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13|『情動アーカイブ庫』🌙

『深層行動SF 脳の地形図』(全22話のもくじへ)

— 気持ちの“元データ”が眠る場所

突然、昔の気持ちがよみがえる瞬間がある。

匂いをかいだとき。
懐かしい景色を見たとき。
音楽の一フレーズを聞いたとき。

“あの感情、どこにしまってあったんだろう?”

そう思った途端、
私は古い図書館のような場所に立っていた。

そこが 『情動アーカイブ庫』 と呼ばれる空間だった。

棚が無数に並び、
そのひとつひとつに
淡く光る“瓶”のようなものが並んでいる。

瓶の中には、
喜び、悲しみ、怒り、嫉妬、幸福、安堵……
色も温度も違う“情動の断片”が静かに封じられていた。

「ここでは、あなたが経験した情動の“元データ”を保管しています。」

とても落ち着いた声が響く。

「感情は流れ去るものではなく、
 圧縮され、タグ付けされ、再利用のため保存されます。
 思い出すたびに、ここから再構築されるのです。」

私は棚の間を歩いた。

ある瓶は、ほんのり温かい。
ある瓶は、冷たく硬い。
ある瓶は、ふれると少し震えた。

「匂いで昔を思い出すのは、
 感情のタグが“嗅覚”に多く結びついているからです。
 ここではタグ情報が優先され、
 一気に瓶が開くのです。」

ひとつの瓶が私の目の前で光った。

それは、
子どものころに川辺で感じた夕暮れの“しずかな幸福感”だった。

胸の奥がきゅっと締めつけられる。

「情動のアーカイブは、
 あなたを守るために存在します。
 悲しみの元データは危険回避に、
 喜びの元データは行動促進に使われます。」

「ただし——」

声が少しだけ静かになった。

「壊れた瓶もあります。」

棚の奥に、
割れた瓶がいくつか置かれていた。

中身はこぼれ、
形を失った情動が、
薄い霧のように漂っていた。

「これは、強すぎる感情、
 言葉にできない体験が圧縮に耐えきれず壊れたものです。」

「修復できるの?」

「はい。
 そのために“思い出す”という作業が必要なのです。
 記憶を語ったり、感じ直したりすると、
 新しい瓶に入れ替えられます。」

私は壊れた瓶の一つにそっと触れた。
その霧は、悲しくて、温かくて、
どこか懐かしかった。

「あなたの感情はなくなりません。
 形を変えても、必ずここに残っています。」

次の瞬間、目の前がふっと白くなり、
私は現実に戻っていた。

夕暮れの風の匂いがした。

——ああ、この感情。
どこにあったのか分かった。

あの棚の、
右から三番目の瓶の奥だ。


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