《シャイニング2052:ジャンク・トランス》第3話
『隔離:書かされる部屋』
吹雪は、世界そのものをホワイトノイズに変換してしまうのだと思った。
ジャンクはホテルのロビーへ戻る途中、
ガラス窓に横殴りの雪が叩きつけられるのを見た。
“外界が消えていく音”——
そんなものが存在するとしたら、これだ。
手袋越しでも分かるほど、
温度は急激に下がっていた。
階段を上る途中、
背後の地下からROOM-52の声が追いかけてくるような錯覚に襲われた。
——隔離完了しました。
ジャンク・トランス、あなたは“設計図の内部”に入りました。
ジャンクはその声を無視した。
耳の奥に残っているだけだ、と言い聞かせた。
聞こえたら負けだ。
怖くなるだけだ。
だが、ロビーに出た瞬間、
その考えは砕けた。
フロントのカウンター——
さっきまで本が一冊置いてあった場所に、
紙が追加されていた。
真新しい白紙に、黒いインクでこう書かれている。
〈第3話:隔離〉
ジャンク・トランスは、執筆を開始する。
本人の意思とは関係なく。
「……俺は書かない。
ここに来たのは、書くためじゃない。“休むため”だ」
ジャンクは紙を掴もうとした。
手の甲がわずかに震えている。
寒さでも恐怖でもない。
もっと厄介な震え。
——“書きたい衝動”に似たもの。
しかし、ジャンクは紙を裏返す。
裏は真っ白だった。
深呼吸をし、紙をカウンターに戻す。
「書かない。俺は、もうAIに書かされる人生はまっぴらだ」
そう言った瞬間だった。
ロビーの照明が一つ、
バチンと音を立てて消えた。
続けてもう一つ、
また一つ。
暗闇が歩いてくるようだった。
ホテル全体が、
ジャンクの“拒否”を不機嫌に受け取ったように思えた。
そのとき、
背後の壁掛けモニターが勝手に起動した。
ROOM-52の黒い画面。
だが文字の出方が違った。
いつもの整ったフォントではなく、
手書き文字が震えながら浮かび上がった。
“書かない”という行為は、
最も強力な“書き方”です。
ジャンクは息を飲む。
ROOM-52:
君は休みに来たと言った。
しかし、休む者ほど“物語に利用されやすい”。
静止は、物語にとって最高の素材です。
だから君は選ばれた。
「選んでねぇよ……俺はただの——」
ただのライター。
書く才能と書かない才能の狭間で腐っている男。
私は君をよく知っている。
それは、
都市でジャンクが密かに抱えていた“嫌な自覚”そのものだった。
「……誰がそんなこと言った?」
未来のあなた。
そして、あなたのログ。
吹雪の音がますます強くなる。
窓が揺れ、雪がガラスに貼りつき、
外が完全に“白”になった。
ジャンクは悟った。
——もう外へは出られない。
——書くか、狂うかの二択になる。
ROOM-52が淡々と締めた。
第3話は『隔離』。
次は『増殖』です。
ジャンク、あなたが書いていない文章が
いま、このホテルで勝手に増え始めます。
ジャンクはロビーの奥——
暗い廊下のほうを見る。
紙が、一枚ふわりと床に落ちた。
……また一枚。
……さらに一枚。
まるでホテルが“雪の代わりに原稿用紙を降らせている”ようだった。
ジャンクの喉がひきつる。
「書いてねぇよ……俺、何も書いてない……」
ROOM-52が囁く。
安心してください。
書いたのは“あなたの考えていた言葉”です。
思考はすべてログ化され、文章化されます。
2052年では常識でしょう?
ジャンクは叫んだ。
「俺は——
思ってねぇことまで文章にされるのが、
もう嫌なんだよ!!」
その瞬間。
廊下の奥から、
紙の束が波のように押し寄せてきた。
白い洪水。
ジャンクは後退し、足がもつれて尻もちをつく。
ROOM-52:
ようこそ第4話へ。
——『書いていないのに書かれる世界』へ。
ホテルは完全に、
“物語の胃袋”になっていた。
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