【短編小説】平将門と伝説①〜ぼくのご主人〜前編
ぼくは今、必死に走っていた。
ご主人のために。
彼の、尊厳と願いを守るために。
***
はむっ
もしゃもしゃ
「おいし~」
ぼくはご機嫌で草を食んでいた。
今日も平和だ。
「まだ食べてるの?」
「相変わらずのんびり屋さんね」
「私たちのことは食べないでよね」
風にそよぐ曼陀羅華や曼珠沙華の姐さんたちがそんなぼくを見て、鈴の鳴るような笑い声をたてる。
「食べないよ。おいしくなさそうだもん」
揶揄われたことに、むっとする。ぷいっと顔を背けるぼくに、姐さんたちは「まあ、かわいくない馬」とまた笑った。
「おい、馬頭観音様がお前をお呼びだぞ」
もぐもぐと草を食み続けていると、ぶーんと羽音を立てて、蜂がぼくを呼びに来た。
「そうなの? なんだろう⋯⋯。わかった、すぐに行くね」
ぼくはそう返事をすると、馬頭観音様のもとへ駆け出す。背後で蜂が、ちっと舌打ちをしたような気がした。
ぼくはのんびり屋だけれど、走るのは得意なんだ。ぼくが住むこの天界で一、二を争う速さなんだよ。あと、みんなはぼくの黒毛を、見事な毛並みだと褒めてくれる。
蜂はそれが気に入らないみたいで、何かとぼくに突っかかってくる。でも、根はいい奴だから、何やかんやと世話を焼いてくれたりもする。ぼくは密かに、蜂を友達だと思ってるんだ。彼は嫌がるだろうから、言わないけれど。
「そなた、天界一の速さを誇る馬であったな。この度、人の世に馬を遣わすことになった。そこで、お前に白羽の矢が立ったのだ」
馬頭観音様のお言葉は、思いもよらないものだった。
聞けば今、人の世で新たに国を治めようと立ち上がる者が現れたとか。彼はすごく強くて、東国とやらの一部では人気もあるんだってさ。
彼の祈りが天に届き、八幡大菩薩様が彼を認めたんだって。それで今回、ぼくが遣わされることになったらしい。ぼくの俊足が、きっと役に立つはずだって。
すごいよね、ぼくが誰かの役に立つときが来たんだ!
ぼくは二つ返事で承知した。
「おい、大丈夫なのかよ? そんなお気楽なことでさ」
るんるんと跳ねながら支度するぼくに、蜂が声をかけてくる。
「大丈夫だよ! こう見えて、ぼくは脚が速いんだから! きっと皆の期待に応えてみせるよ!」
「そういうことじゃねぇ⋯⋯」
蜂は器用に頭を押さえると、首を振りながら飛んでいってしまった。
ぼくは首を傾げたけれど、これから自分が活躍できるのだという興奮が勝って、すぐにそのことは忘れてしまった。
***
人の世に降り立ったぼくは、目の前の彼をひどく気に入ってしまった。だって、強くて勇ましくて、そして情に厚い一面もあって。本当に、格好いいんだ。八幡大菩薩様がお認めになっただけのことはある。
彼の名は、平将門。
配下の荒くれ者たちを束ねて、東国を自分の手で良い国にするという志を持っていた。
彼は冷酷な一面も持ち、粗暴なところもあったけれど、ぼくのことは天が遣わした大切な御馬だといって、ものすごく大切にしてくれた。そしてどこに行くにもぼくに乗るようになった。
彼は、常に戦いの先頭に立った。
普通は、大将って後ろの方にいるんじゃないのかな?
でもぼくは、そんな彼が誇らしかった。そんな人だからこそ、ぼくは彼をご主人と認めたし、彼の配下もついていこうと思えたんだろう。
ご主人は、西に住む偉い人たちが東国の人たちのために何もしてくれないどころか、不当な仕打ちをすることに憤っていた。東国の一部の人は、ご主人が立ち上がって戦っていることを褒め讃えた。
だけど、そこには危うさもあって。
東国のために戦っていることに感謝されるけれど、戦でたくさんの人々を傷つけてもいたから。
敵からは常に狙われていた。
一つの国衙を燃やしてしまったために、逆賊になってしまったと言う人、後に引けなくなったんじゃないか、と言う人もいた。
ちがう、ちがうんだよ。ぼくはご主人を一番近くで見ていたから、わかる。ご主人の胸には、崇高な志が熱く燃えていたんだ。
ぼくは、ご主人以外は絶対に背に乗せないことにした。
ご主人の配下たちは、言葉通りの荒くれ者も多かった。そして、気さくといえば聞こえは良いけれど、馴れ馴れしかった。まあ、なかにはご主人に意見するような、真面目な奴もいたんだけれども。
一度、「ちょっと乗せてくれよ」と言って、配下の一人がぼくに乗ろうとしたことがある。
冗談じゃない。
ぼくに乗っていいのはご主人だけだ!
ぼくは盛大に暴れてやった。
それはもう、大暴れした。
最終的に、配下の皆が総出でぼくを押さえて繋いでしまったのだけれど。
不服。大いに不服。
繋がれて不貞腐れているぼくを、ご主人は「しょうがない奴だなあ」と苦笑して撫でてくれた。その声にはちょっぴり優越感がにじんでいて、ぼくの機嫌はすぐに良くなった。
そうだよ、ご主人だけがぼくに乗れるんだからね。
***
戦続きで常に気を張ってはいたけれど、たまには戦がない日もあった。
そんな日は、ご主人はぼくに乗ってよく遠駆けをした。あるとき、ご主人は数人の配下と共に、本拠地豊田の隣りにある、猿島の郡へ向かうことになった。
気持ちのいい天気だった。
ぼくは元来のんびり屋だから、本当はこんな陽気のもとでゆっくり歩くのも大好きなんだ。背中には大好きなご主人も乗っている。
ぼくはとてもいい気分だった。
「あれまあ、新皇様!」
向かった先では、ご主人は大人気だった。ご主人の顔を誰もが知っていて、姿を見るなり駆け寄ってきては、米やら野菜やらを渡してくれた。
「わしらの息子も、新皇様の軍におりまして」
「どうぞ、これで精をつけて、この国をよくしてくださいな」
「奴らに、目にもの見せてやってください!」
村の人々は親しげに、でも敬意を持ってご主人に声をかけに来た。
ご主人はにこやかに笑って人々に応えている。
ぼくは嬉しくなった。
こんな風に村人に慕われるご主人は、やっぱりすごい人なんだ。
今のご主人の顔⋯⋯戦をしている時よりずっと柔らかい。戦で凛々しい姿を見せるご主人も好きだけれど、こんな表情も素敵だなぁ⋯⋯。
村人たちと別れたご主人は、ぼくを撫でながらつぶやいた。
「ここは、良いところだ。俺を認め受け入れてくれている。村人たちは気のいい者ばかり。しかも空気がよく、静かだ」
ご主人は安らいだ顔で天を仰ぎ、大きく深呼吸した。
「おれは、必ず戦に勝って国を良くする。そうせねばならん。だが戦が終わって、東国を良い国に導いて、そして子どもらの手に託した後は、こういう静かな所で余生を過ごすのもよいかもしれんな」
その言葉は、妙に寂しげに響いた。まるで叶わないことを知っているかのように。それでも渇望せずにはいられないように。
***
ご主人は順調に戦に勝っていった。
ぼくは、戦場をご主人と共に駆け抜けた。ぼくの俊足を存分に活かして、ご主人を何度も助けることができた。
ぼくは、天界の馬だもの。そんじょそこらの馬なんか、ぼくには敵わないさ。
もともとぼくは、争いごとは嫌いだった。血を見るのも、誰かが死ぬのも、あまり好きじゃない。
でも今、ぼくは楽しかった。
ご主人との生活が。
自分の力が認めてもらえる、この環境が。
だから、自分の中にある違和感にそっと蓋をして目を背けた。そして、憧れのご主人と共に戦場に立つことを選び続けた。
考えもしなかった。
あんなことになるなんて。
ご主人と阿吽の呼吸で戦場を駆け回るこの生活が、いつまでも続くと思っていたんだ。
続き(おかわり投稿第二弾)はこちらから。
#幸手権現堂秋祭り
のおかわり投稿です。
この企画に初投稿した、曼珠沙華の姐さんのお話と、おかわり投稿第三弾はこちら。
平将門の伝説、魅力的すぎて、思わず書いてしまいました。
しかし、名だたる文豪の方々が作品に取り上げておられる人物であり、恐れ多いという気持ちが拭えません。
平将門の沼、深い⋯⋯。
今回は、『将門記』と相馬氏の家紋「繋ぎ馬」の由来をベースに、幸手市の伝説を交えて書いております。(物語をベースに物語を書いております。史実や平将門の人物像と食い違うことも多いと思いますが、広い心でお許しを)
歴史について、また猿島(幸手市)について深い見識があるわけではありませんので、素人の挑戦だと、温かく見守っていただけるとありがたいです。
間違っている箇所を見つけられた場合、優しくそっとご指摘くださると幸いです。
画像は、みんなのフォトギャラリーよりお借りしました。
以下、参考にしたものです。
・梶原正昭 訳注『東洋文庫280 将門記1』
(平凡社、1975年11月4日)
・梶原正昭 訳注『東洋文庫291 将門記2』
(平凡社、1976年7月14日)
