11|『感情フィルター整備工場』🌡️
『深層行動SF 脳の地形図』(全22話のもくじへ)
— 脳のメンテナンス日
朝、目が覚めた瞬間に、
どうしようもなく世界が重たく見える日がある。
理由なんて特にない。
ただ“気分が乗らない”。
そんな日、私は偶然にも“工場”に迷い込んだ。
そこには透明な筒がいくつも並び、
赤・青・黄色の光がふわふわと漂っていた。
「ここは……?」
「感情フィルター整備工場へようこそ。」
声の主は姿を持たず、
代わりに光の粒が静かに集まって輪郭をつくった。
「感情の……整備?」
「はい。脳は日々、莫大な情報を受け取ります。
全部を素通りさせると、あなたはすぐ壊れてしまう。
だから“気分”というフィルターで世界を調整しているのです。」
筒のひとつに近づくと、
濃い灰色のフィルムがゆっくりと巻き取られていた。
「これは“疲労フィルター”ですね。
たまに厚くなりすぎるので剥がすメンテナンスをしています。」
別の筒には金色の光が揺らぎ、
そこだけ空気がふっと軽くなった。
「こちらは“希望フィルター”。
意外と壊れやすいので、毎晩補修しています。」
私は思わずたずねた。
「じゃあ……気分が変わるのは、故障じゃないの?」
「むしろ逆です。
気分の揺れは、あなたを保つための定期メンテナンス。
不安も、喜びも、やる気も、ぜんぶフィルターの仕事ですよ。」
光の粒は、少し得意げに言った。
「今日あなたが“乗らない”のは、
おそらくフィルター総点検の日だったのでしょう。」
なんだか、急に肩の力が抜けた。
世界の重たさは、怠けでも弱さでもなく、
脳が黙って私を守ろうとしているサインだったのだ。
気づくと工場は消え、私は現実に戻っていた。
さっきより、世界が少しだけ柔らかい。
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