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ベッルム・スパルタキウムXIV Sicilia an Piratae?

 スパルタクスたち奴隷軍主力は、ピケヌム地方北部を南下していた。西にアペニン山脈、東にアドリア海が見える。ピケヌム地方は、アドリア海に面して平野部があり、アペニン山脈は山間部となっている。斥候たちの情報で、ローマ軍が接近している事が分かっていた。
 
 ……敵は二手に分かれている。
 また挟み撃ちにする気か。
 ならば時間差で各個撃破だ。
 
 スパルタクスは、執政官ゲッリウスがアルプス方面の北から、執政官レントゥルスがローマ方面の南から、スパルタクスを挟み撃ちにしようとしている事をすでに掴んでいた。斥候の情報もあるが、ニアが見たビジョンもある。危険が迫っていると教えてくれた。
 
 ……アスクルムで先にゲッリウスを叩こう。
 
 執政官ルキウス・ゲッリウス・プブリコラだ。紀元前72年8月に一度戦って勝利している。また二個軍団を率いて再戦を挑んできた。紀元前72年11月、アスクルムの戦いが起きた。同盟市戦争の古戦場だ。スパルタクスは平野で機動戦を仕掛け、ローマ軍を破った。

Quadratum

 ……何度戦っても同じだ。
 先に騎兵を片付ければ、
 この軍団は機動戦ができない。
 
 本当はそんな事はないが、執政官ゲッリウスは平凡な将軍だったので、指揮できる戦術の幅が狭かった。騎兵隊を失うと何もできない。スパルタクスは、今回も蹴散らすに留めた。
 
 その後スパルタクスは、アンコナ街道を下った。ピケヌム地方南部だ。執政官グナエウス・コルネリウス・レントゥルス・クロディアヌスの二個軍団と遭遇した。紀元前72年9月に一度戦って勝利している。紀元前72年11月、アンコナ街道の戦いが起きた。結果は同じだ。
 
 ……ローマ軍は敗け癖がついていないか?
 なぜ同じ戦い方を繰り返す?
 
 無敵のローマ軍が脆くも崩れて行く。奴隷軍の士気は絶頂に達していた。もう何回連続勝利しているのかよく分からなくなってきた。それにしても、ローマ軍に将はいないのか?

Spartacus relationem accipit

 「講和だと?」
 ローマから和平の使者が来た。
 元老院を代表している。公式だ。
 
 スパルタクスは何を今更と思った。だが元老院とは別に、民会がポンペイウスを呼び戻す事を要求している事を掴んでいたし、かつクラッススにimperium(インペリウム=指揮権)が与えられた事も聞いている。この講和は時間稼ぎに違いない。裏で兵を集めている。大軍だ。
 
 「……クラッススは強敵よ。気を付けて」
 ニアがスパルタクスにそう囁いた。
 
 今朝夢を見たらしい。だがクラッススは、なぜか無理やり口を開かされて、黄金をぐつぐつ煮込んだ大鍋から、お玉で溶けた黄金を口から流し込まれて、殺害された。意味不明な夢だが、大金持ちである事が祟ったようだった。クラッススの死の運命を予告している。
 
 「クラッススは死ぬのか?」
 ニアは頷いた。
 だがスパルタクスには
 この夢の意味がよく分からない。
 
 「……でも私たちも死ぬかも。
 どちらが先か分からないけど」
 だがクラッススが
 非業の死を遂げる事は間違いないようだ。
 
 「変な死に方だが、我々がそんな事を
 するとは思えない。他の誰かか?」
 紀元前53年、パルティア遠征で
 クラッススは戦死する。19年後の話だ。
 
 「……クラッススは大軍を率いていた。自前よ」
 ニアが見た夢は、どの時点の話か分からない。
 だがクラッススは常に大軍を動員する。
 
 「自前?それでも四個軍団以上は堅いな。六個軍団か?」
 スパルタクスは大体正確な予測ができた。最終的には六個軍団プラス追加で四個軍団の計十個軍団になる。精鋭で名が知られたローマ第六軍団が中核だ。ピケヌム出身の軍団だ。
 
 後にカエサルの時代、Legio VI Ferrata(Sixth Ironclad Legion=第六鉄の軍団)と呼ばれ、ガリア戦争からローマ内戦を戦い抜き、最終的にはブリタン二アに渡った。
 
 「……手強い相手だから、
 こちらも気を付けないと」
 ニアはそう言ったが、
 スパルタクスは戦う気はなかった。
 
 「向こうが時間稼ぎしたいなら、
 こちらもそれに乗ろう。ただしのらりくらりだ」
 
 スパルタクスは元老院が送った
 使者を丁重にもてなして、
 前向きに検討すると言って帰した。
 
 

Senatus

 ローマでは、二度敗戦した
 執政官ゲッリウスとレントゥルスが
 元老院に召喚されていた。

Cicero accusatus

 「imperium(インペリウム=指揮権)を剥奪する!」
 キケロがそう宣言すると、元老院議員たちは賛意を示した。誰も反対しない。だが当の本人たちは恨み心を抱き、後日このプロ・コンスルたちは、元老院打倒のクーデタを試みるが、それはまた別の話だ。

 「代わりにクラッススにimperium(インペリウム=指揮権)を与える!」
 キケロがそう宣言すると、元老院議員たちは賛意を示した。誰も反対しない。クラッススは立ち上がって手を上げた。すると友人でもある同僚議員たちも集って、一緒に宣誓した。

Crasso imperium datum

 「元老院議員諸君、私は兵を集める!
 私費でだ。だから時間が欲しい」
 クラッススがそう言うと、
 キケロは頷いた。そして言った。

 「元老院議員諸君、
 奴隷たちに講和の使者を送ろう」
 会場はざわついた。
 意味が分からない。
 キケロは説明した。

Cicero Explicat

 「元老院議員諸君、
 安心して欲しい。これは時間稼ぎだ」
 クラッススの軍団編成が終わるまでの話だ。
 
 「……だがスパルタクスが応じたらどうする?」
 元老院議員の一人が質問した。当然の疑問だ。
 「国家間の事であれば、信義が問われるが、
 賊軍であれば、約束を守る必要はない」
 会場はざわついた。
 テロ・ゲリラと交渉しない
 という現代の議論にも通じる。
 
 ……まるでキケロが国家の第一人者のようだな。
 まぁ、いいが……。
 
 その後、クラッススが兵を集めていると、スパルタクスがローマに寄らず、通過した事を聞いた。奴隷どもは一体どこに行こうとしているのか?副将ムンミウスを呼び、二個軍団を先発させた。スパルタクスと戦うのではなく、追跡・監視が目的で、戦わないように厳命した。
 
 
 
 スパルタクスは南イタリアのルカニアで、キリキアの女海賊と再び接触する事ができた。だがそこで新たに得られた国際情勢に、奴隷軍中核のトラキア人たちは少なからず、動揺した。

Spartacus Thracos persuadet

 「トラキアがローマに征服された?」
 紀元前72年、ちょうどスパルタクスたちがカプアで蜂起した時と同時期に、ローマ遠征軍がマケドニア北部からトラキア南部に入り、プロ・コンスルのマルクス・テレンティウス・ウァルロー・ルクルスが、バストナエ族を破った。その後、進軍し、黒海沿岸まで征服した。
 
 「ベッシ族は?」
 トラキア人たちがカッサンドラに尋ねると、
 彼女は首を静かに横に振った。
 「……敗れたらしい」
 トラキア人たちは信じられない
 という顔をして、スパルタクスを見た。
 
 「黒海沿岸のギリシャ人植民都市は?」
 オデッソス(現オデッサ)、メッサンブリア、
 アポロニアは、トラキア人の友邦だ。

Θρᾴκη

 「……ローマに屈したと聞いている」
 バルカン半島の南半分がローマの手に落ちたようだった。現在のブルガリアが、トラキア人の故郷だが、全てローマ軍に征服されて、遠征軍はルーマニアからウクライナ南端にいる。
 
 「そんなに強いのか?」
 マルクス・テレンティウス・ウァルロー・ルクルスは破竹の勢いで、蛮族を破り、ギリシャ人の植民都市も屈服させた。トラキア人で、騎馬民族で名高いバストナエ族と、山岳部族で名高いベッシ族も、ローマに敗れた。帰る故郷がなくなった事は、衝撃的だった。
 
 「どうする?」
 トラキア人たちは、スパルタクスに詰め寄った。
 「故郷に帰還するという方針に変わりはない」
 スパルタクスは同朋たちに言った。
 ゲルマン人やガリア人の事も考えて、そう発言した。
 「我々が再度、故郷を奪還すればよい」
 スパルタクスがそう言うと、
 トラキア人たちの目に希望の光が灯った。
 
 ……だがゲルマン人やガリア人の協力を
 得ないと達成不可能だな。
 
 そう考えると、まずアドリア海を渡る時、バルカン半島に行く事が先決となるか。だがゲルマン人やガリア人は余計な寄り道をしたくないだろう。どう説得するか、悩み処だ。
 
 「考えなくていいよ」
 アポロニアが不意にそう言った。
 スパルタクスは振り返った。
 
 「今は考えなくていいよ」
 ニアがそう断言すると、
 スパルタクスは彼女の顔を見た。
 
 ……何かビジョンを見たな。
 だがそういう訳にも行かない。
 
 「今は追い掛けて来る敵をどうするか考えないと」
 確かにその通りだった。ムンミウスの二個軍団が近くにまで来ている。だがスパルタクスは最近、歌巫女の力が増していると感じていた。しばしばスパルタクスを置いて、行き先を指し示す事さえあった。いよいよ本格的に、霊的覚醒しつつあるという事だろうか?
 
 スパルタクスの眼差しは絶えず地上にある。
 だがニアの瞳には霊天上界が映っていた。
 ……意見がぶつかる事は避けたいな。

Precatio Niae

 ある時、ニアが離れた場所で、独りで静かに祈っているのを見た。スパルタクスの目には、祈る彼女と天が、光の柱で繋がっているのが見えた。彼も目をこらせば、幽霊くらい見える霊感はあったが、この時見た黄金の柱の神聖さには驚かされた。一体何が起きていたのか?
 
 「祈ると自分が透明になる。
 いや、透明にならないと祈れない」
 ニアはそう言った。
 スパルタクスも何となくその感覚は分かる。
 
 「……内なる光と外なる光か」
 祈りとはそういうものだ。
 それが天と人を繋ぐ。だから光の柱が立つのだ。
 
 「……それで一体何を祈っていたんだ?」
 「ナイショ」
 スパルタクスは驚いた。
 ニアは舌を出している。

 「神様とお話していたの。
 運命とか、未来とか、色々」
 ニアはスパルタクスの前を歩いた。
 ニアの後光は大きくなっている。

 「……なるほど」
 スパルタクスは祈らない。
 内なる光が掴めていないからだ。
 だが目を閉じると光は感じる。

 「大丈夫だよ。10人に1人くらいは、
 祈れば天に通じるから」
 「……そうなのか?」

 それなら、トラキア人が故郷に帰れるように祈りたい。
 「逆を言うと、半分以上の人が祈ると、悪霊が寄ってくるけどね」
 欲望のまま祈れば、天ではなく、地獄を招き寄せる。
 殆どの人の心は浄化されていない。

 「俺は人を殺し過ぎた。祈る資格はない」
 「……そんな事ない。善悪を分け、
 人に尽くそうという心はあるでしょう?」
 ニアは優しく微笑んだ。スパルタクスは瞑目した。
 だが全てに終わりはある。今日か明日か。

Spartacus et Apollonia

             シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺089


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