見出し画像

リヤド・マフレズ(Riyad Mahrez, サッカーアルジェリア代表):キャプテンマークを巻く「左利きの魔術師」


リヤド・マフレズ

Riyad Karim Mahrez
所属クラブ:アル・アハリ(サウジアラビア)
生年月日:1991年 2月21日(35歳)
出身:サルセール, フランス(アルジェリア代表
身長:179cm 利き足:左足
主なポジション:右ウイング

クラブ経歴:
2009 ~ 2010 カンペールKFC
2010 ~ 2013 ル・アーヴルAC II
2011 ~ 2014 ル・アーヴルAC
2014 ~ 2018 レスター・シティFC
2018 ~ 2023 
マンチェスター・シティFC
2023 ~ 現在 アル・アハリ




リヤド・マフレズのプレースタイル

2019年に行われたアフリカ・ネイションズカップ準決勝のアルジェリア代表 vs ナイジェリア代表の試合は、1-1のまま90分を迎えた。しかしアディショナルタイム5分、試合を決定づける得点が決まる。アルジェリア代表の「7番」リヤド・マフレズが、直接FKを相手ゴールに沈めたのだ。あまりに鮮やかなキックの軌道は、マフレズがどれだけ特別な左足を有しているかを物語っていた。

左利きの右ウイングであるマフレズは、カットインと縦突破を織り交ぜた巧みなテクニックで相手選手を翻弄するドリブラーだ。右足も駆使して何度もフェイントをみせ、相手DFを躱す。また左足から繰り出されるキックは正確で、少しでもスペースを許せば好機を作られてしまう。卓越したドリブルと精度の高いキックを兼ね備えた、現代的なウインガーがマフレズだ。


リヤド・マフレズの初期キャリア

マフレズは現アルジェリア代表の象徴だ。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督のもとで2014年に代表デビューを飾り、W杯にも出場。その後も主力として活躍し、これまで出場した92試合で38ゴールを記録した。彼は1991年にアルジェリア人の父とアルジェリアとモロッコの血を引く母の間に生まれた。2004年にAASサルセルのユースに加入したのがサッカーキャリアの始まりだった。

15歳のときに父親が心臓発作で亡くなり、家族を支える存在となることを求められたマフレズは成長。カンペールを経て、2010年に仏2部のル・アーブルACに加入した。パリ・サンジェルマンFCなどの誘いを断って加入したル・アーブルで活躍したマフレズに目を付けた名スカウトのスティーブ・ウォルシュは、彼を当時、チャンピオンシップでプレーしたレスター・シティFCに誘った。


レスター・シティFCでのリーグ優勝

2014年1月、マフレズはレスターへの移籍を決断した。ナイジェル・ピアソン監督率いるチームに徐々に定着したマフレズは、チームのチャンピオンシップ優勝に貢献した。しかし、初のFAプレミアリーグ挑戦となった2014/15シーズン、チームは14位と低迷。マフレズも第36節のサウサンプトンFC戦で2ゴールを挙げるなど貢献したが、出場した30試合で4ゴール3アシストに留まった。

しかしレスターは、2015/16シーズンに躍進を遂げる。新任のクラウディオ・ラニエリ監督に率いられたチームは、「4-4-2」の布陣を基調とするカウンターサッカーでリーグを席巻。主砲のジェイミー・ヴァーディや中盤のエンゴロ・カンテとともに猛威を振るったマフレズは、トップ下や右サイドハーフを主戦場としつつ、17ゴール11アシストを記録して、リーグMVPにまで選出された。


全盛期を迎えた、リヤド・マフレズ

リーグ優勝の原動力となったマフレズは、その後もレスターで活躍。2017/18シーズンにはリーグ戦で12ゴール10アシストを記録した。欧州中のビッグクラブが熱視線を送るなか、マフレズが移籍を決断したのは、ジョゼップ・グアルディオラ監督率いるマンチェスター・シティFCだった。加入当初は適応に苦しんだものの、徐々に真価を発揮したマフレズは、右ウイングの主力となった。

2020/21シーズンには、UEFAチャンピオンズリーグ準決勝のパリ・サンジェルマン戦で2戦合計3ゴールを挙げるなど決勝進出に貢献。2021/22シーズンには公式戦47試合で27ゴール9アシストを記録し、2022/23シーズンにはチームの3冠達成に貢献した。そんなマフレズが2023年に移籍先に選んだのは、サウジアラビアのアル・アハリ。不動の存在として活躍している。


サッカーアルジェリア代表ってどんなチーム?


読了していただき、ありがとうございます!
そのほか
サッカーアルジェリア代表に関するおすすめ記事はこちら


いいなと思ったら応援しよう!