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【短編小説】平将門と伝説②〜ぼくのご主人〜後編

前回の話はこちらから。


 疲弊した兵たちを故郷に帰した隙に付け入られ、ご主人は突然合戦を仕掛けられた。多勢に無勢の戦いになってしまったけれど、ご主人は奮迅の勢いで迎え討とうとしていた。

 そこに、急を告げる伝令が走り込んでくる。

「⋯⋯なんだと!?」

 腕に覚えのあった配下が独断で動いた結果、敗走に至ったことを聞き、ご主人は怒りと悲しみがごちゃ混ぜになったような唸り声をあげた。

「なぜ、独断でことに当たったのだ!」  
「面目次第もなく⋯⋯敵はもうすぐそこに!」
 命からがら駆け込んできた伝令兵が地に伏して叫ぶ。

 ご主人は唇を引き結ぶと、ぼくに飛び乗った。

「皆の者、怯んではならん! 我は新皇ぞ! 恐れず、我に続け!!」
「おおー!!」

 鬨の声が上がる。

 「頼んだぞ」

 ご主人が、ぼくのたてがみを力強い手つきで撫でた。

(任せて!)

 ぼくは、自信満々にいななき、先陣を切って駆け出した。ご主人は勇猛果敢に敵へ突っ込んでいく。その凄まじい戦いぶりに敵方も少し怯んだ。

 でも今回ばかりは、敵もかなり手強かった。  
 おまけにこちらは、圧倒的に兵力が足りない。

「退け、退けーー!!」

 ご主人は叫んだ。ぼくは、自陣目指して退却のために走り出す。ぼくの手綱を握るご主人の手は、悔しさのあまり震えていた。

 その後、敵の手によってご主人の館は跡形もなく燃え尽き、大勢の人がひどい目に遭った。

 ぼくの背の上で、ご主人は館が燃え落ちるのを憎々しげに見つめていた。

***

 そして、今日。

 諸々の思いを乗せた合戦の幕が、猿島にて上がる。

(ご主人が風上だ! 天が味方している!)

 ふんぬ、と気合いを入れるぼく。ご主人のためにも、負けるわけにはいかない。今日は、いつもよりもなおいっそう、速く上手く走らねば。

 心のうちに潜む、戦うことへの嫌悪と荒事を目にする疲弊は、見ないふりをした。

 いつものようにご主人が先頭に立ち、圧倒的な勢いで敵軍を撃破していく。

(いける! 勝てる!)

 敗走する敵兵を追い込もうとしたとき、不意に風向きが変わった。

(! なぜ⋯⋯!?)

 ご主人が風下になり、敵方に有利な風が吹く。 一気に流れが変わり、形勢が逆転した。

「まずいぞ⋯⋯走れ!」

 ご主人が叫ぶ。

(わかった、頑張るから、ご主人も諦めないで!)

 ぼくは必死に走った。まるで、疾風のごとく。 ご主人はまたも先頭に立ち、敵兵を斬り伏せている。

 そのとき。 
 ぼくの脚が、止まった。

「っ、おい、どうした! なぜ走らない!」

 なぜ、と聞きたいのはぼくの方だった。

(なぜ? 天は味方をしてくれているんじゃなかったの? なぜ、ぼくの脚を止めたの? なぜ、風向きを変えたの?)

 ぼくは、天界の馬。天界の意向に逆らえない。
 ぼくの脚が止まったということは、つまり。 

 すぐに僕の脚は動き出したけれど、さっきまでの疾走が嘘のような遅い走りだった。

「頼む⋯⋯走れ、走ってくれ⋯⋯!」

 ご主人の血を吐くような、懇願にも似た苦しい叫びに、ぼくは地団駄を踏みたい気持ちだった。

(ぼくだって走りたいよ! でもっ、うう⋯⋯この脚が! 脚が動かないんだ! ごめん、ごめんなさい⋯⋯!)

「⋯⋯痛っ! うわっ、なんだこいつ!」

 そのとき、ふいにぼくの上でご主人が刀を振り回した。ぶーんと、虫の羽音がする。

(君は⋯⋯!)

 ご主人を刺したのは、天界でぼくが密かに友だち認定をしていた、あの蜂だった。

 蜂はぼくを見てふっと苦い笑みをこぼすと、またご主人を刺そうとする。

「やめて、なんで君が! ご主人を刺さないで!」

 ぼくは蜂にむかって叫んだ。

「天界は、こいつを見限った。あんまりにも人を殺しすぎたんでな。こいつの敵方の祈りが天界に通じた。んで、天罰として俺がこいつを誅する役目を請け負ったんだよ」

「そんな、そんな⋯⋯」

 じゃあ、ぼくは一体なんのために、人の世にやってきたんだ。
 あのとき天界がご主人を認めたから、ぼくがここにいるのに。

 ひどい。ひどいよ。

 ご主人に尽くしたことは、間違いなの? 
 ぼくは、何の役にも立たなかった? 

 ぼくが衝撃を受けて固まっている間に、蜂はもう一度、ご主人を刺した。

「っ、この⋯⋯!」

 ざん!

 ご主人が刀を振り下ろす。蜂は斜めに体勢を崩しながらぼくの目の前に落ちてきて、鼻先につと止まった。

「⋯⋯あ、」
「ふっ、ざまぁねぇな。お前の主人に、羽を片方斬られちまったよ」
「だ、いじょう、ぶ?」
「んなわけねぇだろ。痛ぇよ。飛べねぇし」

 ぼくの両目から、涙がこぼれ落ちた。 

 ぼくの大事な友だちは、ぼくの大事なご主人を殺しに来た。 
 ぼくの大事なご主人は、ぼくの大事な友だちを斬り捨てた。

 なんで、こんなことになったんだろう。

 泣き続けるぼくに、蜂は苦笑した。

「このお役目、俺が自分で志願したんだよ。俺はお前をよく知ってる。のんびり屋で楽観的で泣き虫で、走るのだけが異様に速い。そんで何より、ものすごく純粋なやつだ」

 それが鼻について仕方ねぇときもあった、と蜂は笑った。

「お前にはさ、戦場で血なまぐさい戦いをやるより、天界でのんびり草を食んでる方が似合ってるよ。だからそろそろ、天界に戻ってこい」

 ぼくは、どきっとした。見えないように蓋をしていた、心のうちにある感情を引きずり出されるような感覚がしたんだ。

  蜂はそんなぼくを一瞥した後、「俺の役目は終わりだ。俺の一撃では殺せなかったが、勝敗は決した」と呟き、光となって弾けた。天界に戻ったのだ。

「え、ねぇ、待って、どういうこ⋯⋯」

 ひゅん

 鋭い風切り音がした。ぱっと鮮血が飛び散り、そばの木に降りかかる。

 ごとっ
 
 ぼくの目の前を、ご主人の首が通り過ぎた。
 そして、地に転がる。
 次いで、ぼくの上でご主人の体がさっきの蜂と同じように斜めに傾き、ゆっくりと地に落ちた。

「ご主人ーー!!」

 ぼくは、大きないななきを上げた。
 絶叫だった。

 ご主人が、ご主人が⋯⋯!

「平将門、討ち取ったり!」

 わっと敵兵が快哉を叫ぶ。

「首は京の都へ!」

 (それはだめ! それだけは⋯⋯!)

 さっきまでぼくの上で、勇猛果敢に敵をなぎ倒していたご主人。そのご主人の死を受け入れられず、呆然としていたぼくは、敵兵の言葉にはっと我に返った。

 ご主人の首を、敵に渡すわけにはいかない。
 さらし首にするなんて、そんなこと。
 
 もう、十分じゃないか。
 ご主人が愛したこの東国の地で、静かに眠らせてあげたい。

 耳の奥で、ご主人の声がよみがえる。

「戦が終わって、東国を良い国に導いて、そして子どもらの手に託した後は、こういう静かな所で余生を過ごすのもよいかもしれんな」

 そうだ、ご主人と遠駆けで行ったあの村だ。
 ご主人は、あそこが好きだと言っていた。
 あの村の人々は、ご主人を慕ってくれていた。

 あそこなら。

 ぼくは、ご主人の首をしっかりとくわえた。
 そして、猛然と駆け出した。

「あっ、こら、待て!」

 敵兵が追い縋ってきたが、ぼくの脚の早さは復活しており、追いつくことはできなかった。
 矢の攻撃も、さらりと躱すことができる。

(なんで、今なんだよ! さっきこんな風に走れていたら!)

 そうしたら、ご主人は死ななかったかもしれないのに。

(ご主人、ご主人、ご主人!!)

 ごめんなさい。

 ぼくは何度も謝りながら、目的の地へひた走る。

「あれ、馬がものすごい速さで走って来る⋯⋯」
「くわえているのは⋯⋯まさか!」

 村に着くと、人々が寄ってきては腰を抜かしていく。ぼくは、くわえていた首をそっと地面に置いた。

 だれも一言も言葉を発さなかった。

 しばらくして、一人の男が静かに進み出た。
 男はご主人の首に向かって手を合わせると、恭しく捧げ持ち、丁重に埋葬してくれた。

 ぼくは、ほっとして頭を地面にこすりつけた。
 ありがとう。本当に、ありがとう。

 ぼくの大事なご主人、よかったね。
 ここでなら、ゆっくり休めるよ。
 おつかれさま。

 ねぇ、ぼくの大事な友だち。
 君は天界に戻ってこいと言ってくれたけれど。

 ごめんね。
 ぼくはもう少し、ここでご主人と一緒にいることにするよ。

 ぼくのいななきが、夕焼けの赤い空にこだました。



「⋯⋯っていうのが、見えたんだけど」

 呆然としながら聡はつぶやいた。 
 かぁかぁと、カラスが鳴きながら浄誓寺の屋根の上を旋回している。 
 見上げると、赤い夕陽が目にしみた。

「あれ、夢? ⋯⋯白昼夢かな」

 顔を横に向けた聡は、ぎょっとした。

「わがんない⋯⋯ぐすっ、でも、うちも同じの見だぁ」

 隣にいる美南は滂沱の涙を流し、しゃくり上げている。

「う、馬ちゃん⋯⋯、やっぱり、深い絆があったんやねぇ⋯⋯」

 ずびずびと鼻をすする美南を見て、聡は小さく息を吐く。そして表情を緩め、ゆっくり頷いた。

「そうだな。二人とも見たってことは、もしかしたら、この地で本当にあったことなのかも」
「うちらにだけでも、知っといてほしかったんやないかな」

 二人は将門の首塚の前にしゃがみ込み、そっと手を合わせる。

「⋯⋯あと、例の蜂も出てきたな」
「まさかの、蜂やったねぇ。⋯⋯今度、一緒に行く? あの蜂の伝説を確認しに、奈良の東大寺へ」
「それ、いいな」

 二人は首塚に一礼し、ゆっくりと踵を返す。どちらからともなく自然に手が触れ、重なった。

 仲良く並んだ二人の影を、静寂が見送っていた。


#幸手権現堂秋祭り
のおかわり投稿第二弾です。

おかわり投稿第三弾はこちら。テイストがかなり変わります。最後に登場した二人の前日譚です。

この企画に初投稿したものがこちら。

書くの、難しかった⋯⋯! 
でも、想像を広げて楽しく書けました。
画像は、みんなのフォトギャラリーよりお借りしました。

愛馬が将門の首を寺までくわえていったという伝説と、『将門記』の中にある、馬が速く走らなくなったというお話。

もし、二つとも本当のことであったなら、馬にとって主人の討ち死にはどんなに無念なことだったろうかと⋯⋯。そこが、このお話の出発点でした。

平将門について、また各登場人物や登場動物(?)についての掘り下げが足りず、不完全燃焼ですが、ここで一度、区切りをつけたいと思います。

以下、参考にしたものです。

・梶原正昭 訳注『東洋文庫280 将門記1』(平凡社、1975年11月4日)

・梶原正昭 訳注『東洋文庫291 将門記2』(平凡社、1976年7月14日)