子どもを診ているはずなのに、親を見てしまう外来の話
先日、敬愛する
雪国ゆり@閉鎖空間サバイバルライター
さんが、私の記事を引用して記事を書いてくださった。
もうそれだけで嬉しいのだけれど、
せっかくなので、
→その記事を読んだ感想と、
→読んで改めて思った「書いていなかったこと」
について、少し書いてみようと思う。
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流れとしてはこうだ。
私の記事
→それを読んで書いてくださった補足記事
→それを読んでの今回の記事
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あれ?これ永久にいけるんじゃね?
永久機関とは、ここにあったのだ。
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順番前後するが、まず2つ目の記事について。
「診断をつけない判断」
「診断はゴールではない」
この考え方は、小児科の発達領域にいる自分にとっても、とても共感できるものだった。
正直に言うと、成人の精神科領域についてはそこまで詳しいわけではない。
だからこそ、
「同じような考え方なんだ」
と、少し安心した部分もあった。
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診断というものは、とても便利だ。
名前がつくことで、
・説明ができる
・支援につながる
・周囲の理解が得られる
そういったメリットがある。
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一方で、
・ラベリングによって可能性を狭める
・「私はこういう人間だ」と思考停止する
・周囲が単純化して扱う
そういったリスクも、確かに存在する。
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これは小児の発達領域でも、全く同じだ。
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だからこそ、
「診断を急がない」
「安易に名前をつけない」
という判断が取られる場面があるのも、よくわかるし、そういうふうに実践しているというのも以前の記事で書いたことだ。
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ただし、とてもとても難しいことがある。
1つ目の話とも繋がってくるので、また後で詳しく述べるが、親御さんのこだわりが強く、診断名を伝えないとどうしても先に進めないことがある。
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気持ちはわかる。
何ヶ月も待って(うちはそうでもないけど)、ようやく受診できた発達外来。
初診が1時間くらい話して、はっきりと何かは言われず終わり。
(詳しくはこの記事読んでね。)
また数ヶ月かけて色々検査をした。その結果も聞いた。
それで、
「うちの子は何のためにここに来てるの!?結局なんなの!?」
ってなってしまうよね。それはわかる。
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もちろんそうならないように、
・診断の付け方の話
・小さい時は通院していくと変わっていくこともあるから急がない話
・診断があってもなくてもその特性に対しての介入はしていく話
など諸々説明させてもらって、納得してもらえることがほとんどだ。
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しかし、中にはその話自体が耳に入っていかないことがある。
上のことを伝えた上で、
「で、結局診断名はなんなんですか」
ってなってしまう。
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そういう場合、結局納得してもらえず支援にもつながらない。
下手をすると来院自体しなくなってしまい、子どもの不利益になってしまう。
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ならば、とタイミングじゃないよなとは思いつつ、それも正直に伝えつつ、現時点で診断基準を一緒に見ていき、当てはまる・当てはまらないことなどを確認する。
暫定診断ではないけれど、「これっぽいね」と伝える。
そして来院を続けてもらう。
やることは変わらないから。
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少し、成人の精神科医療とは異なるのではないかと思うし、小児科領域としても正しいか怪しいところがある。
それは、本人を主とした診察と少し離れてしまうからだ。
親の納得を得るために、少し手順を歪めてしまう。
いいことだとは思わないけれど、せっかく繋がってくれた医療から離れないように、手段として私は使っている。
どの小児科医でもそうとは限らないし、倫理的に合っているかどうか、糾弾されたら自信はない。
ただ、今はそのスタンスでやっていこうと思っている。
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さて、2つ目からと言いつつ結局触れてしまった1つ目の記事の母子同服について。
とても大事な要素だと思う。
そもそも、自分の意思で病院受診ができない分、絶対に親の協力は必要だ。
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発達障害は育て方が悪かったわけではないし、親の責任ではない。
ただし、遺伝することはあるし、周囲の環境で特性が強く出たり目立たなかったりする。
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まず強調して言っておきたいのは、遺伝するということで親を責める気は絶対にないし、小児科医師としてそこは違うと強く否定しておく。
遺伝してしまったと親が自分を責めることもやめてほしい。
これは、全ての遺伝性疾患のお子さんをを持つ親御さんに言いたい。
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話を戻そう。
今回言いたいのは、親から遺伝しているから悪い、ではなく、
→子どもの特性の出方が環境によって左右されている
ということだ。
つまり、親御さんも似たような特性を持っているため、子どもも似たような行動をとっていることがある。
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その場合、子どもにだけアプローチしても中々うまくいかない。
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ただし、小児科ではそこを指摘するのがなかなか難しい。
親御さんともよく話をし、関わり方などを伝えることはあるし、考え方を伝えて「こういうふうに考えると楽ですよ」と伝えることはしている。
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しかし、何なら子どもより親の特性が強い場合がある。
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ただ、自分は成人の発達障害診療はしていないので、絶対に病名なんて言えない。
言いたくて言えないのではなく、成人の発達障害を診断する技量が自分にはない。
発達障害なのか、知的障害なのか、はたまた発達障害からも離れて境界性パーソナリティ障害なのか、病名は色々浮かんでも診断の仕方もわからないのだ。
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そして、受診した方がいいですよともなかなか言えない。
明らかにうつっぽい、躁っぽい、幻聴があるなどならば受診を勧めることもできるかもしれないが、それもやはりある程度関係が進んできてからだ。
初診では信頼関係が崩れるだけだと思う。
(本人・子どもどちらかでも命の危険を感じるほどならば言うかもしれないけど。)
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すごくぼかすが、こんな外来があった。
6歳女の子。家庭での反抗や兄弟喧嘩、親への暴言が強く困っているということで受診。
診察していくと、とりあえず自分の前ではそんな様子は全くない。
話も聞くし、指示にも的確に答える。目も合う。
それは初めての場所で緊張しているだけだと思うが、聞けば幼稚園では全く問題なく、集団行動もでき、お友達もたくさんいる。
ただ、家が大変。母、姉と喧嘩する。
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ひとまず初診の印象だと、母の気もかなり強そうだった。
もちろん言ってないが、心の中ではこう思っていた。
(それはお母さんに似ているだけなのでは…)
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とりあえず、初診ではまだわからないので外来継続。
ゆっくりと園での様子や療育での情報を集めている。
2カ所以上で特性が見られなければ発達障害の診断はつけづらいので、どうなるかといったところだ。
あとは、母に対してこういうときはこうする、というアドバイスを続けている。
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そんなこんなで、母子同服はやれるならやってみたい。
一緒に漢方薬とか出してみたい。
親子関係も含め、小児医療では切り離せないところなので、とても大切な考え方だと思う。
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1つだけ直せるならば、
→「母子」同服
という言葉はなんとかならないのだろうか。
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外来も母親が連れてくることが多いが、父親の方が特性が強いこともかなりある。
母にどれだけ説明しても、父が聞く耳を持たないということもある。
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できるだけその時は連れてきてもらったり、その場だけでもビデオ通話をつないでもらったりして、できれば直接話したい。
直接話せれば、納得はしなくても聞いてくれることはある。
聞く耳は持ってくれる。
全然ダメな人は、それすらもしてもらえない。
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家族全員の協力を得たいものだ。
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ゆりさんの記事を読んで思ったことを綴ってみた。
ダラダラと続けてしまったが、一言で言うと
ゆりさんの記事、素晴らしい。
それに尽きる。
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これからも記事楽しみにしています!
