連載12:文字起こし〈桜に舞う雪〉4-2
マークス神父と「また煌堂で」
受難の始まり/聖週間2020
4-2 文字起こし〈桜に舞う雪〉
目が覚めると、静まり返った朝だった。
なんだろう、圧を感じるような静寂。
不快ではないのだが、違和感のある静けさ。
立ち上がってカーテンを開けると、外は大雪だった。
ジョーは雪が大好きだった。
雪が降ると、もう幼子さながら無邪気にはしゃいでいたものだ。
そういえば、彼の司祭叙階の前日も、春の大雪が街を真っ白に染め抜いたと聞いている。
その雪は、大きな恩寵の前触れだったか。
それとも浄めのしるしだったのか。
外は美しかった。満開の桜に雪が降り積もっていた。
ひっそりとした公園に、一面に広がるピンク色。
そこにフレーク状の真っ白なものが、まだまだと言わんばかりに上からハラリハラリ、次から次へと舞い降りてきていた。
この雪は、教会封鎖に荒れ狂っていたジョーが、多少なりともポジティブになろうと努力していることへのご褒美だろうか。
あるいは何かの促しなのか。
コロナ禍はまだ序の口。
本格的な嵐はここからであり、当時の私たちはこの先に何が起きるのか、本当に何も想像ができなかった。
ただ、今あの日を振り返って私なりに思うのは、あの春の雪景色はマークス神父への贈物であり、「思いがけない恩寵にいつも心を開いておれ!」「希望を手放すな!」という天からの促しでもあり、そして同時に、全世界の人々の心身を洗い浄める天の涙ではなかったか…。
そんなふうに感じられてならない。
その日は主日(日曜日)でもあったので、煌堂ミサは二人だけでなく、私の夫や子どもたちも同席した。
ジョーは心なしか嬉しそうで、ずっと穏やかだった。
とはいえ、ミサ後は案の定というか、「雪の中を散歩に出たいのに…」という彼にとっては至極当然の恨み言を聞かされた。
まあ仕方ないな…と私たちは苦笑した。

聖週間を翌週に控えた一週間(四旬節第5週)、ジョー・マークス神父のところには、全国各地の信徒たちから絶え間なく電話がかかってきた。手紙もたくさん届いた。
どれも自分の胸中を訴える内容ばかりだった。
「教会に行きたい」「告解がしたい」「ミサに行きたい」「聖体を拝領したい」「寂しい」「怖い」「不安だ」「どうしていいかわからない」「信仰をどんなふうに維持したらいいのか」「心が挫けそうになる」・・・
そういった深刻な声を、一つひとつ真摯に受けとめていたマークス神父は、考え込んでいた。
「ねえミカ、このような人々の苦しい声を前にして、いったい私に何ができるだろう?」
mikageです:
コロナ禍中に
恩師マークス神父(仮名)と過ごした
バーチャル聖堂「煌堂」での祈りの日々を
連載で綴っています。
(たまに単発で短編を挟むことがあります)
更新は不定期です。
1話ごと、祈りの中で言葉を紡いでおります。
気長にお付き合いくださいませ。
なお、本作は実話録ではありますが、
主人公はじめ登場人物・組織名等は、
(少なくとも当面は)仮称を用います。
読者の皆様には、ジョー・マークスを、
世間的な「肩書き」や、修道会・教会という組織の名称とは切り離された、ただ「神の御前に何ものでもない、一人の無名の老人」として、受け取っていただきたいと望んでおります。
また、記事は事実をベースとしつつ、
一部の出来事や時系列などに、再構成や脚色を含みます。
続き(連載13)はこちら↓
本記事(4-2)「文字起こし」の
(4-1)はこちら↓
連載の第1回はこちら↓
単発短編はこちら↓
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今後ともよろしくお願いいたします。
目を留めてくださるお一人おひとりに
祝福を祈りつつ…
mikage
