ベッルム・スパルタキウムⅥ Proelium Salinae
Praetor(プラエトル=法務官)ガイウス・クラウディウス・グラベルの敗北はローマに伝わった。元老院は間に合わせの民兵、半個軍団3,000では、Fugitivi(フジティウィ=逃亡奴隷)を掃討できないと考えた。そこで一段グレードを上げて、対応する事にした。
すなわち、法務官二人と財務官二人のセットだ。古代ローマはbicephalismus(ビセファリスムス=二頭政治)だから、責任者は常に二人である。つまり、主将が法務官二人で、副将が財務官二人である。因みにローマが本気モードに入ると、執政官二人と法務官二人となる。

ビセファリスムは、西欧の伝統だ。フランス第五共和制も、大統領は外交と軍事を司り、首相は内政と治安を司る。アメリカ合衆国も、大統領と副大統領のdiarchy(ダイアキー=二頭政治)だ。この英単語は古典ギリシャ語のδικέφαλος(ディケファロス)に由来する。


元老院は、Praetor(プラエトル=法務官)プブリウス・ウァリニウスと同僚のコッシニウスを主将として派遣する事にした。ローマ正規軍2個軍団12,000の兵力も付けて送り出した。Quaestor(クァエストル=財務官)トラニウスと同僚のフーリウスは副将だ。
ローマはスパルタクスの奴隷軍に対して、過剰とも思える戦力を出した。元老院はこれで十分と考えた。必勝を期すため手を抜かない。だが当時ローマは、ヒスパニアにポンペイウス、海賊退治にアントニウス、ポントスにルクルスを派遣しており、兵力が分散していた。
特にポントス王ミトリダテス6世エウパトル(Μιθριδάτης Εὐπάτωρ)は、暴れ者だった。ミトリダテス大王とも言われるが、狂王くらいの意味で、Εὐπάτωρ Δῐόνῡσος(エウパトル・ディオニソス)とも呼ばれていた。三次にも渡る対ローマ戦争を起こしている。

紀元前一世紀の共和制ローマはクソ忙しかった。戦争に次ぐ戦争で、並行して三つ、四つの戦争を遂行していた。ハンニバル戦争期、紀元前三世紀でもローマは総兵力20万~30万動員できた。紀元前一世紀だと上限は50万まで達するが、実際は20万~30万に留まる。

そういう意味では、ローマ正規軍2個軍団12,000はまだ本気ではない。だがイギリスの歴史家アーノルド・トインビーが指摘したように、ローマの歩兵戦術は、火器が発明される以前の世界では最高度に発達していた。ハンニバル戦争で学んだ包囲殲滅戦術がその好例である。

逆にナポレオン戦争の時、ロシアの将軍たちの戦術は、ローマの将軍たちより稚拙である。このローマの軍団を相手に、奴隷たちを率いて、勝って勝ちまくるのが、スパルタクスの物語であり、史実である。しかもハンニバルより条件は悪い。英雄、名将の資格はある。
紀元前73年5月下旬、スパルタクスの奴隷軍団は、ウェスウィウス山の北麓にいた。そして都市ノーラ、ヌケリア、ポンペイを占領した。すでに奴隷の数は10,000を超えている。初めて拠点を持った事になるが、成り行き上そうなっただけで、拠点防衛は考えていなかった。
それよりも、これらの都市を抜けて、カンパニア平原に躍り出たかった。ローマの穀倉地帯である。大土地所有者がいて、ブドウ園、オリーブ園、小麦畑がある。折しも紀元前74年6月は農繫期である。奴隷軍団は暴れ放題だ。作物を奪い、農園奴隷を解放しようとした。

スパルタクスはずっと考えていた。どうすれば、ローマに勝てるのか?そして約130年前、ハンニバルはどうローマと戦ったのか?彼はプロの傭兵を率いて、見事な機動戦をやった。プロの兵団がいて、自由自在に機動戦ができる。だがスパルタクスは違う。素人の奴隷が大半だ。
烏合の衆を率いて、火器が発明される以前の世界で、最高度に発達した機動戦をやるプロの兵団と戦うのである。ローマの軍団兵は、ハンニバルの包囲殲滅戦術を破り、マケドニアのファランクス戦法も破っている。無敵だ。スパルタクスはこのローマ軍に立ち向かう。

――だがローマ軍団兵の弱点は弓矢だ。
スパルタクスはそう結論づけていた。これは長年、ローマと戦い、ローマと共に戦った者としての実感だった。後に紀元前53年、クラッススの敗死、紀元260年、ウァレリアヌスの捕縛、紀元363年、ユリアヌスの大敗によって、証明されるが、今はまだその時ではない。
――馬に乗って、弓矢を射かける、スキタイ人が理想的だ。
スキタイ人は遊牧民族で、馬に乗って草原を走る。そして弓矢さえ放つ。一種の戦闘機みたいな存在だ。スパルタクスはトラキア人なので、近い感覚はある。これは紀元前53年、クラッススがパルティア遠征で敗れた時の、有名なパルティアン・ショットと同じイメージだ。

だが馬はないし、乗りこなせる者がいない。まして馬に乗りながら、弓矢を撃つスキルもない。さらに鐙もない時代である。馬を乗りこなすのは容易ではない。スパルタクスは馬を諦めた。だが弓矢は諦めなかった。早い段階で弓兵を組織して、戦えるようにしないといけない。
1415年10月25日のアジャンクールの戦いではないが、イングランドの長弓隊が、フランスの重装騎兵隊を破ったように、スパルタクスは兵種の組み合わせ、相性で戦おうとしていた。ローマの軍団兵は、弓矢を放つ騎馬隊に弱いと見抜いていた。何とか近い形で再現したい。

スパルタクスとアポロニアは、郊外の平野に座りながら、新兵の訓練を監督していた。各地から奴隷が集まってきた結果、人数は増えたが、戦力化が急務となっていた。カプアの剣闘士74人が指南役となったが、そもそも武器が足りないし、兵を集団として訓練もできない。
スパルタクスは、ローマの軍団にいた時の経験を生かして、兵団の機動戦も考えていた。ローマの戦術は知っている。将軍になるつもりで潜り込んだから、百人隊長くらいは務まるが、1,000人以上はスパルタクスも経験がない。初めてだ。だが今後はやっていかなければいけない。
「ほら、そこ!何やっている!」
見るとドクトル・ゴルディアヌスがいた。
カプアの剣闘士団の訓練士だ。
「違う。剣はこうやって振るんだ!」
マギルテル・ユリアヌスだ。
カプアの剣闘士団の教練士だ。
結局、彼らもついてきた。
アッボーとタナトスのθもいる。よく見ると、なぜかΧάρων(カローン)とἙρμῆς(ヘルメース)もいた。どうして彼らがいるのか不明だが、見なかった事にしよう。

剣の訓練とは別に、弓矢の訓練をしている者たちがいた。牧人ロームルスとレームルス兄弟である。彼らは牧人ゆえ遠くを見る目を持っている。弓矢を扱う事に違和感はなかった。軽装歩兵として、弓矢やスリングを練習させた。牧人のグループが、弓兵化しつつあった。
紀元前73年6月初旬、いよいよスパルタクスの奴隷軍とローマ正規軍の対決が近付いていた。法務官プブリウス・ウァリニウスと同僚のコッシニウスは、カプアで軍を二つに分けた。挟み撃ちにして、撃破するつもりだった。奴隷を一人も生かして帰さない。殲滅だ。
何としてでも、カンパニア地方に、奴隷軍を入れてはならない。ローマの穀倉地帯だ。元老議員たちが経営する農園も数多くある。もはや直接的な被害を受ける可能性があった。法務官ウァリニウスとて、ローマの指導者階層の一人である。奴隷蜂起は絶対に許せなかった。
一方の法務官ウァリニウスと財務官トラニウスの一個軍団6,000は、ウェスウィウス山の北麓に陣を張った。奴隷軍をノーラ、ヌケリアに留めさせるのが目的だ。他方の法務官コッシニウスと財務官フーリウスは、ウェスウィウス山の南麓に陣を張った。海側の退路を塞ぐ。
「どうする?スパルタクス?」
オイノマオスが尋ねた。ローマ軍の野営地が、自軍を半分包囲するように敷かれている。スパルタクスたちも郊外に野営地を張っていた。見様見真似のローマン・キャンプだ。
「……目の前の敵を欺いて、退路の敵を先に叩く」
挟み撃ちは、挟まられる前であれば、何の意味もない。
ただの各個撃破の的になる。
「だがどうやって欺く?」
クリクソスが尋ねた。
スパルタクスは、夜に篝火を
盛大に焚くように指示を出した。
「……我々がここにいるように見せかけて、
静かに陣地を引き払う」
「なるほど、だが偵察に気づかれないか?」
オイノマオスが指摘した。
スパルタクスは、ローマ兵の遺体を集めるように指示を出した。
「δόλος(ドロス=欺瞞≒案山子)か。
小細工だが、やらないよりはましか」
クリクソスは呆れた。スパルタクスは一体どこで兵法を学んだのか?夜半、スパルタクスたちは、自軍の野営地で盛大に篝火を焚き、目立つ処に見張りの「案山子」を立てた。遠目では分からない程度の出来だが、夜の間だけもてばいい。夜半、全軍こっそり出発する。

「これでアゲシラオスの兵隊の出来上がりだ」
オイノマオスが野営地に残した「案山子」の完成度に満足した。アゲシラオスとはスパルタの王の名である。槍を持ったローマ兵は、奴隷軍団の一員になっていた。歌巫女のアポロニアだけが、あまりいい目で見ていなかった。死者の冒涜と見ていたのかもしれない。
夜のうちに、スパルタクスの奴隷軍は、ウェスウィウス山から東南に回った。そこには財務官フーリウスの3,000のローマ兵がいたが、明け方の襲撃を受けて、蹴散らされた。財務官フーリウスは危うく難を逃れた。そして法務官ウァリニウスとコッシニウスに伝令を走らせた。
その戦いは名称がなかった。
強いて言うならサリナエ河の戦いか。
場所はポンペイに近い。
「……奴ら、水浴びしているぞ」
オイノマオスが、ローマ兵の野営地を見て、驚いていた。スパルタクスは密かに、弓兵たちに合図を送った。相手は丸腰だが、戦場でこんな油断をする方が悪い。先に矢を射かけて、後から敵を追い込もう。川辺の茂みに身を隠しながら、牧人たちの軽装歩兵が先行する。

「敵襲だ!」
矢が放たれるや否や、すぐにローマ兵たちは反応した。だが丸腰のままでは戦えない。バタバタとローマ兵は斃された。だが陣地の方で武装して待機している者もいた。救援に来る。
「一気に蹴散らすぞ!」
オイノマオスが手勢を率いて、先陣を切った。弓兵の援護射撃を受けながらの突入だ。絵に描いたような強襲攻撃だったが、ローマ兵がscutum(スクートゥム=方盾)を持ち出すと、状況が一変した。弓矢が跳ね返され、オイノマオスたちの小剣も防がれてしまった。

――弓矢に貫通力がない。
威力不足だ。ローマの盾を突破できない。
スパルタクスはすぐに助けに行った。だがオイノマオスたちは方盾に押し込まれて、簡単に討ち取られてしまった。少人数で先行突撃して、カウンターでやられてしまった形だ。だが側面から回り込んだクリクソスが、方盾の陣地が構築される前に、横から突き崩した。

そこから先は一方的な蹂躙となった。ローマ軍の野営地の奥には、法務官コッシニウスがいて、財務官フーリウスからの伝令報告を受けていたが、雪崩れ込んできた奴隷兵たちに、その途中で討ち取られてしまった。ローマ軍3,000は蹴散らされた。
法務官プブリウス・ウァリニウスは、物抜けの空になったスパルタクスたちの野営地の中で、同僚コッシウスの戦死を知った。1個軍団6,000も失われた。やむを得ず、財務官トラニウスをローマに向かわせ、元老院に報告に行かせた。合わせて援軍の要請もする。

スパルタクスたちは、戦死した仲間の奴隷たちを弔っていた。戦いには勝った。ローマ正規軍にも勝った。だがオイノマオスが斃れた。荼毘に付される。歌巫女アポロニアが、読経の声を上げた。スパルタクスは独り悔やんでいた。自分の判断ミスがあったと考えていた。
――もっと強い弓矢でないと、ローマの盾を突破できない。

シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺081
