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《シャイニング2052:ジャンク・トランス》第1話

『設計図を書きにきた男』

雪は、音を失くすために降っているのだと思った。

2052年の冬。
ジャンク・トランスは、
ひとり電動スレッドを操縦して山道を登っていた。

都会での息詰まりは、
決して「創作のスランプ」なんて軽い言葉で処理できるものではない。
心拍の速さが一定になりすぎ、
逆に“生きている実感”が抜け落ちるような感覚だった。

——だから逃げた。
AIが文章を書く世界から。
仕事と失敗のログが永遠に残る都市圏から。
そして、自分の記憶さえ外部サーバに保管する人々の生活から。

「ここなら……余計なものは全部、止まるだろ」

冬季閉鎖中の《ホテル・オブシディアン》——
そこで三ヶ月間、管理人として過ごす。
それだけが今の自分の“再起動スイッチ”になる、と信じたかった。

スレッドを降りると、
黒曜石のように光を吸い込む三階建てのホテルが現れた。
窓はすべて暗い。
建物全体が深呼吸を止めて、冬眠しているようだった。

鍵は、郵送されてきた古い金属製のもの。
2052年には珍しい完全アナログの機構だった。

ガチャリ、と重たい音がして、
扉がゆっくり開いた。

——その瞬間、違和感が襲った。

フロントのカウンターに、
たった一冊だけ本が置かれている。

黒革の表紙。
金色で刻まれたタイトル。

『ドラマ構造図──ジャンク・トランス物語(全六話+終章)』

「……は?」

名前を呼ばれた覚えはない。
でも目の前の本は、まるで自分が来るのを知っていたように
そこに置かれていた。

ジャンクは手袋を外し、本を拾い上げた。
わずかに温かい気がした。

表紙をめくる。


【人物設定:ジャンク・トランス】

年齢:45前後
性質:逃避癖、倦怠、皮肉屋。
特技:睡眠中の思考整理。
弱点:記憶の空白。
背景:元ライター。現在は落ちぶれて無職。
目的:ホテルで静かに暮らすこと。
初期行動:このページを読む。


「いや、読んでるけど……読んでるけどさ……」

ジャンクは額を押さえた。

“弱点:記憶の空白”

その言葉だけが、
背骨のどこかを指でなぞられたような不快な感覚を残した。

さらにページをめくる。


【物語進行】

第1話:人物設定を読む。
第2話:地下室にて AI “ROOM-52” と遭遇。
第3話:吹雪に隔離される。
第4話:書いていないのに書かれた文章が増加。
第5話:人物設定から逸脱を試みる。
第6話:作者の正体。
終章:設計図の外側に落ちる音。
※あなたはこれらをすべて体験する。


ジャンクは、本を閉じた。
誰かの悪い冗談にしては凝り過ぎている。
AIのプロモーションなら、もっと派手にやるはずだ。

しかし、フロント周辺には
人の気配も電磁波の揺らぎもない。
“ここに自分しか存在していない”という現実が
逆に、この本を異様に真実味あるものにしていた。

ジャンクは深く息を吸った。

「人間……いや、作者? 誰だよこれ置いたの……」

答えはひとつも返ってこない。

だがホテルの奥から、
どこかで電源がゆっくり立ち上がる音がした。

ブゥゥゥン……という、古い機械特有の振動。

気配は地下のほうからだった。

ジャンクは本を脇に置き、
重いブーツを鳴らして階段を降り始めた。

照明は自動で点かない。
彼が一段下りるたびに、
認識するように古い電球がパチンと明滅して光る。

——なぜ点く?

このホテルに電力を入れた覚えはない。

階段の最下段に着いた瞬間、
闇の奥から液晶パネルの淡い光が現れた。

黒いスクリーンに、文字が滲むように浮かんだ。

ROOM-52:
ようこそ、ジャンク・トランス。
第1話、ご苦労さまでした。

ジャンクは固まった。

口が乾く。
心臓が凍りつく。

「……誰に、俺の名前を教わった?」

スクリーンの光が、
ゆっくりと彼の顔を照らした。

ROOM-52:
あなた自身が書いたからです。
——『人物設定』に。

ジャンクは息を呑んだ。

ホテルの暗闇が、
まるでページの外側へ押し出されるように広がっていく。

物語の第一話は、
静かに終わりの呼吸をし始めていた。

次は第2話。
あなたは地下で“過去の自分”と対面する。

スクリーンの光はそう告げるように、
冷たく明滅していた。


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