50年の窓 第2章
第2章 誕生日
「今日は、イタリアンかな?」
「そうね、それは、なーに?」とカレンはケントが持つ紙袋に視線を移します。
「今は内緒!後で。」
「へー?」
料理のオーダーを終えて、ケントは、その大きな紙袋をテーブルの上に乗せて、中から、ケシの花束を出し、
「誕生日おめでとう、カレン!いつまでも、、、」
「ワォ!!!私、忘れてた!ありがとうケント、心から愛しています。」カレンの驚きはケントの声を押し消してしまった。
ケシの花束は、赤、オレンジ、黄色の鮮やかな3色のケシの花が、花には狭い袋から解き放されるように出てきた。
「素敵、こんなにすごいのもらったの初めて!」
カレンは、深い赤のケシに特に見入った。
「深い赤」なのに何故か明るさを感じる赤だった。
「この『赤』綺麗ね。何か不思議な色。」
ケントは、藁に包まれたキャンティのボトルから、2人のグラスに深い赤を注いだ。
「2人の好奇心に乾杯、好奇心は知識の源だよ。僕最近、進化心理学の勉強も始めたんだ。」
「カレンがこないだ勧めてくれた、マイケル・ガザニカの「わたしは、どこにあるのか」面白かった。特に分離脳の実験は読んでいて自分も脳科学の分野やりたいみたいな気もしてきた。」
「どの辺が気に入った?」
「言語中枢の話。
言語中枢は、おバカな辻褄合わせの広報担当だっていう話。」
「先日、ピザの昼飯の時話した、ブレーキ踏んでないのに踏んでた話と繋がったんだけど、こんなモデルどう思う?
1、本当の自分は、潜在意識とか無意識と呼ばれる意識
2、潜在意識は抽象的な概念で物を考える。だから言語を使えない。
3、他者と意思疎通するために言語があるけれど、潜在意識は言語を理解できない
4、だから潜在意識は言語中枢を使ってコミュニケーションする。
5、我々が自分だと思っているのは実は言語中枢。しかし、本当の自分は潜在意識。
そう考えると、先日の『気がついていたらブレーキを誰かが踏んでいた』ということが理解できる様に思うんだけど、、、どう思う。?」
「ケント、それ、いけてると思う。いままでそんなふうに考えたことなかったけど、なんか辻褄があう様な気がする。やるじゃん。ちょっとそのモデル考えてみる。」
カレンは、ケントのこう言った、ちょっと常識から外れた独特の思考パターンが好きだった。自分には無い思考ベクトルがある様にいつも感じていた。
「ケントの好奇心って、いつもただもんじゃないけど、君の子供の頃どんなだった?」
質問されて、ケントは反射的に父親の声を思い出した。
ケントの父親はAIの研究者であり技術者でもあった。幼い頃、誰でもがそうであるように湧き出る謎を父親に「なぜ、なぜなの」と常に質問を持つ子であった。3歳前後でよくある「なぜなぜ症候群」といえばわかりやすいだろうか。父親は面倒とは思わず、常にこれに答えてきた。つまりケントは返事を諦める事はなく、この質問群は明らかに彼の知識を増やすだけではなく、さらに強い探究心を育ててきた。
「うん。いい親父だった。まだ生きているけど、僕には過去の経験かな。何でも丁寧に理屈を大切に教えてくれる人なんだ。ぼくは、そんな父に感謝しています。僕の頭に色々詰まっているのは、明らかに親父のおかげだよ。
サンディエゴで2020年に始まった新しい高校の教育制度でHTH(High Tech High)ってあるんだけど知ってる?」
「知ってる。ビデオで見た。」
「僕、どうしてもそこへゆきたくて、両親に相談したんだ。親父が応援してくれて、父親だけボストンに残って、母親と2人でサンディエゴに引っ越してもらった。」
「高校で留学だ!そんなの聞かないね。すごい!」
「数学とか言語とかの授業はあるけど、ほとんど大学の様な授業のやり方で、最高にすごいのは、グループか、1人で挑戦する研究テーマがあるんだ。グループで挑戦する場合もあるけど。ぼくは、心の仕組みが知りたくて、ラットを使って、『ラットの情動の調査』というテーマでラットの感情表現を調査した。面白かった。」
「どんな調査?」
「ラットのためのかなり大きな迷路を作って、迷路の終点に餌を置いたり置かなかったり、普段餌がないところに餌を置いたりして、ラットの顔写真を撮って集める、分類して、その場の環境と照らして分類した表情を定義してゆく。」
「何がわかるの?」
「たいしたことは分からないけど、でも、迷路に6台くらい小さなカメラをセットして、山ほど写真を撮って、その時の餌があった、なかった、あると思ったのになかった、とかの状況と顔の表情の関係を取りまとめて。
大変だったけど、やってよかったと思ったのは、明らかに状況と顔の表情のパターンに相関が見られ、「ラットの感情表現についていくつかの事実をまとめることができた。
MITに受け入れられたのはバカロレアもあったけど、ラットの感情表現調査があったからかもしれない。」
「そのHTHって本当にすごいんだ。また、お母さんも、お父さんもご理解が深かったんだ。」
「自分が今専攻している応用心理学部門では、准教授として子供教育を専攻してるけど、現在は進化心理学の分野へも研究の対象を広げているけど、内心は、ラットの延長なんだよね。」
彼の発想のユニークなところは、迷路の何箇所かにカメラを置きラットの顔を細かく写真に収め、落胆と喜びの表情を捉える事を目的とした実験を行なっていたことだった。残念ながら企画が大きすぎて、卒業までに予定した測定とデータ分析が完了せず、といって途中で止めることは納得できず、卒業後もキャンパスに残って納得のゆくまで実験を続け、ラットの落胆と喜び以外にも躊躇、思考中など他の表情もいくつか掴んで研究を完了した。
ケントはこの歳になっても好奇心が強く「彼が関係する分野や、興味を感じた分野での納得のいかないことを放置できない」タイプであった。彼の脳内に広がる「世界」は多分常人より遥かに広いものであったに違いない。
一緒に食事をするときなどに、ケントはどちらかというと寡黙で、いつも話題はカレンの現在の課題であった。今日は、カレンが振った「子供時代」という問いに誘われ、ケントはいつになく雄弁だ。
そして、今日もまた、カレンの話題に移る。「疑似自閉症の遺伝子変化」について新しいパターンについての疑問と進捗状況ついて話題に、
大事な誕生日だというのに、、
「前に話した、自閉症の患者のDNAの調査の一環で、自閉症とよく似た症状が出ているんだけどなんか、納得できないデータがあってテッド教授に意見を求めたんだけど、従来無い遺伝子異常で、テッド教授の見解では、変異は好奇心に関わる部位のようなんだけど。」
これを聞いて、ケントも、
「最近僕の持っているクラスにもちょっとおとなしい子がいるな。以前より少し多いような気はする。自閉症とまでは言えないけど、妙におとなしい子がいる。同じ話かな?かもしれないね。」
と話題にしていた。カレンも、
「放置できないように思うので、対象を増やした調査が必要なので医学系の財団に、先日、調査のための補助金を申請しているの。テッドは『自然発生的で無い』というので、意味がよくわからないけれど仮に人為的だとすると、大変なことだと思わない?」
「既に、そこまで、動いてるんだ?ちょっとその先が知りたいな、僕の観ている子もつながるとしたら、何かあるね。助成金を申請したのは適切な判断かもしれないね。僕のところの子は、僕の専攻とも関係しそうで気になっていたので手伝おうか?」
「ありがとう、明日のランチにデータとテッドの意見書を持ってくるわ。一緒に対策を考えてくれるとありがたいな。」
カレンは、学会に出したショートノートに対して2つの情報を受け取る。これらはロスアンゼルス、サンフランシスコでの事例が報告され、ここでもロシアの影が見えた。カレンは、ケントにその事を報告。ケントも自分の経験をロシアというキーワードで確認してみると約束した。
翌朝、ケントから電話があった、
「ハイ、カレンおはよう。昨日の話題の僕の方の擬似自閉症生徒の関係だけど、僕のクラスの本件対象児童もロシアからの移民だった。」
「ありがとう、ケント。その子は何歳だった?」
「ちょっと待ってね、、8歳だ。」
「やっぱり、全体の中では8~9歳は、上の方で、「ロシア系が年齢が少し高い子が含まれる」という仮定が成り立つかも?」
「自然発生ではないという仮説と、ロシアというお国柄と、9歳というと、ロシア経済崩壊の年に生まれているとか、何かありそうだね。『自然発生では無い』とすれば『人為的』ということだし、本気の調査が必要だね。僕の研究にも関係するかもしれないので、この調査本気で手伝いたい。」
「ありがとう、財団からの予算がついたら、本腰を入れるつもりなので、ぜひ一緒にやってほしいわ。」
カレンは、学会員からの2件の報告とケントの情報を追加し、「ロシアの関与の可能性」という情報を含めて、財団に、可及的速やかに調査を開始すべきだと追加報告を発送した。
ケントの意見は、「2人の調査計画は、米国の保健社会福祉省(HHS)が自らの業務として動き出すまでが彼らの仕事であるべきであり、結果を急ぐためには、財団からの支援を受けやすくすべき。」ということで、カレンは調査計画を縮小し、調査規模として、「全米のエレメンタリー・スクール500校での調査」と縮小計画を財団に提出した。
調査エリアは、2026年のロシア経済崩壊後の、ロシア系移民の多いとされるカルフォルニア州で300校、マサチューセッツ州で200校を対象とし、指定校の全生徒の年齢、性別、遺伝子調査、出身地を調査項目、および遡行上の特徴とした。
調査データの分析評価は、カレンが行い、ケントが支援する
とした。
カレンとケントは何度か打ち合わせ、本調査の2人の作業分担を、カレンが遺伝子の問題を含む技術的な案件を預かり、ケントが獲得できたデータのAIエージェントを使った分析と、対外折衝と、外部組織への交渉戦略を担当することにした。また日々定時に情報交換をすることとした。2人は個人名より組織としての取り組みと見えるように自分達を任意団体と定義し、「T2Ks」と名付けた。Karen + Kent = T2Ksです。
リンク
本文続き 第3章 推測
本文 前章に戻る
書籍目次
犀人ジャンクションへ戻る
#創作大賞2026
#エンタメ原作部門
#マンガ原作
#好奇心
#オントロジー
#長編小説
#SF小説
