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ベッルム・スパルタキウムⅤ Mons Vesuvius

 現代イタリア語でIl monte Vesuvio(イル・モンテ・ヴェズヴィオ=ヴェスヴィオ山)と呼ばれる火山がカンパニア地方にある。79年のヴェスヴィオ噴火が有名だが、紀元前73年、スパルタクスたち剣闘士74人が、この山に立て籠もった時はまだ噴火しておらず、山は青かった。

 紀元前217年にも大規模な噴火を起こしているが、62年2月5日、ネロ帝の時、ポンペイ地震と呼ばれる大地震があり、その後79年の大噴火で、都市ポンペイが灰燼に帰した。博物学者のプリニウスが観察・報告のため、近づき過ぎて死んだが、プリニー式噴火で名を残した。

Gaius Plinius Secundus(AD23~AD79)

 余談だが、この山には登山鉄道の歌がある。ナポリ語の歌で、Funiculì funiculà(フニクリ・フニクラ)と言い、世界最古のコマーシャル・ソングと言われている。1944年の噴火で鉄道は廃線となったが、歌だけは今日も生き残っている。日本の幼稚園で歌われる「鬼のパンツ」だ。

Funiculì funiculà(AD1880)

 Funiculì funiculà(フニクリ・フニクラ)≒「鬼のパンツ」は、メロディーが特徴的なので、聞いた事があれば、すぐに思い出すし、初めて聞いても、必ず記憶に残る。そういう歌だ。なぜ日本で「鬼のパンツ」になったのか調べたが、不明だった。詠み人知らずの替え歌だ。

ト長調(G major)拍子:2/4 ♩=約120(行進曲・軽快)音域:D4〜B4(幼稚園児が歌える

 ウェスウィウス山は、カプアから南東約40キロの地点にある。スパルタクスたちは最初から、この山に立て籠もる事を考えていた。カプアを出る時、街で荷馬車を襲い、多少の物資を得て、歌巫女アポロニアを乗せた。残りの剣闘士たちは徒歩で、街道を歩いた。
 
 途中、街道でスパルタクスたちは、カプアから別の都市の剣闘士養成所に物資を運ぶ荷馬車に遭遇した。武器や防具、食料を運んでいた。近く剣闘士の試合があったのだろう。スパルタクスたちはこの荷馬車も襲い、物資を手に入れて、意気揚々と街道を下った。
 
 カプアから追手が来た。守備隊から二個中隊約160名のローマ兵が追撃して来た。彼らは遠くから槍を投擲する事で、スパルタクスたちの士気を挫き、バラバラに散開させ、各個撃破戦術をしようと試みた。だがこのやり方を見抜いたスパルタクスは、盾を集めて密集した。

Testa Testudinis

 丸い円陣を組み、亀の甲羅のように、盾を並べて、槍の投擲を防いだ。槍の雨が止むと、今度は剣闘士たちが走って、反撃に出た。ローマ兵は武器を捨てて、退却した。勝利だ。剣闘士たちは、ようやく包丁や鉄串を棄てて、gladius(グラディウス=小剣)を装備できた。

 「Potius quam gladiatores mori, pro libertate nostra pugnemus!」
 「剣闘士として死ぬより、自分たちの自由のために戦おう!」
 
 スパルタクスは戦いが終わると、まるでローマのcenturio(チェントゥリオ=百人隊長)のように訓示した。対応の見事さから、自然と剣闘士たちはスパルタクスに従った。ローマの軍団にいた経験がある事が、今回の戦いで分かった。実際、傭兵や補助兵の経験があった。
 
 ローマの中隊は約80名なので、ちょうどこの74人で、スパルタクスは百人隊長の立ち位置にいた。クリクソスとオイノマオスはoptio(オプティオ=副隊長)という訳だ。このスパルタクスの資質について、プルタルコスはトラキア人というより、ギリシャ人のようだと評している。
 
 スパルタクスたちは、山の麓で馬車を捨てると、山の頂上を目指して登った。砦というか、自然の要塞として、使うつもりだった。紀元前74年、この山は富士山型の山体をしていたが、79年のヴェスヴィオ噴火で、標高約1,800mから1,281mになる。山体も二子山になる。
 
 だがこの時はまだ富士山型の山だった。この登山はピクニックという訳ではないが、大変ではあった。途中、何度もスパルタクスたちは休憩しながら、山の頂上を目指した。
 
 その歌巫女は、山を登っている時、
 突如霊感に襲われ、サビだけ歌った。

 
 「Eo!Eo!Ad cacumen eo~♪」
 (エーオ!エーオ!アド・カクメネオ~♪)
 (行こう!行こう!高みに行こう~♪)
 ≒(はこう!はこう!鬼のパンツ~♪)
 
 1,954年後の世界から音楽をダウンロードし、ラテン語で歌う。その歌のメロディーは、この世界にない目新しさと活気があった。Funiculì funiculà(フニクリ・フニクラ)≒「鬼のパンツ」だ。最初は皆、驚いて聞いていたが、いつしかスパルタクスたちも同じ歌を歌っていた。
 
 「「「Eo!Eo!Ad cacumen eo~♪」」」

ト長調(G major)拍子:2/4 ♩=120前後 合唱(行進曲的)
Eo! → 上行(D→E→G)で自然な掛け声 Ad cacumen eo → A–B–A–G の山型旋律 → 「頂へ行く」 という意味と旋律構造が一致 つまりこれは 言語・意味・旋律が完全に噛み合った“本物の替え歌”とAIも当方の替え歌を分析、賞賛?実はテキトーにラテン語でサビだけ歌ってみただけだけど……

 事情を知らない剣闘士たちは、単に歌を歌っているだけだったが、ニアの不思議さに気が付く者もいた。音楽とは普遍的なもので、音の組み合わせに過ぎないが、いつでもどこにでも存在するという訳ではない。そのメロディーが存在するには必ず理由がある。文化だ。
 
 火口が見える山頂部に辿り着くと、そこで会議を開いた。軍会だ。ガリア人、トラキア人が多く、ゲルマン人がやや少なかった。軍会は彼らの故郷の流儀に従った。スパルタクスが全会一致で指導者として選ばれ、クリクソスとオイノマオスは副指導者として選ばれた。
 
 出身民族の構成から考えられたバランスが取れた配置と言えた。
 
 「食料確保が急務だ。それから仲間を増やそう」
 スパルタクスは説いた。この山を拠点に、近隣の農場を襲い、食料を奪い、奴隷を解放する。すぐにこの作戦は実行された。スパルタクス、クリクソス、オイノマオスの三隊は交互に出撃して、戦利品を獲得して、山に持ち帰った。もちろん、山の中でも葡萄や梨など果物が採れる。

Primitiva Communitas Thracum

 「戦利品は公平に分配する」
 スパルタクスは、トラキア人の原始共同社会に習って、部族的なやり方を踏襲した。これはガリア人やゲルマン人も同じだったので、違和感なく受け入れられた。そしてこの事は、噂となって、麓の奴隷たちにも伝わった。また野山で羊の群れを追う牧人たちにも伝わった。

 「抵抗する事は悪ではないと説いて、自由を求める剣奴がいるらしい」
 そのpastor(パストル=牧人)も奴隷だった。名をロームルスと言う。ローマ建国神話の英雄と同名だ。この時代、牧人は奴隷で、主人から離れているものの、自由はなかった。ただ牧人という仕事柄、季節に合わせて、羊の群れを動かせる。比較的行動の自由があった。
 
 「どうするのか?加わるのか?」
 その弟レームルスは言った。
 二人はウェスウィウス山を見上げる。
 「我ら兄弟も加わろう。
 今日から自由な牧人だ」
 その兄弟は羊の群れを率いて、
 そのままスパルタクスの軍団に合流した。

Romulus et Remus

 川に流されるガリア人アッボーとタナトスのθは昼間、山の中を歩いて、食料を探していた。人数が増えてきたため、食料調達が急務となっていた。麓まで降りて、近隣を荒らすのも段々難しくなってきた。そのため少しでも食料を集めるため、二人で山の北側を歩いている。
 
 「ほら、ここに葡萄がなっているぞ」
 アッボーは言った。
 野生の葡萄だ。
 丈夫な枝に実が垂れ下がっている。
 沢山生えている。
 「……集めよう」
 二人は背負い籠に、葡萄の房ごと、どんどん収穫した。タナトスのθは夢中になって、葡萄を集めていた。だが密集した葡萄の樹木に隠れて、切り立った断崖に気づかず、うっかり足を踏み外してしまった。咄嗟に崖に掴まったが、簡単には上がれない。石が転がり落ちていく。
 
 「アッボー!手を貸してくれ!」
 「分かっている!だが……」
 手が届かない。
 アッボーは左右を見た。
 台所の包丁で落した葡萄の枝があった。
 丈夫だ。
 「これに掴まれ!」
 ちょっと足りない。アッボーはもう一本枝を拾い、結んで垂らした。タナトスのθはそれを掴んで崖から這い上がった。二人は爆笑すると、野営地に帰って、スパルタクスに報告した。

θ Thanatos

 ローマのPraetor(プラエトル=法務官)、ガイウス・クラウディウス・グラベルは3,000人の民兵を率いて、カプアを出発した。Senatus(セナートゥス=元老院)の指示だ。とりあえず、与えられた資金で、集められるだけの兵を集めた。補助兵だ。正規兵=市民兵ではない。
 
 だが指揮官はローマの軍団から集めた。centurio(チェントゥリオ=百人隊長)だ。この間に合わせの半個軍団で、剣闘士たちの反乱を鎮圧しろと指示を受けている。彼らは山に立て籠もって近隣を荒らしていると聞く。すでに数百名規模、いや1,000を超えてると聞く。
 
 「寄せ集めの兵だ。敵とぶつかったら、まともに戦えない」
 プラエトル・グラベルは、軍議の天幕の中で言った。幕僚たちも頷く。
 
 「よって、山の道を塞いで、持久戦に持ち込む」
 地図で山の南側を指差した。カプアまで伸びる街道と繋がっている。
 
 「北側は切り立った崖で降りれない。東西には見張りを配置する」
 山の中とは言え、いずれ食料が尽きるだろう。
 奴隷たちはどんどん増えている。
 
 「奴らは、集まれば集まるほど、苦しくなる筈だ」
 最後は破れかぶれになって、
 山から下りて来るだろう。そこを迎え撃つ。

Gaius Claudius Glaber

 「連中も死に物狂いで襲い掛かってくる筈。罠をしかけよう」
 プラエトル・グラベルは、与えられた材料で最善を尽くした。
 ローマ人は如才がない。


 スパルタクスたちも夜、集まって、軍議を開いていた。ウェスウィウス山の火口部近くで、時折硫黄の臭いが流れて来る。麓を見ると、篝火が幾つも見えた。ローマの半個軍団だ。牧人たちの偵察で、正規軍でない事もすでに分かっている。指揮官はプラエトルと聞いている。
 
 ローマ側が弱兵である事も分かっている。だが作戦は見事だ。指揮官と幹部クラスはローマの軍人で構成されているのだろう。間違いなくプロだ。こちらは74人の剣闘士たちが、戦いのプロで、幹部クラスとなるが、個人戦のプロばかりで、集団戦には慣れていない。
 
 全てはまだ無名の将軍である
 スパルタクスに掛かっていた。

 「正面から挑むのは無謀だ」
 「……だが他にどうしろと言うのだ?」
 クリクソスとオイノマオスは議論していた。山を下りるには、南側から行くしかない。東西から降りる事もできるが、少人数で分散して降りるしかない。纏まった人数で降りるには、やはり南側となる。だがそこには、ローマの半個軍団3,000人が待ち構えている。
 
 「罠だ。間違いなく罠がある」
 「……だがこのまま膨れ上がる人数を抱えてどうしろと?」
 オイノマオスはいっその事、数で押せば、どうにかなるのではないかと考えていた。だがクリクソスは罠があると分かっていて、飛び込む気になれなかった。皆はスパルタクスを見た。

Crixus, Οἰνόμαος et Spartacus

 「山の北側から降りる」
 耳を疑った。
 どうやって?
 あの切り立った崖は降りられるものではない。
 
 「アッボー」
 スパルタクスが呼ぶと、
 葡萄の丈夫な枝で作った梯子を持ったガリア人がやって来た。


 プラエトル・グラベルは夜中、夜襲で起こされた。すでに陣地が燃えている。どういう事か?見張りは何をしていたのか?何重にも張り巡らした罠はどうなった?なぜいきなり陣地が襲われているのか?しかも背後から襲われている。敵は一体どこから来た?

BC73/05/10

 スパルタクスたちは、葡萄の丈夫な枝で作った梯子を使って、北側の崖を降りて、大回りして、ローマの野営地の背後を突いた。ローマ側の注意は山の方に向いていたので、完全に不意打ちとなった。一方的に陣地を蹂躙する。ローマ側は戦わず、武器を捨てて逃げた。
 
 「「「Eo!Eo!Ad cacumen eo~♪」」」
 スパルタクスの奴隷軍はローマに勝利した。
 初勝利だ。紀元前73年5月10日の事だった。

Racemi uvarum et pirarum

             シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺080


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