『墨子』公輸篇(こうしゅへん)
『墨子』公輸篇について解説する。漢文、繁体字北京語文法版、簡体字北京語文法版、書き下し文、現代日本語の順で表記する。特に書き下し文というものの存在意義について、改めて強調したい。(文字数14,844)
公輸盤為楚造雲梯之械,成,將以攻宋。
子墨子聞之,起於齊,行十日十夜而至於郢,見公輸盤。
公輸盤曰:「夫子何命焉為?」
子墨子曰:「北方有侮臣,願藉子殺之。」
公輸盤不說。
子墨子曰:「請獻十金。」
公輸盤曰:「吾義固不殺人。」
子墨子起,再拜曰:「請說之。
吾從北方,聞子為梯,將以攻宋。
宋何罪之有?
荊國有餘於地,而不足於民,
殺所不足,而爭所有餘,不可謂智。
宋無罪而攻之,不可謂仁。
知而不爭,不可謂忠。
爭而不得,不可謂強。
義不殺少而殺眾,不可謂知類。」
公輸盤服。
子墨子曰:「然,胡不已乎?」
公輸盤曰:「不可。吾既已言之王矣。」
子墨子曰:「胡不見我於王?」
公輸盤曰:「諾。」
子墨子見王,曰:
「今有人於此,舍其文軒,
鄰有敝輿而欲竊之;
舍其錦繡,
鄰有短褐而欲竊之;
舍其粱肉,
鄰有糠糟而欲竊之。
此為何若人?」
王曰:「必為有竊疾矣。」
子墨子曰:
「荊之地方五千里,宋之地方五百里,
此猶文軒之與敝輿也。
荊有雲夢,犀兕麋鹿滿之,
江漢之魚鱉黿鼉為天下富,
宋所為無雉兔鮒魚者也,
此猶粱肉之與糠糟也。
荊有長松文梓楩楠豫章,
宋無長木,
此猶錦繡之與短褐也。
臣以王吏之攻宋也,為與此同類。」
王曰:
「善哉。雖然,公輸盤為我為雲梯,必取宋。」
於是見公輸盤。
子墨子解帶為城,以牒為械。
公輸盤九設攻城之機變,子墨子九距之。
公輸盤之攻械盡,子墨子之守圉有餘。
公輸盤詘,而曰:
「吾知所以距子矣,吾不言。」
子墨子亦曰:
「吾知子之所以距我,吾不言。」
楚王問其故。
子墨子曰:
「公輸子之意,不過欲殺臣。
殺臣,宋莫能守,乃可攻也。
然臣之弟子禽滑釐等三百人,
已持臣守圉之器,
在宋城上而待楚寇矣。
雖殺臣,不能絕也。」
楚王曰:
「善哉。吾請無攻宋矣。」
子墨子歸,過宋,天雨。
庇其閭中,守閭者不內也。
故曰:
治於神者,眾人不知其功;
爭於明者,眾人知之。

公輸盤替楚國製造了雲梯這種攻城器械。
造好以後,楚國將要用它去攻打宋國。
墨子聽說了這件事,就從齊國出發,
走了十天十夜,到達楚國的都城郢,去見公輸盤。
公輸盤說:「先生有什麼指教嗎?」
墨子說:
「北方有一個人侮辱了我,
我想借助您的力量殺掉他。」
公輸盤聽了很不高興。
墨子說:「我願意獻上十金作為報酬。」
公輸盤說:「我講道義,本來就不殺人。」
墨子站起來,再次行禮說:「請允許我說明原因。
我從北方來,聽說您製造了雲梯,將要用它攻打宋國。
宋國有什麼罪呢?
楚國土地有餘,而人民不足。
殺害自己所不足的人民,
去爭奪自己已經有餘的土地,不能說是明智。
宋國沒有罪卻去攻打它,不能說是仁愛。
知道這是不義卻不去勸阻,不能說是忠誠。
勸阻卻不能成功,不能說是有能力。
您說自己堅持道義,不肯殺一個人,
卻要殺許多人,這不能說是懂得事理的類別。」
公輸盤被說服了。
墨子說:「既然如此,為什麼不停止攻宋呢?」
公輸盤說:「不行。我已經把這件事告訴楚王了。」
墨子說:「為什麼不把我引見給楚王呢?」
公輸盤說:「好。」
墨子見到楚王,說:
「現在這裡有一個人,捨棄自己的華麗車子,
卻想偷鄰居的破車;
捨棄自己的錦繡衣服,
卻想偷鄰居的粗布短衣;
捨棄自己的精米美肉,
卻想偷鄰居的糠糟。
這是怎樣的人呢?」
楚王說:「一定是有偷竊的毛病。」
墨子說:
「楚國的土地方圓五千里,宋國的土地方圓五百里。
這就像華麗車子和破車相比一樣。
楚國有雲夢澤,犀牛、兕、麋鹿充滿其中;
長江、漢水中的魚、鱉、黿、鼉,是天下最豐富的。
而宋國可以說連野雞、兔子、鮒魚都沒有。
這就像精米美肉和糠糟相比一樣。
楚國有高大的松樹、文梓、楩楠、豫章等良木,
宋國卻沒有高大的木材。
這就像錦繡衣服和粗布短衣相比一樣。
我認為,大王派官吏攻打宋國,正和這種行為屬於同一類。」
楚王說:
「說得好。即使如此,
公輸盤已經為我製造了雲梯,
我一定要攻取宋國。」
於是楚王召見公輸盤。
墨子解下腰帶,把它當作城牆,又用木片當作守城器械。
公輸盤九次設置攻城的機變,墨子九次都擋住了他。
公輸盤的攻城器械用盡了,而墨子的守城方法還有餘力。
公輸盤理屈了,卻說:
「我知道用什麼方法來對付你了,但我不說。」
墨子也說:
「我也知道你想用什麼方法來對付我,但我不說。」
楚王問其中的緣故。
墨子說:
「公輸先生的意思,不過是想殺掉我。
殺了我,宋國就沒有人能守城,於是就可以攻打了。
可是,我的弟子禽滑釐等三百人,
已經拿著我的守城器具,
在宋國城上等待楚國的進攻了。
即使殺了我,也不能斷絕宋國的防守。」
楚王說:
「說得好。我請求不再攻打宋國了。」
墨子回去,經過宋國時,天上下雨。
他想在城門裡避雨,守城門的人卻不讓他進去。
所以說:
在暗中處理重大事情的人,眾人並不知道他的功勞;
在明處爭辯的人,眾人才知道他的作為。

公输盘替楚国制造了云梯这种攻城器械。
造好以后,楚国将要用它去攻打宋国。
墨子听说了这件事,就从齐国出发,
走了十天十夜,到达楚国的都城郢,去见公输盘。
公输盘说:“先生有什么指教吗?”
墨子说:“北方有一个人侮辱了我,我想借助您的力量杀掉他。”
公输盘听了很不高兴。
墨子说:“我愿意献上十金作为报酬。”
公输盘说:“我讲道义,本来就不杀人。”
墨子站起来,再次行礼说:“请允许我说明原因。
我从北方来,听说您制造了云梯,将要用它攻打宋国。
宋国有什么罪呢?
楚国土地有余,而人民不足。
杀害自己所不足的人民,去争夺自己已经有余的土地,不能说是明智。
宋国没有罪却去攻打它,不能说是仁爱。
知道这是不义却不去劝阻,不能说是忠诚。
劝阻却不能成功,不能说是有能力。
您说自己坚持道义,不肯杀一个人,却要杀许多人,这不能说是懂得事理的类别。”
公输盘被说服了。
墨子说:“既然如此,为什么不停止攻宋呢?”
公输盘说:“不行。我已经把这件事告诉楚王了。”
墨子说:“为什么不把我引见给楚王呢?”
公输盘说:“好。”
墨子见到楚王,说:
“现在这里有一个人,舍弃自己的华丽车子,
却想偷邻居的破车;
舍弃自己的锦绣衣服,
却想偷邻居的粗布短衣;
舍弃自己的精米美肉,
却想偷邻居的糠糟。
这是怎样的人呢?”
楚王说:“一定是有偷窃的毛病。”
墨子说:
“楚国的土地方圆五千里,宋国的土地方圆五百里。
这就像华丽车子和破车相比一样。
楚国有云梦泽,犀牛、兕、麋鹿充满其中;
长江、汉水中的鱼、鳖、鼋、鼍,是天下最丰富的。
而宋国可以说连野鸡、兔子、鲋鱼都没有。
这就像精米美肉和糠糟相比一样。
楚国有高大的松树、文梓、楩楠、豫章等良木,
宋国却没有高大的木材。
这就像锦绣衣服和粗布短衣相比一样。
我认为,大王派官吏攻打宋国,正和这种行为属于同一类。”
楚王说:
“说得好。即使如此,公输盘已经为我制造了云梯,我一定要攻取宋国。”
于是楚王召见公输盘。
墨子解下腰带,把它当作城墙,又用木片当作守城器械。
公输盘九次设置攻城的机变,墨子九次都挡住了他。
公输盘的攻城器械用尽了,而墨子的守城方法还有余力。
公输盘理屈了,却说:
“我知道用什么方法来对付你了,但我不说。”
墨子也说:
“我也知道你想用什么方法来对付我,但我不说。”
楚王问其中的缘故。
墨子说:
“公输先生的意思,不过是想杀掉我。
杀了我,宋国就没有人能守城,于是就可以攻打了。
可是,我的弟子禽滑厘等三百人,
已经拿着我的守城器具,
在宋国城上等待楚国的进攻了。
即使杀了我,也不能断绝宋国的防守。”
楚王说:
“说得好。我请求不再攻打宋国了。”
墨子回去,经过宋国时,天上下雨。
他想在城门里避雨,守城门的人却不让他进去。
所以说:
在暗中处理重大事情的人,众人并不知道他的功劳;
在明处争辩的人,众人才知道他的作为。

公輸盤、楚の為に雲梯の械を造る。
成りて、将に以て宋を攻めんとす。
子墨子、これを聞き、
斉より起ち、
行くこと十日十夜にして郢に至り、
公輸盤に見ゆ。
公輸盤曰く、
「夫子、何の命ありてかここに為る」と。
子墨子曰く、
「北方に臣を侮る者あり。
願わくは子を藉りてこれを殺さん」と。
公輸盤、説ばず。
子墨子曰く、
「請う、十金を献ぜん」と。
公輸盤曰く、
「吾が義、固より人を殺さず」と。
子墨子、起ちて再拝して曰く、
「請う、これを説かん。
吾、北方より来たり、
子が梯を為り、
将に以て宋を攻めんとするを聞けり。
宋に何の罪かこれ有らん。
荊国は地に余り有りて、民に足らず。
足らざる所を殺して、
余れる所有るものを争うは、
智と謂うべからず。
宋に罪無くしてこれを攻むるは、
仁と謂うべからず。
知りて争わざるは、
忠と謂うべからず。
争いて得ざるは、
強と謂うべからず。
義、少を殺さずして、
衆を殺すは、
類を知ると謂うべからず」と。
公輸盤、服す。
子墨子曰く、
「然らば、胡ぞ已めざる」と。
公輸盤曰く、
「不可なり。
吾、既にこれを王に言えり」と。
子墨子曰く、
「胡ぞ我を王に見えしめざる」と。
公輸盤曰く、
「諾」と。
子墨子、王に見えて曰く、
「今ここに人有り。
その文軒を舍て、
隣に敝輿有るを欲してこれを窃まんとす。
その錦繡を舍て、
隣に短褐有るを欲してこれを窃まんとす。
その粱肉を舍て、
隣に糠糟有るを欲してこれを窃まんとす。
これは何若の人と為す」と。
王曰く、
「必ずや窃疾有ると為さん」と。
子墨子曰く、
「荊の地、方五千里。
宋の地、方五百里。
これは猶お文軒と敝輿とのごときなり。
荊に雲夢有り。
犀、兕、麋、鹿、これに満つ。
江漢の魚、鱉、黿、鼉は天下の富と為す。
宋は雉、兔、鮒、魚すら無き所なり。
これは猶お粱肉と糠糟とのごときなり。
荊に長松、文梓、楩、楠、豫章有り。
宋に長木無し。
これは猶お錦繡と短褐とのごときなり。
臣、王吏の宋を攻むるを以て、
これと同類なりと為す」と。
王曰く、
「善いかな。
然りと雖も、
公輸盤、我が為に雲梯を為れり。
必ず宋を取らん」と。
ここに於いて公輸盤に見ゆ。
子墨子、帯を解きて城と為し、
牒を以て械と為す。
公輸盤、九たび攻城の機変を設け、
子墨子、九たびこれを距ぐ。
公輸盤の攻械尽き、
子墨子の守圉、余り有り。
公輸盤、詘して曰く、
「吾、子を距ぐ所以を知れり。
吾、言わず」と。
子墨子も亦曰く、
「吾、子の我を距ぐ所以を知れり。
吾、言わず」と。
楚王、その故を問う。
子墨子曰く、
「公輸子の意、
臣を殺さんと欲するに過ぎず。
臣を殺さば、
宋、能く守る者莫く、
乃ち攻むべし、と。
然れども臣の弟子、
禽滑釐ら三百人、
已に臣の守圉の器を持ち、
宋城の上に在りて、
楚の寇を待てり。
臣を殺すと雖も、
絶つこと能わざるなり」と。
楚王曰く、
「善いかな。
吾、請う、宋を攻むること無からん」と。
子墨子、帰り、
宋を過ぐるに、天、雨ふる。
その閭中に庇せんとするも、
守閭の者、内れざるなり。
故に曰く、
神に治むる者は、
衆人その功を知らず。
明に争う者は、
衆人これを知る。

公輸盤は、楚のために雲梯という攻城兵器を作った。
それが完成すると、楚はそれを用いて宋を攻めようとした。
墨子はそれを聞くと、斉から出発し、
十日十夜歩き続けて、楚の都・郢に到着し、
公輸盤に会った。
公輸盤は言った。
「先生は、何の御用でここまで来られたのですか」
墨子は言った。
「北方に、私を侮辱する者がいます。
あなたの力を借りて、その者を殺したいのです」
公輸盤は不快そうな顔をした。
墨子はさらに言った。
「十金を差し上げましょう」
公輸盤は言った。
「私は義を重んじる者です。
もとより、人を殺すようなことはしません」
墨子は立ち上がり、二度拝礼して言った。
「では、説明させてください。
私は北方から来ました。
あなたが梯を作り、それを用いて宋を攻めようとしていると聞いたからです。
宋に何の罪があるというのでしょうか。
楚は土地が余っている一方で、民が不足しています。
不足している民を戦争で殺し、
余っている土地をさらに奪おうとする。
これは知恵があるとは言えません。
宋に罪がないのに攻める。
これは仁とは言えません。
その誤りを知りながら、王を諫めない。
これは忠とは言えません。
諫めても王を止められない。
これは強いとは言えません。
あなたは、義によって一人を殺すことはしないと言いました。
それなのに、戦争で大勢の人を殺すことはよいという。
これは物事の道理を分かっているとは言えません」
公輸盤は言い返せなかった。
墨子は言った。
「それならば、なぜ宋攻めをやめないのですか」
公輸盤は言った。
「それはできません。
私はすでに、このことを楚王に申し上げてしまいました」
墨子は言った。
「では、私を楚王に会わせてください」
公輸盤は言った。
「分かりました」
墨子は楚王に会って言った。
「ここに一人の男がいるとします。
その男は、自分では立派に飾った車を持っているのに、
隣人の古びた壊れかけの車を盗もうとします。
自分では美しい錦の衣を持っているのに、
隣人の粗末で破れかけた服を盗もうとします。
自分では上等な食事を食べているのに、
隣人の粗末な食べ物を盗もうとします。
これはどのような人物だと思われますか」
楚王は言った。
「それは盗癖のある者に違いない」
墨子は言った。
「楚の領土は四方五千里あります。
宋の領土は四方五百里に過ぎません。
これは、立派な車と壊れかけの車の違いのようなものです。
楚には雲夢沢があります。
そこには犀、水牛、大鹿、鹿が満ちています。
長江と漢水の魚、すっぽん、大亀、わにの類は天下の富です。
一方、宋には雉や兎、鮒や魚さえ乏しい。
これは、上等な食事と粗末な食べ物の違いのようなものです。
楚には長い松、美しい梓、楩、楠、豫章などの名木があります。
宋にはそのような大木がありません。
これは、美しい錦の衣と粗末な服の違いのようなものです。
ですから、王の臣下が宋を攻めようとしていることは、
先ほどの盗癖のある男と同じ類いの行いだと思うのです」
楚王は言った。
「なるほど、よく分かった。
しかし、公輸盤は私のために雲梯を作った。
私は必ず宋を取る」
そこで墨子は、公輸盤と向かい合った。
墨子は帯をほどいて、それを城壁に見立てた。
そして木札を用いて、攻城兵器に見立てた。
公輸盤は、九通りの攻城の仕掛けを繰り出した。
墨子は、その九通りすべてを防いだ。
公輸盤の攻撃手段は尽きた。
だが墨子の防御策には、なお余裕があった。
公輸盤は行き詰まり、言った。
「私は、あなたを退ける方法を知っている。
だが、それは言わない」
墨子もまた言った。
「私も、あなたが私を退ける方法を知っている。
だが、それは言わない」
楚王は、その理由を尋ねた。
墨子は言った。
「公輸盤の考えは、私を殺そうというだけです。
私を殺せば、宋を守る者はいなくなり、
宋を攻め落とすことができる。
そう考えているのでしょう。
しかし、私の弟子である禽滑釐ら三百人は、
すでに私の防御用の道具を持って、
宋の城壁の上で楚軍を待ち受けています。
たとえ私を殺しても、
宋の守りを断つことはできません」
楚王は言った。
「見事である。
私は宋を攻めることをやめよう」
墨子は帰路についた。
宋を通り過ぎる時、天から雨が降っていた。
墨子は門の内側で雨宿りをしようとしたが、
門番は彼を中に入れなかった。
だから言うのである。
神妙なる働きによって物事を治める者は、
人々にその功績を知られない。
表立って争う者は、
人々にその働きを知られる。

最初に言うと、北京語は学んだが、台湾語は学んでいないので、台湾語は分からない。と言っても、繫体字や旧字体は好きなので、全く分からない訳ではない。北京語文法との差異点も少なく、日本語の影響さえ受けている。
台湾語の会話は聞き取れない。北京語会話の方がまだ分かる。ただ文字を見た時、繫体字も簡体字も両方読める。漢文同様、意味は取れる。日本人は極めて有利な文化環境にいるので、少しの努力で多くの成果を得られる。
余談だが、日本の母親たちは、無理やりでも子供に、アルファベットを教える。その結果、幼少期から欧文文字も読める。主に英語目的だが、後年本人の都合で、フランス語、イタリア語、ラテン語などに移行も可能だ。
日本の文化環境で教えないのは、アラビア文字くらいで、ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベットを教えてくれる。これは東西に対して高い文化価値がある。日本人に生まれるとは、誠に億万長者の富を得たのと同じだ。
日本人は全員、人類最高の金持ち、イーロン・マスクより恵まれた環境にいる。このような条件は、高い金を払っても得られる条件ではない。我々日本人は随喜の涙を流して、日本に生まれた事を神仏に感謝すべきだろう。
ゲームでたえるなら、スタート時に、ステータスボーナスが複数付与されるのと同じだ。もはやチートに近い。世界195ヵ国?あるとしても、こんなに文字を教えてくれる国は他にない。誠に日本の母親たちは偉大だ。
外から見た時、この文化環境の豊穣さは、筆舌に尽くし難い。宇宙に数多の星あれど、これほど凄い国は二つとしてないと思う。地球でも特に日本という国は、宇宙全体でも、稀有な環境だと思う。やまとのくには特別だ。
例によって、話が盛大に逸れた。話を戻す。まず漢文、北京語文法繫体字版、北京語文法簡体字版について、解説していこう。その後に、書き下し文の特異な特徴について述べたい。
大きく言うと、原文は「漢文=圧縮された論理的文章」で、北京語文法版は「現代北京語=関係性を明示した説明文」になる。(繫体字版も簡体字版も、文法は北京語であるため本質的には同じ)
一般的に言える事として、原文の『墨子』公輸篇は、非常に圧縮されている。主語・目的語・接続関係・因果関係がかなり省略されていて、読者が文脈で補う構造だ。だがこの粗削り感は、日本人に馴染みがある。お経だ。
たとえば原文の、
宋何罪之有?
これは直訳すれば「宋に何の罪があるのか」だ。
ただし漢文としては「何罪之有」という倒置・反語の形だ。
北京語文法にすると、
宋国有什么罪呢?
となる。
ここでは、漢文の倒置の力は弱まるが、意味は分かり易くなる。
つまり三者の関係はこうだ。

注意点として、繁体字版=古典の古文に戻したものではない。文字は繁体字でも、文法はあくまで現代北京語だ。
原文と北京語版の最大の差
一番大きな差は、原文では語と語の関係を読者が判断するのに対して、北京語版では「了」「把」「被」「却」「于是」「即使」などで関係を明示する事だ。
たとえば、
公輸盤服。
漢文ではたった四字だ。
意味は「公輸盤は屈服した/納得した/論破された」だ。
服したと日本語でも簡単に意味は分かる。
北京語版では、
公输盘被说服了。
とした。
ここでは「服」を「说服された」と補っている。読み易いが、厳密には少し解釈が入る。原文の「服」は「心服した」「理屈で負けた」「屈した」などの幅があります。北京語版ではその幅を少し絞っている。
簡体字版と繁体字版の違い
簡体字版と繁体字版は意味・文法はほぼ同じだ。違うのは主に表記だ。

ただし、繁体字にした時に注意が必要なのは、台湾や香港の自然な表現に寄せるなら、語彙も少し変わる場合もある。これはAIで試して判明した。
今回の繁体字版は、北京語文法を繁体字表記にしたものなので、台湾華語として完全に自然かというと、大陸寄りの語感がどうしても残る。
たとえば、
攻城器械
守城器具
攻城的机变/機變
などは、やや書き言葉的で、学習用・解説用なら問題ないが。
漢文の強み:論理の切れ味
『墨子』公輸篇の見どころは、墨子の論理展開だろう。
特にこの部分だ。
殺所不足,而爭所有餘,不可謂智。
宋無罪而攻之,不可謂仁。
知而不爭,不可謂忠。
爭而不得,不可謂強。
義不殺少而殺眾,不可謂知類。
北京語にすると分かり易くなるが、漢文のリズムはかなり失われる。
北京語版では、
杀害自己所不足的人民,去争夺自己已经有余的土地,不能说是明智。
宋国没有罪却去攻打它,不能说是仁爱。
知道这是不义却不去劝阻,不能说是忠诚。
というように訳した。これは自分で訳して、AIと相談して、決めた。どうも無理があり、こういう形にならざるを得ない。
意味は分かり易いが、漢文の「不可謂智/不可謂仁/不可謂忠/不可謂強/不可謂知類」という一気呵成な畳みかけは、やはり原文の方が強い。
漢文のまま読むと裁判の弁論のような迫力があるが、北京語文法版にすると、授業でテキストを理解するための平凡な説明文になる。こういうのは、カエサルのラテン語を現代フランス語に訳すと間抜けになるのと似ている。
注意点:北京語版ではかなり補っている
現代語訳では、省略された関係を補う必要がある。
たとえば、
荊國有餘於地,而不足於民
原文では「荊国は土地に余りがあり、民に不足している」という意味だ。
北京語版では、
楚国土地有余,而人民不足。
とした。
ここでは「荊国」を「楚国」としている。荊は楚を指す。ただし、原文の呼称のニュアンスを残したいなら、北京語でも「荆国」または「楚国,即荆国」とする手もあった。ただ日本語の世界でも「楚」で定着している。
また、
子墨子解帶為城,以牒為械。
これはかなり有名な場面だ。
当方が公輸篇で好きな一節だ。
原文では「帯を解いて城とし、牒をもって器械とする」とだけある。
北京語版では、
墨子解下腰带,把它当作城墙,又用木片当作守城器械。
とした。
ここで「牒」を「木片」と訳しているが、解釈だ。文脈上は模擬戦用の札・板のようなものと考えられる。将棋の駒のようなものではないだろう。「小木片」「木札」「竹片」などの検討余地もあるだろう。
「不可謂知類」の扱いは少し難しい
原文で一番訳しにくいところの一つが、
義不殺少而殺眾,不可謂知類。
だ。
今回の北京語版では、
您说自己坚持道义,不肯杀一个人,却要杀许多人,这不能说是懂得事理的类别。
とした。
意味としては、「一人を殺すのは義に反すると言いながら、多数を殺す戦争には加担する。それは物事の同類関係を分かっていない」という事だ。
「知類」は現代語にし難い。単に「懂得事理」でも足りないし、「懂得类推」だと論理学のようになる。
より墨子的に訳すなら、
这不能说是懂得同类事物之间的道理。
または、
这不能说是懂得类比推理。
になる。
この箇所は、墨子の論理性が出ている。「少数を殺すのは悪い。では、多数を殺す戦争はもっと悪いではないか」という類推による反論だ。
最後の一文は思想的に重要
最後の、
治於神者,眾人不知其功;
爭於明者,眾人知之。
ここはかなり複雑だ。
北京語版では、
在暗中处理重大事情的人,众人并不知道他的功劳;
在明处争辩的人,众人才知道他的作为。
とした。
ただし「神」を「暗中」としたのは、意訳だ。ここでの「神」は、単なる「神様」ではなく、目に見えないほど巧みに処理する事、あるいは神妙・神機の領域で治める事だ。ここはAIと訳出でもめた。
だがその方向で訳すなら、
能够以精妙方式处理事情的人,众人不知道他的功劳;
在公开场合争辩的人,众人才知道他的功绩。
にもなる。
最後の一文は「本当に大きな功績は、事件が起こる前に止める事なので、人には知られない」という意味に読める。墨子は宋を救ったのに、宋の門番には雨宿りすら拒まれる。ここに異熟果(いじゅくか)が発生している。
異熟果とは仏教用語だが、善行を為したのに、報われず、悪行を為したのに、報われるというこの世の現象を指している。悪い事をした政治家が捕まらず、告発したジャーナリストが逆に投獄されるみたいな事だ。
『南総里見八犬伝』の滝沢馬琴は、この世の異熟果があまりに多い様を見て、せめて小説の中でも、因果の理法を完結させるとして、勧善懲悪の小説を書きまくった。だが葛飾北斎に、それは整い過ぎていると指摘された。
現代風に言うなら、それAI小説みたいじゃないの?という事だ。
絶対知にまで到達したドイツ観念論の完成者ヘーゲルに言わせれば、論理とは、必ず完結するものという理解なので、異熟果は在り得ない。この世の現象はどうあれ、善は善。悪は悪という事になる。理念の世界の話だ。
では仏陀はどう考えていたのか?逆に異熟果があるからこそ、この世だけで論理が完結せず、あの世があるのだと説く。これは実践理性批判のカントを思わせる。因果の理法はあの世で完結する。善因善果、悪因悪果だ。
異熟果はともかく、この雨に打たれる墨子は本当に絵になる。だから今回、天雨過宋という言葉を漢文から拾って、
子墨子歸,過宋,天雨。
庇其閭中,守閭者不內也。
以下の小説を書いた。
なおNoteAIによって英訳もされている。ややこしい。
こちらは台湾・華僑向けに作った。日本人より、どちらかと言うと、華人に読んでもらいたい物語だと思ったからだ。彼らも、古典を忘れつつあり、思い出しても、孔子に寄りがちだが、墨子や老子も思い出して欲しい。
十代の頃、墨子の本を買い(その本では墨子が飛行機械を発明し、空を飛んでいたという説を強調していたが)どちらかと言うと、もろに異熟果だった墨子の雨が印象に残り、いつか小説化したいとずっと考えていた。
魯迅や酒見賢一の墨子もある事は聞いているが、どうしても読む気がしなくて、今でも避けている。読んでもいないが、多分彼らは墨子を理解していないだろうという想定からだ。墨子は本当にとんでもない人なのだ。
当方も墨子を理解できていない。当方の理解は、ソクラテスの無知の知ではないが、墨子が理解できないという事を、理解しているという事だ。だが大体の人の理解は、墨子は古代人で、現代人より下に見ている。愚かだ。
小説でも描いたが、墨子は神格を持った人間だ。仮に当方の光の量を1と仮定したら、ジャンヌダルクの光の量は100くらいで、墨子はさらにジャンヌの100倍の光の量があるだろう。当方と1万倍以上の差がある。
ドラゴンボールじゃないけど、当方が界王拳みたいな事をしても、光の量は6にしかならない。ドラゴンボール風の世界観で言えば、一般人がサイヤ人に挑むくらい差がある。墨子はあきらかに尋常ではない。
仏陀やイエスよりちょっと下くらいだろう。
それくらい力がある。
影響力はやや下回るが。
総合すると
テキストの話を戻そう。
三者を並べるとこうなる。
漢文は、論理・修辞・緊張感を味わうためのテキストだ。簡体字北京語版は、中国語学習者や現代読者が意味を取るための説明文だ。繁体字北京語版は、繁体字圏の読者向けにした現代語理解版だ。華僑版だ。
今回、華僑の人たちに伝えたかったので、繫体字版小説も作った。だが現代語版は便利な反面、必ず問題もある。
第一に、省略された主語や因果を補うため、訳者の解釈が入る。
第二に、原文の対句・反語・圧縮された迫力が弱まる。
第三に、「知類」「牒」「守圉」「治於神」など、思想的・制度的な語は一語で置き換えにくい。
第四に、繁体字にしても、文法まで古典に戻るわけではない。
なので、構成としてはこうなる。
原文
↓
北京語文法版
↓
日本語解説
↓
論理構造の説明
この順番にすると、読み易くなる。特に『墨子』公輸篇は、単なる古典ではなく、戦争抑止・技術倫理・外交交渉・論理的説得の教材として使えるので、現代語版を並べる価値は大きい。国際情勢の理解の一環にもなる。
書き下し文の存在意義
漢文→書き下し文→現代日本語訳は、
似ているようで、実は別作業だ。
1. 漢文から書き下し文にする時の注意点
書き下し文は、翻訳ではなく、漢文を日本語の語順で読めるようにする作業だ。だから、現代語に寄せ過ぎてはいけない。お経の感覚で訳す。
たとえば、前出の「宋何罪之有?」は、現代語なら「宋に何の罪があるというのか?」だが、書き下しなら「宋に何の罪かこれ有らん」となる。「宋は無罪ではないか?」とまで訳すと、意味は分かるが、現代語になる。
書き下しで注意する点は、まず語順を日本語に直すが、語彙はなるべく漢文のまま残す。「攻宋」は「宋を攻む」、「為楚」は「楚の為にす」、「吾義固不殺人」は「吾が義、固より人を殺さず」のように、原文を残す。
次に、返り点の構造を意識する。「何罪之有」は「何の罪か之有らん」で、疑問・反語の形です。「不可謂智」は「智と謂うべからず」。「所以距子」は「子を距ぐ所以」。こういう定型は崩さない。
それから、固有名詞・制度語・思想語は不用意に訳さない。「荊」「宋」「雲梯」「公輸盤」「子墨子」「守圉」「明」「神」などは、書き下し文にそのまま残した方がよい。
特に墨子の場合、「義」「仁」「忠」「智」「類」は思想語なので、現代語で「正義」「思いやり」「忠誠」「知恵」「同類判断」と訳し切ると、それはもう書き下し文ではない。
あと、句読点は補助であって、意味を決め過ぎない。漢文は句読点が後代の整理なので、切り方で意味が変わる。書き下しでは、読み易く切るが、過度に現代文の段落構成にしない方が古典らしさが残る。
余談だが、古典ギリシャ語も全て大文字の世界で、小文字もなく、コンマもピリオドもなく、大文字がくっついて並んでいる。まるで漢文のようだ。小文字とか、コンマ、ピリオドは全て後代、中世写本の世界での発明だ。
だからオックスフォードのテキストも、ある種の書き下し文に見える。
2. 書き下し文でやり過ぎない方がいい事
苦しくても、書き下し文に、一切説明を混ぜない方がいい。たとえば、治於神者,眾人不知其功;爭於明者,眾人知之。書き下しなら、神に治むる者は、衆人その功を知らず。明に争う者は、衆人これを知る。とする。
見えないところで危機を防ぐ者は、人々に功績を知られない。とすると、それはもう現代語訳か解説だ。正しくても、書き下しではない。
つまり書き下し文は、原文と現代日本語訳の中間に置く橋だ。苦しくても橋を渡り切ってはいけない。橋の真ん中に身を置いて、過去と未来を見るためのものだ。お経も呉音で音読しながら、意味の橋の真ん中を漂うが。
インド伝来のお経なら、サンスクリット語も考えながら?サンスクリット語はインド・ヨーロピアン言語で、ラテン語や古典ギリシャ語と並ぶ。日本では梵字と言い、最初に日本に入ったインド・ヨーロピアン言語だ。
戦国期のポルトガル語とかスペイン語より、あるいは江戸時代のオランダ語より、戦後の英語より、日本には、インド・ヨーロピアン言語が入っていて、どうやら空海などは、サンスクリット語まで理解していたようだ。
3. 現代日本語にする時の注意点
現代日本語訳では逆に、読者が意味を取れることを優先する。たとえば、
荊國有餘於地,而不足於民は、書き下しなら、荊国は地に余り有りて、民に足らず。現代語なら、楚は土地は余っているが、民は足りていない。
ここでは「荊」を「楚」にする。現代読者には楚の方が分かり易いからだ。ただし、現代語訳でも注意がある。一つは、思想語を現代語で潰しすぎない事だ。
「仁」「義」「忠」「智」は、単純に「やさしさ」「正義」「忠誠」「知性」と訳すと意味がずれる。だから本文では自然に訳しつつ、必要なら補足で、現代語を添えてもいいが、できれば、文脈で自然に理解させたい。
もう一つは、和訳でも論理の順番を変えない事だ。
墨子の説得はかなり論理的だ。
公輸盤に「一人殺せ」と持ちかける
公輸盤が「義により殺さない」と言う
墨子が「一人は殺さないのに、戦争で多数を殺すのか」と突く
公輸盤が「王に言ってしまった」と逃げる
墨子が楚王に会う
楚王に盗癖の譬えを出す
卓上演習で九変を防ぐ
最後に「私を殺しても宋には三百人いる」と言う
この順番が、攻城戦そのものみたいにできている。
現代語訳で順番や圧を崩すと、墨子の詰将棋感が弱くなる。
4. 『天雨過宋』の例
漢文
子墨子歸,過宋,天雨。
庇其閭中,守閭者不內也。
書き下し
子墨子、帰り、宋を過ぐるに、天、雨ふる。
その閭中に庇せんとするも、守閭の者、内れざるなり。
現代日本語訳
墨子は帰路につき、宋を通り過ぎた。
その時、天から雨が降っていた。
墨子は門の内側で雨宿りをしようとしたが、門番は彼を入れなかった。
ラテン語・古典ギリシャ語一節の場合は、基本的に、原文 → 英語/フランス語 → 日本語という流れでも、まだ「翻訳」だ。
つまり、ラテン語や古典ギリシャ語をいったん西洋近代語に置き換えて、それを日本語にする。英語・仏語は橋渡しの言語になる。
でも漢文の場合は、漢文 → 書き下し文 → 現代日本語という流れで、真ん中の「書き下し文」が翻訳ではなく、日本語内部の古典的な読み替えシステムとなる。これが決定的に違う。漢文と日本語が接続されて橋渡しされる。
ラテン語なら、
arma virumque cano
を、
I sing of arms and the man
として、それを、
私は武器と一人の男について歌う
にする。これは言語間翻訳に過ぎない。
でも漢文の、
子墨子歸,過宋,天雨。
を、
子墨子、帰り、宋を過ぐるに、天、雨ふる。
にするのは、翻訳というより、
漢文を日本語の古典文法で
読めるように再配列する作業だ。
そのあとで、
墨子は帰路につき、宋を通り過ぎた。
その時、雨が降っていた。
とするのが、現代語訳。
だから三層になる。
原文としての漢文、
訓読としての書き下し文、
翻訳としての現代日本語。
ラテン語・古典ギリシャ語には、普通この「訓読」という中間層がない。もちろん逐語訳や直訳はあるけど、日本漢文の書き下し文ほど制度化されたものではない。
しかも漢文は、日本語に入った時点で、すでに日本語文化の一部にもなっている。これが橋渡し可能な理由だ。これは有利極まりない。少ない努力で、多くの成果が得られる所以だ。だから冒頭、ああ言った。
たとえば、
宋に何の罪かこれ有らん。
これは北京語ではない。
でも完全な現代日本語でもない。
日本語化された漢文だ。
『天雨過宋』の場合、
この三層構造がかなり有利に働く。
漢文原文:古典そのもの
書き下し文:日本漢文の響き
現代語訳:読者への理解
小説本文:瑠璃ノ蒼による再創造
この四段階構造になる。
西洋古典だと、
原典 → 英仏訳 → 和訳 → 創作
になりやすいけど、漢文は、
漢文 → 書き下し → 現代語訳 → 創作
となる。
これは日本語の中に、
すでに漢文を受け入れる
古い回路があるからだ。
だから今回の『墨子』の小説は、
ラテン語や古典ギリシャ語よりも、
ある意味では日本語に近い。
やたらとラテン語を入れた
『ベッルム・スパルタキウム』
より文章としてはよい筈だ。
でも同時に、
北京語文法繁體字版に戻すと、
また別の回路が開く。
『天雨過宋』はかなり特殊だ。
大陸古典を、
日本漢文の回路で読み、
現代日本語として再創造し、
さらに繁體字北京語文法で
華人文化圏へ戻した。
これは単なる翻訳ではなくて、
古典の往復運動だ。
西洋古典古代でやっていた事とは、
かなり違う種類の作業となる。
当方も文化の香りが高い方に、
どうしても引き寄せられる傾向はある。
勿論、内容によるが。
台湾と香港の繫体字は、
日本の旧字体と相似的だ。
細部では微妙に異なるが。
最近、ある本屋がとっくの昔に、
閉店していた事に気が付いた。
そこで買った旧字体の文献だ。



池袋西口にあった古書店、高野書店だ。
ここの店長は後に池袋の区長となり、
池袋のアニメ・オタク文化を興伸?した。
古いものがよいとは限らないが、
漢文から現代日本語まで、
橋渡しできる書き下し文は、
日本の貴重な言語装置だろう。
また繫体字であれば、
旧字体繋がりで、
台湾・香港の人達と、
接続できる。
華僑文化圏とも繋がる。
簡体字圏も大きいが、
繫体字を読む人もいる。
東洋はかなり漢字で
繋がっている。
最近、You Tube Shortで、
Somari Kanji Quiz
という漢字クイズも、
英語で発信している。
よければ、冷やかしに、
チャンネル登録して
やって下さい。

以上
