夜明けの暖簾の義侠譚
令和の暖簾が聞いていた話。
立ち飲み屋『マル』に皆が集まり太郎の帰りを待っていた。マルの息子の太郎は不登校歴を持つ中学生である。帰ってすぐにヒデから智の祖父西野の友人の孫娘の話を聞かされた。太郎は自分と同じ歳の女の子がディープフェイクの餌食になったと聞きショックだった。
そして、太郎はヒデの話から何かに思い至ったようだった。
マルの子である太郎には、ヒデや智、メイと同様に悪を許せぬ正義の血が流れているからなのであろうか。
でも、ヒデとメイそしてマルはそれだけではない太郎の異変に気付いていた。
「今晩は誰も部屋に入らないでね」
そう言って太郎は夕食もとらずに二階の自室に駆け上がった。
一晩中、太郎の部屋から灯が漏れていた。かすかなキーボードを叩く音がずっと聞こえていた。
子どもであるはずの太郎は実は子どもではなかった。不登校はちょっとしたきっかけ、友人との些細ないざこざが原因でイジメの対象となり、足が学校に向かわなくなってしまった。そして、自室に籠ってパソコンに向かい時間を過ごした。最初は自殺の方法を探していた。そして並行してイジメの相手を殺す方法を探していた。そして、そんななかで女性らしき誰かに声をかけられた。事情を話すと自殺と殺しの「解」をすぐに伝えてきた。そして、同時に太郎に本当の世の中を知らしめるサイトにいくつも誘い込んできた。太郎はそこでどんな大人たちよりも不条理な世の仕組みと歪(いびつ)を知らされたのであった。
そして、会話を続けた。初めは優秀な太郎を仲間に誘ってきたが、しばらくして太郎に私から離れなさい、と言ってきた。女性らしき誰かはダークウェブの組織のリーダーだった。最後にそう言い残して太郎から離れていったのである。ダークにもグレーにも染まることの無い太郎の本質を見抜き、仲間に引き入れてはならないと考えたのである。
ヒデにダークウェブのサーバーを壊すように言われた太郎はこの女性らしき誰かが、今回の事件の首謀者だと感じたのである。そして、一晩中女性らしき誰かとネット上でコンタクトしようとしていたのである。しかし、コンタクトは叶わぬまま、ダークウェブにたどり着いてしまった。
太郎はなんだかスッキリしないまま、特定したダークウェブのサーバーのシステムを破壊したのである。
作業での徹夜明けに見た朝日は太郎にはただの眩しさにしか過ぎなかった。
この太郎のクラッシュで西野の友人の孫娘は、偽情報の拡散から逃れることができ、精神的な回復に向かった。
太郎のノートパソコンにはダークウェブサーバーがダウンした証拠となるログが表示されたままだった。
あれから太郎はパソコンに手を触れたくなかった。
実は太郎の胸中には、ダークウェブ壊滅の瞬間に届いた謎のメッセージが重くのしかかっていた。そのメッセージには、暗号化されたファイルに隠された膨大なデータが含まれていた。太郎は一人で解読を始め、過去の不条理な事件、貧困層をターゲットにした違法取引や、権力者が関与したデータ改ざんが記されていることを知った。それは過去の負の遺産だけではなく、これから生まれる遺産のデータも含まれていた。
そして、首謀者は太郎の勘の通り女性らしき誰かだった。「ミラ」と名乗っていた。ミラは何を思い太郎にメッセージを残したのか。メッセージの最後に、「次は新たな闇が動き出す。準備しろ」とあり、未来の脅威を示唆していた。ミラは太郎を「真実を知る者」とも残していた。
太郎は、ミラとの過去の対話を思い返す。不登校で絶望していた頃、ミラは冷酷な指導者として現れつつも、時折見せる優しさや、太郎を「特別な存在」と呼んだ言葉が心に残っていた。イジメから救うための助言だけではなく、世の中の闇を太郎に教えたミラの意図を、今になって理解し始めていた。ダークウェブを壊したことで、ミラは姿を消したのか、それとも別の形で現れるのか太郎にはわからない。
少しの寂しさと一抹の不安、でも今はそれ以上に自分に与えられた使命を強く感じていた。
そしてそれは太郎には重すぎる試練だった。
数日後、太郎は『マル』でヒデにだけ打ち明けた。「ダークウェブの裏に、もっと大きな何かがある気がする」と。
「ミラ」との出会い、不登校中のことを、ダークウェブ壊滅の瞬間に届いた謎のメッセージのこととともに話したのである。
ヒデは事の流れを整理し始めていた。
ヒデは太郎の背中に新たな使命が宿り始めているのを見た気がしていた。
その夜、ヒデは妖刀『八丁念仏団子刺』を抜き、八方を斬り祓い、団子刺と会話した。この先の答えを見つけるために団子刺を振った。
「太郎が男になるチャンスだな」
そう言って団子刺は口を閉じた。
その頃、太郎はミラが残したデータの解析を続けていた。その先には、過去の因縁と未来の戦いが待っている予感がした。そして、そのすべては同時に動いているのである。まだ中学生の太郎が滑り込む世界であったのだろうか。
でもこのウェブの世界は、そんな良い意味にも悪い意味にもなる危険性を孕んでいる。自ら飛び込んだ太郎はもう子供の世界に戻ることはできなくなっていた。
気がつけば夜明けの暖簾が風も吹かないのに揺れていた。
※『暖簾の義侠譚』シリーズです
