緒に行ける人、求む」といういわゆる"ゆる募"の投稿を、たまたま見かけた。僕はその日に、横浜の自宅に帰る予定だったんだけど、「久しぶりに会いたいな」って思ってた人だったから、「終電までなら付き合えます」と、その瞬間にメッセージを送った。

出会って話すのは4回目。片手で足りる程度しか話したことないんだけど、でも、僕は勝手に親近感と尊敬の両方を彼には抱いていて、特別何について話したいとかはないんだけど、多分会ったら、話すネタが尽きないだろうなって思える、そんな人。

当日、待ち合わせ場所には、僕と同様に、あの投稿を見て集まった人たちがいて、初めましての人たちと、限られた時間の中で交流を楽しんだ。それぞれの自己紹介をしては、全員のことを唯一知っている彼が補足して紹介してくれる・・・そんな感じの回だった。

僕は当然ながら、自己紹介としてセレンディピティのことを話したんだけど、その時もみなさん面白がってくれたり、質問をいっぱいしてくれて嬉しかった。そして、彼が僕に対して、「三上さんは、人生楽しそうだなって僕が羨ましく思う4人のうちの一人なんです」って補足してくれた。

素直に嬉しかった。
照れ臭く、同時に、少しだけ落ち着かなかった。

「羨ましい」と言われるようなことを、
僕が狙ってやっている自覚がなかったからだ。


違和感の中身

この違和感は、そのままにしておきたくなかった。

彼が見ているのは、この説明し難い働き方をしている僕だろうし、あちこち飛び回り、いろいろな界隈を往来する僕であり、それを楽しそうにこなしている僕なんだと思う。

でも僕の側の実感を言えば、順番が逆で。楽しくなるように何かを設計したわけじゃない。その都度その都度、出会う人と関わる中で、お仕事を引き受ける中で、僕は少しずつ自分の形を変えながらこういう、自分流のスタイルになっていった。彼の出会いも確実に僕に影響を与えている。その変化の過程をSNSなどで見ながら、彼はそれを「楽しそう」と思ってくれたのかもしれない。

じゃあ、その「変わっていった」の主語は誰だったんだろう。


主体性って、何だろう?

前回のnoteで、四つの入口の話を書いた。
人生やキャリアを考える入口として、どうありたいか( being )、何をしたいか( doing )、誰かと成したいか( doing with )、そして、その関わりの中で何者かになっていくか( becoming with )、という四つを挙げた。

becoming withだけは、まだ問いの形も定まらないまま、「二周目はどの順で通りたい?」という問いを渡して終わらせた。

自分から「こうなりたい」を掲げず、関わりの中で変わっていくことを許す・・・、これは一見、主語を手放しているように見えた人もいたと思います。流されているのと、何が違うのって。前回はそこに答えず、宙づりのまま終わりました。

でも、あれから改めて考えて、「やっぱり主語を手放しているわけじゃない」っていう確信のほうが強くなりました。


becoming withとは、主体性の形が変わることだった

偶然が起きること自体は、コントロールできない。その人と出会ったことも、その人が僕をどう見るかも、僕の意志とは別で、僕の外側にある。

大学で教えたいという思いは、30代の頃からずっと頭の片隅にあった。大学卒業とともに、地元岩手を出た僕は、地元に錦を飾る・・・じゃないけど、地元に対して何かをしたいという気持ちはあった。だから、母校の教育学部の学生に、僕のようなキャリアがあることを伝える意味がある、という漠然とした自信があった。でも、どう関わればいいのか、どういうルートを辿るとそうなれるのか、その方法がまったくわからなかった。

以前にも書いたことがあるが、去年の秋、仲良くしてもらってるアーティストが地元・盛岡でライブをするとのことで、顔を出すために帰省した。どうせ行くなら交通費くらい経費にしたいと思って、コワーキングスペースを運営する方に、イベントをやりませんかと企画書を送ってみた。でも、返ってきたのは、丁寧なお断りだった。唐突なこちら都合の提案だから、それは致し方ないこと。

それで終わったと思っていた。ところが数日後、また連絡が来た。


「この資料、(僕の母校の)大学に共有してもいいですか?」


何のことかすぐには分からなかった。

話を聞くと、その人が関わっている岩手大学の講義に、僕のセレンディピティの企画を推薦したいという話だった。何も考えず、二つ返事で了承した。そして今年の1月、母校で200~300人規模の講義の中で、お話させてもらえることになった。

狙って取りに行った話ではない。ことの発端は、ライブを見に行きたかっただけ、交通費を浮かせたかったある種のスケベ根性だ。それが、30代からずっと持っていた「大学で教えたい」という思いに、こんな形でつながるとは思っていなかった。

でも、その偶然を「意味のある発見」に変換するのは、100%僕の側の仕事だ。「羨ましい」と言われた言葉を、ただの褒め言葉として受け取ることもできた。聞き流して終わりにすることもできた。でも、そうしなかったのは、僕がその言葉に対し、敏感に拾いにいったから。

要は、becoming withというのは、主体性を手放すことじゃない。

主体性の「形」が変わることなんだ。「自分の意志で、まっすぐ突き進む」型の主体性から、「関わりに自分を開き、変えられることを引き受け、その変化を自分で意味に変える」型の主体性へ。

これって、けっして、主体性の総量が減っているわけじゃないんです。「こうなりたい」という設計図を握りしめて、自分の意志だけで押し進めるほうが、実はよほどシンプル。むしろ、開いたまま、降ってくるものを逃さず拾い、意味に変え続けるほうが、よほど骨が折れるから。


同じようなことは、他にもある。
今年1月、JCAの理事になったことも、完全に想定外だった。でも、そこに至るまでの関わりの中で、「理事になりませんか?」と打診をいただいた。『気候危機』というこれまで1度も関わりを持ったことのない業界に携わることの恐怖も不安もあったけど、この人たちと何かをしたいと思えるほどの愛着も積み重なっていた。

どちらも、狙って手に入れたものではない。でも全部、誰かとの関わりの中で降ってきたものを、自分で意味づけして、自分で拾ってきた未来だった。

一つだけ、先に断っておきたいことがあって。それは、この話は「だから、変わり続けろ」という号令ではないということ。変わることを推奨しているのではなくて、気づいたら変わってしまっていた自分を、怖がらずに認めてもいいと思うよ、って話をしているのです。


とどまることのほうが、居心地悪い

先日、久しぶりに地元の先輩と飲んだ。セレンディピティにも興味を持ってくれていて、4時間近く語り合ったが、その中で、組織論・チームビルディングの話をしていた時に、おもしろい話を聞いた。

先輩は、モチベーションのことを「コンフォートゾーンを維持しようとする力」と捉えていた。「だから人は、現状維持をしようとするんだよね」と。

そして、JCAの理事になったことを報告した際に、さらにこう言われた。「でも、三上のように"飛び出し続ける"人もいる。それは、現状維持をすることが居心地悪くなってしまった人に起きる現象らしいよ」と。それがモチベーションになっているのだろうと。

聞いた瞬間、腑に落ちた。

確かに自分は、現状維持をするタイプじゃないな、と思った。僕のような人間にとっては、同じ場所にとどまり続けることのほうが、よっぽど居心地が悪い。だから外へ出ようとする。先輩の見立て通りだとしたら、現状維持が居心地悪いなら、変化し続けることそのものが、僕にとってのコンフォートゾーンなのかもしれない。動機の中身がそもそも逆なんだ。


RANGE─足を止めないための越境

領域を軽々と越えていく人が、なぜかセレンディピティにもよく出会う。これは、偶然ではないと思う。とどまることが苦手な人ほど、隣の領域に手を伸ばす。手放す越境ではなく、動かずにいられないから編み続ける越境だ。

越境と言っても、転職したり、今いる場所を離れたりすることだけを指しているわけじゃない。同じ職場にいながら、仕事のやり方を変えてみる、これまで関わりの薄かった他部署との連携を自分から深めてみる、それも立派な越境だと思う。大きい越境もあれば、小さい越境もある。

デイヴィッド・エプスタインは、専門に閉じず、幅広い経験や分野を横断することの価値を『RANGE』という本で論じている。ただ僕は、その知識の幅の下に、もう一つ別の幅があると思っている。

一つの領域にとどまらず、外へ出て、そこで出会った人や仕事、新たな情報に関わるたびに、少しずつ自分の形を変えてきた。教育の世界に片足を突っ込んだ僕、気候変動の世界に片足を突っ込んだ僕、それぞれの世界で、それぞれの知識や視点が、否応なく身についていく。

つまり、RANGEの広さというのは、知識だけを目的に集めた結果ではなく、becoming・・・これまでどれだけ多くの自分になってきたか、どんな人格を持ち合わせたか・・・そこから生じた副産物なんだと思う。知識の幅の底には、"なってきた自分"の幅が流れている。


不惑という誤読

最後にもう一度過去の投稿に触れておく。孔子の「不惑」という言葉は、『論語』の原文では「四十にして惑わず」。一般的には、「四十歳で迷わなくなった」、と読まれる言葉だ。

以前の記事で紹介した、能楽師の安田登さんの解釈に出会ってから、僕にはずっと別の読み方が残っている。「惑」の偏(へん)を外し、古代に実在した「或(境界を引く、の意)」と読み直すと、「惑わない」は「迷わない」ではなく「区切らない」になる。惑わなくなるのではない。自分を「こういう人間だ」と区切らなくなる。不惑とは、自分を囲わないことだと言うのです。

ここで、先輩のコンフォートゾーンの話が、もう一度効いてくる。

同世代の人と話していると、かなりの頻度でミドルエイジクライシス(自分の人生はこのままでいいのか、と深い葛藤や不安を抱える現象)の話になる。僕らは30代から40代にかけて、成功体験を持ち始めますよね。得意なこと、不得意なことなど、自分の個性という輪郭がはっきりしてくる。それ自体は、心地よいことだし、とても大切なことだと思う。

でも、その心地よさの正体を疑ったほうがいい

昨今、アンラーンだ、リスキリングだと、あちこちで言われるのは、裏を返せば、これまでの10年で身につけたものが、この先の10年、20年にそのまま使えることのほうが稀だからだろう。

本当に怖いのは、その現状を目の当たりにしてから変わろうとしても、年齢的にも、精神的にも、もう変わりにくくなっている可能性が高いということ。

だから、急に、無理に変わろうとしなくてもいい。ただ、誰かとの関わりによって自分が変わる可能性を無意識に閉じないこと。変われる余白だけは、残しておいたほうがいい。

彼、先輩、大学、JCA・・・その都度出会う人や領域に、逃げずに閉じずにいたこと自体が、もうずっと前から、この余白を残す練習だったのだと思う。

ちなみに、これは40代に向けて書いてない。20代、30代のうちに、この感覚を育てておけたら、それってすごい強みになると思うんだ。もちろん、50代から始めても、遅くはない。変わろうとするあなたの意志を僕は尊重し、応援したい。

もし今、少しだけ危機感があるのなら、変わることそのものより、変わってしまう自分を怖がらない練習を、始めてみてもいいと思う。

「自分を主語にする」というのは、僕がやっている会社のミッションでもあるけれど、まずは、主語を握りしめることができるようになること、そしてその先にあるのは、誰にも主語を変えさせないことではなく、誰かと関わり、思いがけない世界に足を踏み入れ、ときには自分でも知らなかった自分に変えられていく。その変化を受け取り、自分なりの意味を与え、次の一歩を選び直す。

それもまた、自分を主語にして生きるということなのだと思う。

主体性は、握るものではない。開いた手で受け取りながら、何度でも主語を書き換えていくことなんだ。答えは、まだ配ることはできない。囲わないでいることに、僕もまだ挑戦している最中です。


091.
僕を変えたのは僕だったのか
〜「流される」と「変えられる」は同じじゃない
Fin.



さいごに

🔗 この記事と、糸がつながっている話

「3年後、どうありたい?」にうまく答えられない、あなたへ

becoming withを「まだ問いの形も定まらない四つ目の入口」として宙づりのまま渡した回。091は、その宙づりをもう一度開く話です。  

"惑う"勇気:人生の折り返し地点で、なぜ僕はあえて「区切らない」生き方を選んだのか

安田登さんの解釈から「不惑」を「迷わない」ではなく「区切らない(不或)」と読み替えた回。091の⑦は、この読み替えを個人の関わりのレベルに一段落とし直しています。

ワークショップの依頼だと思ったら、理事になっていた話〜"セレンディピティの兆し"

記事の中でも触れたJCA理事就任、その渦中で書いた回です。「なぜこの話が来たのか」「なぜ10日間悩んだのか」「それでもなぜYesと答えたのか」を、まだ答えの出ていない手触りのまま書いています。


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三上浩紀:Catalyski CEO | セレンディピティオタク| 点と点をつなぐ人 | 8枚の名刺 いただいたサポートは、私の知見を広げてくださる出会いとの交流に充てます。具体的には、お茶代、本代、もしくはここで繋がった方とのコミュニケーション代などです。それをnoteへの投稿で還元していきたいと思います。