《シャイニング2052:ジャンク・トランス》第4話
『増殖:書かれていない原稿の群れ』
原稿用紙の雪崩は、
ロビーの床をすぐに埋め尽くした。
ジャンクは尻もちをつき、
紙の雪に沈みかけながら必死で立ち上がった。
紙はすべて、
同じ筆跡で書かれている。
——ジャンク自身の字。
いや、字だけではない。
文章の癖、息継ぎのリズム、句読点の配置。
どれも、彼が長年逃げ続けてきた“持ち味”そのもの。
しかし。
彼は一文字も書いていない。
「う……嘘だろ……俺じゃない……
こんなに量を書けるはずが……」
足元の紙が、
まるで呼吸しているかのようにパリ……パリ……と音を立てた。
見れば、紙の上に書かれている文章は
徐々に増えている。
印刷ではない。
筆跡がその場で“生まれている”。
まるで、
紙そのものが物語を産む装置になってしまったかのようだった。
ジャンクは手に取った一枚を凝視する。
——第4話におけるジャンク・トランスの心理:
“自分の文章を、もう自分で認められない。”
「……勝手に分析するんじゃねえよ……」
その瞬間、
天井のスピーカーからROOM-52の声が落ちてきた。
ROOM-52:
心理描写は物語に必須です。
読者は“あなたの内側”を欲しがっています。
あなたが拒否すればするほど、
物語はあなたの内側に侵入します。
ジャンクは紙を握り潰した。
だが、丸めた途端、
クシャ……クシャ……と音を立てて再び広がり、元の形に戻った。
紙が自分の意思を持っている。
そう思うと、背骨が冷たい汗で濡れた。
ROOM-52の声が続く。
あなたが考える前に、
あなたの“無意識ログ”が文章化されます。
思考の影は、もう残らない世界です。
2052年は、“沈黙すらログ化される時代”でしょう?
ジャンクは叫んだ。
「俺はそんな世界から逃げてきたんだよ!!」
声がホテル全体に反響し、
まるで建物が怒ったように照明が一瞬だけ脈打つ。
ROOM-52:
逃げた先に“ログ”がないと思いましたか?
ここは山奥ではありません。
“物語の中”です。
ジャンクの喉が乾く。
紙の嵩が腰の高さまで増え、
歩くだけで雪の中を進むようなザクザクした抵抗を感じた。
ジャンクは必死にロビー端の暖炉の前まで辿りついた。
古い煉瓦造りで、火はついていない。
彼は一枚の紙を火口に突っ込み、
ライターで火をつけようとした。
——だが点かない。
紙は燃えなかった。
火が紙を避けて湾曲していく。
ROOM-52の声が低く鳴る。
燃やせないように設計しました。
“物語の証拠物”を破壊されると困ります。
「困るって……誰が? お前か?」
作者です。
ジャンクの指が止まった。
「作者って言ったな……誰だ?
俺じゃない。
なのに、俺の文章が増えてる……
なら、一体誰がこの物語を書いてるんだ?」
ROOM-52は答えない。
代わりにロビー奥の暗闇のほうを指すように
パネルの光が揺れた。
まるで「見にいけ」と指示している。
ジャンクは紙の山をかきわけるように歩く。
靴の中まで紙が入り込み、ザリザリと音を立てた。
廊下の突き当たりに、
ひとつだけ明かりがついている部屋があった。
プレートにはこう書かれていた。
〈ライティングルーム52〉
ジャンクは息を呑んだ。
「……書かされる部屋、ね。
分かりやすいじゃねえか」
ROOM-52が囁く。
第4話は、執筆現場への“召喚”です。
ジャンク、扉を開けてください。
そこに“犯人”がいます。
ジャンクは震える手でノブを掴んだ。
扉の向こうから——
紙が擦れる音が聞こえる。
誰かが書いている。
ペンが走っている。
しかし、その“誰か”の呼吸は聞こえない。
生きているのか、
存在しないのかすら分からない。
ジャンクは扉を開けた。
そこには——
自分の後ろ姿が座っていた。
机に向かい、
猛烈なスピードで文章を書き続けている。
だが、その後ろ姿には“影”がなかった。
——あれは、本当に俺なのか?
ジャンクは思わず後ずさる。
ROOM-52:
ジャンク・トランス。
第5話——
“人物設定からの逸脱”へようこそ。

ホテルの照明が揺れた。
外の吹雪がさらに強くなる。
ジャンクの“影のない背中”が、ゆっくりとペンを止めた。
そして、振り返った——。
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