やり遂げる力は、今を分析する能力

mikiokousaka

学びや働きで成功している人と、その人の同級生や同期生で、成功していない人を見比べることができる時に感じるのは、持っている能力や育った環境に違いが無さすぎて、結局は、成功の要因は運では無いかということです。
ただ、成功している人は、失敗したと言って片付けていないことが、失敗したと言って成功していない人との違いだと、最近気づいてきました。
うまくいかなくて終わった、と認識するのか、終わっていないが、うまくいってない、と認識するのかの違いが、失敗と成功を分けているように思います。

この違いには時間という概念に対する捉え方が、大きく作用しているのでは無いでしょうか。
人間は未来を「予測」できる動物だと言えると思いますが、それは主観的・直感的な「予想」では無く、客観的・洞察的に推し量る「予測」です。
つまり、今の状況が、変化するものだと捉えられるか、同じままだと捉えてしまうかの違いです。
今の状況が、変化すると「予測」出来るかどうかです。
未来を「予測」することができるか、と単純に質問すると、誰もが出来ると答えるでしょう。
人間は未来を「予測」できる動物なのだから、そうなのでしょう。
ところが注意深く質問していくと、未来という時間について正しく「尺度」を持っている人は、ほとんどいません。
例えば、会話の中で未来が語られた時に、3年先なのか7年先なのか、同期しないままで合意形成されるのが普通ですし、個人が来年やると言った時に、それが来年のいつなのか(元旦なのか365日後なのか)は、たいてい曖昧なまま、言葉だけで語っています。
10代が考える未来といった、よくある問いに、50年後という「尺度」を取り入れた時に、本当に同じ50年なのだろうかと感じることがあり、実際に話しを聞いてみると、17歳が67歳になっている自分の未来として捉えている訳では無く、50年後という言葉の印象から想像する未来を考えていることが判るので、例えば今の年齢のままタイムマシーンで50年後を見に行くのではなく、皺ができ白髪が生えた自分のこととして感じることを促す必要があったりします。
もちろん年齢を重ねたビジネスマンによる事業計画であっても、年度は結果を測定するための目安なだけで、未来までの時間を刻む「尺度」が合致していることは、まずありません。
結果を出す目安が合致していたとしても、途中にある時間軸の「尺度」はまちまちで、関わる人それぞれ、長さが曖昧なままだったり、揃わない時間配分だったり、そのことを意識することさえしていないので、未来という時間について「尺度」を持つ人がほとんどいないのは、全年齢の人に当てはまる一般的な事実なのだと思います。
現在から認識することができる時間には、未来とともに過去がありますが、曖昧さや無意識について両者を比較してみると、過去はまだ「尺度」を揃えて合意をしていることに気づくのではないでしょうか。
未来を「予測」する能力は、過去を追体験することのように記憶の能力が使われていると、心理学者のエンデル・タルヴィング(Endel Tulving)氏は考え、2002年にメンタルタイムトラベル(Mental Time Travel)として体系化しました。
過去の「記憶」を組み合わせることで、未来をシミュレーションし「予測」するというものです。
既に有るものの組み合わせから、新しいものを創り出すという、イノベーションを語る時に出てくる、新結合と似た枠組みなので、この関連には個人的に興味を持っています。)
過去の「記憶」については、上位概念の陳述記憶(declarative memory)があり、その下位に意味記憶(semantic memory)とエピソード記憶(episodic memory)が区分されて置かれているという理論です。
エピソード記憶は、ごく短くではありますが時間の流れを背景にして成り立っていて、またこのエピソード記憶は人間(4歳以上)に特有のものだとしています。
タルヴィング氏は、過去を追体験する能力と未来を先行体験する能力には、同じ記憶のメカニズムが用いられていると考えていて、その裏付けとして、トロント・メトロポリタン大学の記憶研究所所長のカール・シュプナー(Karl Szpunar)氏は、脳の働きを調べ、過去と未来を思い描く際には類似の神経ネットワークが活性化することを、心理学者として2007年に明らかにしています。

この過去の「記憶」と、未来の「予測」の間にある、現在の「認識」にも、記憶のメカニズムが大きく関与しているのではと考えています。
実際のところ現在と「認識」している時間は、一瞬ではなく、ある程度の時間の流れです。
人によって0.1秒間や3秒間であったり15秒間を、脳内で統合して現在と捉えていることに間違いはなさそうです。
そうすると、この数秒間の現在の「認識」を、過去の「記憶」にし、その組み合わせで未来の「予測」をしているなら、現在の「認識」の仕方が未来の「予測」に大きく影響していると言って良いのかもしれません。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校のビジネススクロールでマーケティングを研究するハル・ハーシュフィールド(Hal Hershfield)氏は、現在を「認識」している時間が短い人ほど未来の「予測」を強く感じ、現在を「認識」する時間が長い人は未来の「予測」の感じ方が弱いとしています。
また、「未来の自分について考える」時と「見知らぬ人について考える」時の脳の働きを調べると同様の神経ネットワークが活性化するとしています。
これらから、人は未来を「予測」することが苦手で、現在の「認識」に長けている人ほど、その傾向が高いという説明ができそうですが、そもそも未来の「予測」という意味が、他人事としてなのか、本当に自分に起こることと捉えることが出来るかの違いを忘れてはならないと思います。
過去の「記憶」は現在の「認識」から作られ、その能力が未来を「予測」することにつながっていますが、現在を「認識」するための情報を統合する能力が高いと、未来の「予測」は現在の「認識」(や過去の「記憶」)と比べ、自らに起きることとは感じ難くなると言えるのかもしれません。

困難に直面した際に、うまくいかなくて終わった、と「認識」して未来を「予測」できない人と、終わっていないが、うまくいってないと「認識」し未来を「予測」することができるかの違いが、失敗と成功を分けているとするなら、現在を認識するための情報を「統合」する能力ではなく、現在を認識するための情報を「分析」する能力に、注目すべきだと思います。
アンジェラ・ダックワース(Angela Duckworth)氏は、様々な事例を集めて成功と失敗を研究しました。
・ニューヨーク市の公立中学一年生が数学に取り組んだ時の、成績が良くなる生徒と悪くなる生徒。
・ウェストポイント陸軍士官学校の訓練で、最後までやり遂げる士官候補生と脱落する士官候補生。
・全米スペリング・コンテストで、勝ち進む子どもと負ける子ども。
・厳しい環境の学校で働いた時に、学年末まで教壇に立ち続ける新人教師と続けられない新人教師。
・生徒の学習成果を最も効果的に向上させる新人教師とそれができない新人教師。
・民間企業で職を維持する営業担当と維持できない営業担当。
・高い収益を得る営業担当とそうならない営業担当。
・シカゴ市の公立高校二年生で卒業することができる生徒と卒業できない生徒。
ダックワース氏は、それぞれについて予測を立てて検証をしましたが、既存の評価軸の、学力をみるSAT(Scholastic Assessment Test)/ACT(American College Test)や、体力についてのCFA(Candidate Fitness Assessment)、それに指導力や課外活動そして教員からの評価など組み合わせたWCS(Whole Candidate Score)という総合評価指標であっても、相関関係を見出すことはできず、2007年にダックワース氏らの(Duckworth, Peterson, Matthews, & Kelly, 2007) 論文(Grit: Perseverance and passion for long-term goals.)で発表している、グリット尺度(長期目標に対する忍耐力と情熱の度合い)が、最も当てはまることを見出しました。
ちなみに、グリット(Grit)は、Guts(度胸),Resilience(復元力),Initiative(自発性),Tenacity(執念)の頭文字からつけられたというのが通説になっていますが、アフラックのアヒルのCMなどの広告キャンペーンを手がけ、アメリカの「広告の殿堂」入りを果たしたリンダ・セイラー(Linda Thaler)氏と、若者のたばこ防止キャンペーンで知られたロビン・コヴァル(Robin Koval)氏の両氏が執筆したベストセラーと混同され勘違いされている点は要注意で、度胸,復元力,自発性,執念は、グリット尺度の構成要素ではありません。
ダックワース氏による、グリット尺度の要素は「努力の忍耐力(Perseverance of Effort)」と「関心の一貫性(Consistency of Interest)」です。
この二つを成り立たせるために必要なのは、現在を認識するための情報を「統合」するのではなく「分析」する能力で、現在は必ず変化していて未来は確実に来ることを「分析」できる能力だと、個人的には考えています。
一般的な学びの中では「分析」したものを最終的に「統合」することが求められるので、分析能力よりも統合能力の方が評価されているように感じます。
「統合」された自分の回答を「分析」し直させることよりも、その回答を更に「発展」させることを、高度な学びとしているようにも思います。
正しくは無いですが、表現としては「統合」Logical Thinking(ロジカルシンキング)された自分の回答を「分析」Critical Thinking(クリティカルシンキング)し直させることよりも、その回答を更に「発展」Lateral Thinking(ラテラルシンキング)させることに、重きが置かれていると感じているわけです。
理系と文系を分け、「分析」は理系が得意な学びで、「統合」や「発展」は理系でも大事な文系の学び、という風潮があるようにも思います。
「分析」する能力を高めることが、誰にとっても大事なことになるように、少しずつでも変わっていって欲しいものです。

脳が現在を認識する数秒間の連続の中で、時間の流れを「分析」することが出来るようになること、それが、やり遂げ成功するために必要な能力だと、私は考えています。

©️2026 Mikio Kousaka

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