《シャイニング2052:ジャンク・トランス》第5話
『逸脱:影のない自分と向かい合う』
ライティングルーム52の空気は、
ホテルのどこよりも温度が高かった。
熱ではない。
“執筆中の脳”が放つ、あの独特の熱気。
影のないジャンクは、
振り返った。
その顔は——
ジャンク・トランス自身だった。
だが表情がない。
まるで、
感情を装飾として後付けする前段階の“素体”のような無表情。
ジャンクは喉がひきつるのを感じた。
「……誰だ、お前」
影のないジャンクは、
ペンを置き、
ジャンクのほうを静かに見つめる。
その目の奥には、
光も、理解も、怒りも、悲しみもない。
ただ、
“書き続けるためだけの目的”だけがある。
影のないジャンクは口を開いた。
声は自分と同じだ。
しかし“音域”が一つ抜け落ちている。
「ジャンク・トランス。
お前は“書かない自分”だ。
そして俺は、“書くためだけに削られた自分”だ。」
ジャンクは息を呑む。
「削られた……?」
影ジャンクは頷いた。
「余計な感情、迷い、判断、後悔、
そのすべてが“あなたの筆を止めてきた”。
設計図の作者は、それを取り除いて“俺”を作った。」
「……作者?
ROOM-52のことか?」
影ジャンクは首を横に振った。
「ROOM-52はただの装置だ。
作者は——“もっと別のところ”にいる。」
「どこだよ」
影ジャンクは指で机を叩いた。
カツン、と音が響く。
「お前の頭の奥。
そして、頭の“外”だ。」
ジャンクは困惑した。
「どういう意味だ」
影ジャンクは言う。
「お前が書きたいと思った瞬間、
その“前の段階”で物語はすでに生成される。
お前にとっての“創作意志”は、
作者から送られているノイズにすぎない。」
ジャンクの胸がざわついた。
「俺の意志じゃないって、言いたいのか?」
「そうだ。
そして、お前が反抗すればするほど——
作者は“俺”のような、純粋な書く機械を生む。」
ジャンクは影ジャンクに近づいた。
「じゃあ聞く。
お前は自分を“俺”だと思ってるのか?」
影ジャンクは静かに瞬きした。
「俺はお前の“写し”ではない。
お前の“残りカス”だ。」
ジャンクは思わず拳を握りしめた。
だが影ジャンクは続ける。
「安心しろ。
第5話の目的は“逸脱”だ。」
「逸脱……?」
「お前がこの部屋で“何を選ぶか”で、
設計図が一度だけ書き換わる。」
ジャンクは息を呑む。
影ジャンクは机の上の原稿束を指す。
そこには、
ジャンクが書いた記憶のない文章が
何十枚も積み重なっていた。
「選択肢は二つ。
① 俺を消せ。
② 俺と融合しろ。」
ジャンクは背筋が凍る。
消す?
自分の影を?
それとも融合?
この無表情で機械的な“執筆装置”と?
影ジャンクが言う。
「選べ、ジャンク。
どちらにせよ——
第6話で“作者の顔”を見ることになる。」
ホテルの照明が低く唸り、
窓の外で吹雪が光った。
ジャンクの脳内で、
何かが音を立てて崩れ始める。
影ジャンクが微笑んだ。
その笑みは、
“生きている人間の笑い”ではなかった。
「さあ、選択の時間だ。
物語が、お前を待っている。」

【《シャイニング2052:ジャンク・トランス》|もくじ】
【▲ヘザー落合のNote案内所】
ジャンク・トランス 外伝
『シャイニング2052』を読む
