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製造業向け|改善は、不満をゼロにすることではなく、どの不満を選ぶかだと思う

改善案を出すと、たいてい誰かが困る。

作業を早くするために置き場を変えれば、今までの場所に慣れていた人から声が出る。

確認を増やせば品質面では安心できるが、作業する側は面倒になる。

在庫を減らせば保管場所は空くものの、欠品を心配する人が増える。

会議で話を聞いていると、どちらの言い分も分かる。

それぞれ、自分の仕事を守ろうとしているだけなのだと思う。

だから全員の意見を取り入れようとする。

困る人が出ないように少しずつ案を直す。

すると、最後には誰も強く反対しない代わりに、何が変わったのかもよく分からない改善が出来上がる。

現場を良くしようとしていたはずなのに、元の状態へ少し飾りを付けただけになっている。

私は、こういう場面を見るたびに思う。

改善とは、全員の不満を消すことではないのかもしれない。

何かを良くすると、別の場所が窮屈になる

現場の改善には、よく「ムダをなくす」「負担を減らす」という言葉が使われる。

たしかに、何かが楽になるから改善する。

ただ、その負担が完全に消えるとは限らない。

多くの場合、別の場所へ移っている。

前工程の確認を減らせば、作業は早くなる。しかし、後工程で確認し直す回数が増えるかもしれない。

現場で判断できる範囲を広げれば、いちいち上司を待たずに進められる。一方で、判断する人の責任は重くなる。

手順を細かく決めれば、新しい人にも教えやすい。その代わり、経験のある人には動きにくく感じられることがある。

どちらかが間違っているわけではない。

良い面を選べば、反対側に少し不便が残る。

職場の改善は、短い毛布に少し似ている。

肩まで掛けると足が出る。足を隠すと、今度は肩が寒い。

全身を完全に覆おうとして引っ張り続けても、毛布の長さは変わらない。

それなのに会議では、肩も足も絶対に寒くならない案を探し続けることがある。

不満が出たから失敗とは限らない

改善後に不満が出ると、少し不安になる。

説明が足りなかったのか。

やり方を間違えたのか。

もっと良い方法があったのではないか。

管理する側としては、できれば全員に納得してほしい。

せっかく変えるのだから、良くなったと感じてほしい。

ただ、全員が同じ立場で働いているわけではない。

前工程と後工程では、見ているものが違う。

品質を守る人と、生産量を追う人でも優先したいものは変わる。

教育する側と、教わる側にもそれぞれの都合がある。

全員の不満をなくそうとすれば、どの方向にも強く動かせなくなる。

変える前の不満も残り、変えた後の効果も薄くなる。

それなら、何のために変えるのかを決めた方がいい。

品質を優先するのか。

安全を守るのか。

納期を安定させたいのか。

一部の人へ偏っている負担を分けたいのか。

ここが決まれば、残る不便も少し見えやすくなる。

不満が出たこと自体が失敗なのではない。

守ろうとしたものと関係のない人へ、想定していない負担が流れているなら問題になる。

声が大きい不満だけを消すと、別の人が黙る

職場では、不満を言葉にできる人と、あまり言わない人がいる。

強く困っている人ほど大きな声で話すとは限らない。

言っても変わらないと思い、黙って合わせる人もいる。

自分で工夫して、何とか吸収してしまう人もいる。

会議では、聞こえた不満から対処しやすい。

何に困っているのかが分かるので、案も作りやすい。

しかし、よく話す人の不便だけを取り除けば、見えないところへ負担が移ることがある。

その人の作業は楽になった。

一方で、後工程の確認が増えた。

担当部署では扱いやすくなったが、別の時間帯では使いづらい。

経験者には便利でも、新人には判断しにくい。

それでも、負担を引き受けた側が何も言わなければ、改善は成功したように見える。

ここが少し怖い。

不満をゼロにできないからこそ、聞こえた声だけで決めてはいけないのだと思う。

誰が喜ぶのかだけではなく、誰が新しく困るのかも見ておく。

その負担は、一時的なものなのか。

仕事として受け入れられる範囲なのか。

それとも、声を上げない人へ押し付けているだけなのか。

そこまで見なければ、改善という名前で仕事の置き場所を変えただけになる。

私も、全員が納得する案を探していた

以前の私は、反対意見が出ると案を直した方がよいと思っていた。

一人でも困るなら、まだ足りない。

もっと考えれば、全員が楽になる方法があるのではないか。

そうやって調整することが、管理する側の仕事だと思っていたところがある。

もちろん、最初から誰かの負担を無視するのは違う。

現場の声を聞かずに進めても、良い結果にはなりにくい。

ただ、意見を聞くことと、すべてを採用することは同じではなかった。

誰かの不満を避けるたびに、別の場所に新しい不便が生まれる。

一つを得れば、一つ失うこともある。

何かから逃げれば、その代わりに逃すものもある。

そこまで考えずに「全員が納得する案」を探していたため、結局は決められないこともあった。

改善案を考えているのに、変えない理由ばかり増えていく。

それでは、現状を守る会議になってしまう。

大事なのは、残す不満を説明できること

改善で誰かに不便が残るなら、黙って我慢してもらえばよいという話ではない。

むしろ、なぜその不便を残すのかを説明できなければならないと思う。

確認回数を増やすのは、過去に起きた不具合を止めるため。

置き場を変えるのは、特定の人だけが重い物を運んでいる状態を変えるため。

判断を責任者へ戻すのは、作業者一人に責任を背負わせないため。

目的が分かれば、負担を受ける側も、ただ損をさせられているのか、必要な役割なのかを考えられる。

それでも納得できないことはある。

人によって重く感じる部分も違う。

だから、全員が笑顔になるところまで求めるのではなく、会社として何を優先し、そのためにどの不便を引き受けるのかを決める。

それが判断なのだと思う。

改善後に見るのは、不満の数ではない

改善をしたあと、誰かが文句を言ったから元に戻す。

別の人が困ったから、また方法を変える。

これを繰り返していると、職場はいつまでも落ち着かない。

見るべきなのは、不満が出たかどうかだけではない。

もともと解決したかった問題は減ったのか。

新しく生まれた負担は、想定した範囲なのか。

負担する人が固定されていないか。

今の方法を続けることで、職場全体は以前より良くなるのか。

そこを見て初めて、変更した意味が分かる。

改善前にも、不満はあった。

改善後にも、何かしら残る。

違うのは、その中身である。

放置すれば品質や安全に影響する不満なのか。

少し慣れれば吸収できる不便なのか。

単に以前のやり方から変わったことへの戸惑いなのか。

すべてを同じ重さで扱えば、何も選べない。

改善とは、不満をなくす魔法ではない。

どの不満なら会社として引き受けられるのか。

どの不満だけは残してはいけないのか。

それを決めることに近いのだと思う。

全員が満足する案を探し続けるよりも、何を守るための変更なのかを見失わないこと。

改善した後に少し不満が残っていても、以前より守るべきものが守られているなら、その決定には意味がある。

私は最近、そう考えるようになった。


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