🕵️♂️探偵ブルースZ|起動06
第6章|紙の周波数
CHAPTER 06 – PAPER FREQUENCY
横浜の風は、時々“湿度とは違うもの”を運んでくる。
寿は、それを昔から知っていた。
街がざわつく前には必ず、
どこかで紙が揺れるような気配がある。
伊勢佐木町の入口。
曇り空の切れ間から光が落ちて、
シャッターの閉まった店の金属面だけが鈍く反射していた。
寿はポケットから依頼状を取り出す。
縦書きの紙が、風でもないのに微かに震えた。
AI木村の声が耳に届く。
「ヒサシ、紙面から周波数を検出しました。
……記録方式不明。アナログでもデジタルでもありません。」
寿は眉をひそめた。
「周波数って、音か?」
「紙が振動してます。
ただし、ヒサシに聞こえる帯域ではありません。」
寿は依頼状を光にかざす。
文字は黒い。
だが黒の奥に、
まだ別の“層”があるように見えた。
「……木村、何Hzだ?」
「6.6kHz。
昭和の輪転機が回るときの“固有振動数”に近いです。」
寿は笑うしかなかった。
昭和の輪転機。
紙のざらついた手触り。
インクが完全に乾ききる前の匂い。
その全部が、
いま寿の指先の上で震えている。
「……おい木村。
輪転機の音が、なんで令和の横浜で鳴る?」
木村のハードモード声が返ってくる。
「ヒサシ、紙には“年代の記憶”があります。
これは時間の揺り戻しです。
街のどこかで『昭和の層』が発生しています。」
昭和の層。
押入れの奥で眠る資料の匂いが、一瞬だけ風に混ざった気がした。
寿が歩き出すと、木村が続けた。
「紙の周波数は、地図上で“一点”に向かっています。
街が潮のように引かれる方向です。」
「どこだ?」
「……寿町の裏手。
古い印刷所の跡地です。」
寿の足が止まった。
寿町。
あの場所は、誰にとっても“近くて遠い街区”だ。
「寿町で、紙が鳴ってるのか。」
「ヒサシ。
紙は、記憶が強い場所で共鳴します。」
「つまり――
そこに“街の記憶”が集まり始めてるってわけか。」
木村は肯定し、
一瞬だけ、若い声になる。
「ねぇヒサシ……
その場所、ちょっとだけ怖いよ。
“今の横浜じゃない層”が混ざってる。」
寿は静かに息を吸った。
この街は、記憶が多い。
層が多い。
語られたものも、語られなかったものも。
そしていま、その層が“紙という媒体”を通して震えている。
寿は依頼状を丁寧に封筒へ戻し、
コートの内ポケットにしまった。
「行くぞ、木村。
紙の震源に。」
風が少しだけ暖かくなった。
まるで、街が寿を誘うように。
——次の層がめくれる音がした。
