Chapter2. アルブミノイド研究史①
第二章:アルブミノイド 近成分 の特異性/アルブミノイド/凝固現象/フィブリンのアルブミノイド/血清のアルブミノイド/ヘモグロビン/ヘモグロビンと過酸化水素水
血液自然凝固問題の解決には、血液中に存在する三種類の解剖学元素 のみならず、その生息培地の組成を同定する必要があり、何故ならそこにその存在条件がある為である。
ヒューソン、ミルン・エドワード、デュマの仮説に準じてフィブリンは血液に溶液状態でなく、また我々がフィブリン性微小発酵体と称するものと結合状態にあると提案しよう。そして凝血から滲出した血清の如く、血液の真に液体部分には全成分が完全な溶液状態にあると認識する。
1815年、アルブミンが血液血清における唯一のアルブミノイド物質と想像され、卵白アルブメンのみならず、心膜や脳室の漿液、乳糜、更には水腫や水疱等の病的漿液に存在するアルブミンと全て同一物質と定義された。その基準はただ一つの特徴に依拠していた。「凝固」である。
現在、ほぼ同じ温度で凝固する二つの溶液がある場合、両者に同一のアルブミンが存在するかが論争の的となっている。だが、凝固という用語が余りに乱用されており、正確に定義する必要がある。
凝固現象
当初、「凝固(coagulation)」とは、固形化した液体や、圧縮蒸気の液体化と同様、血液が流体から固形塊へ変容する現象に適用された。フールクロワが卵白や血液血清に言及し、両者が加熱で固形化するのはアルブミンに起因すると述べている。だが時が経ち、化学は凝固の概念に「不溶性」を加えた。アルブミノイドにとって凝固は不溶性の獲得と相関関係にあった。例えば固茹で卵の卵白が固形塊になる現象を指し、瞬時に固形化して全体が不溶性を呈する。だが後述の通り、血液自然凝固に関してはその限りではない。
凝固現象を化学的に厳密に定義すると、凝固物質が表す不溶性とは溶媒が水の場合に考慮される。凝固前の可溶性もまた水に対する性質を指す。だが後述の通り、この概念は他の溶媒への拡張で完成される筈である。
現時点の科学では、例えばフィブリンの名称は、(私が研究対象とした)成人の全身瀉血による血液のみならず、血管系の採血部位も年齢も問わない動静脈血、乳糜、リンパ液、病的漿液に至るまで適用されている。このフィブリンはアルブミンの凝固形態と目されているが、過酸化水素水への特殊な作用も、後述するフィブリン自体が備える固有の凝固能も考慮されていない。
アルブミノイド物質の研究史を簡潔に再検討すると、1875年にフィブリンがアルブミンの変容・変質過程に過ぎないと想像されるに至る迄の背景が理解できる。
ゲイ=リュサック、テナール、ムルダー 、デュマらの活躍により、化学は動植物質由来の窒化物質を元素分析し、その百分率組成が僅差の場合も、一見して同一の場合でも特異的に定義していた。デュマはこれらの物質を、テナールの旧式物質分類法を回顧させる「有機的構造体の中性窒化物質」と称した。最終的に、とある特質と組成の部分的類似性から卵白アルブメン と比較され、アルブミノイドと命名された。
1840年迄は個々のアルブミノイド物質が特異的に定義されていた。以降、ベルセリウス の主張を他所に、この物質群の実質的統一体 なる単一構想が普及したようである。以上が経緯である。ブシャルダ が極希薄塩酸液に溶解したフィブリン様物質にアルブミノース と命名した件が思い出される。この新たな用語が発明された経緯は興味深い。
ビオは、卵白水溶液による偏光面の左旋を観察した。フィブリンの塩酸溶液で同じ偏光面の左旋を確認したブシャルダは以下のように結論した。
フィブリンの可溶性成分は卵白アルブメンの支配物質 と同一であり、故にこの純物質にアルブミノースの名を提案する。
その後氏は多くの類似物質を極希薄塩酸に溶解させ、以下のように般化した。
フィブリン、卵白アルブメン、血液血清アルブミン、穀物のグルテン、動物乳汁のカゼインの基本成分は常に同一である 。それは、時に土類物質や、生石灰およびマグネシアのリン酸塩、また時にはアルカリ塩、時に脂肪物質等との混合、或いは結合により、その本質的な性質を覆隠されたアルブミノースである。この一過性の結合が実に僅かな割合の酸に破壊されると、アルブミノース溶液は同一の性質、全く同一の化学反応、偏光の同一方向への旋回、毎常の偏光の左旋を伴って出現し、その保有エネルギーは、他の条件が等しければ、常に溶解物質の重量に比例する 。
Sur la composition immédiate de la fibrine; sur le gluten, l’albumine, le caséum.
C.R., 14, 962–967.
即ち著者は、卵白アルブメン、血液血清アルブミンや、グルテンとカゼイン、そしてフィブリンの本質部分は同一物質であり、同じ旋光度を持つと言っている。
フィブリン然り、ブシャルダの考察が如何に表面的か、その般化が如何に誤解の産物かが分かる。氏は徹頭徹尾思い違いをしており、自身が塩酸結合物を扱っていた事実には微塵も至らず、何故なら氏は溶媒の塩酸が「僅かな割合」と疑わなかった為である。
化学者も皆等しく軽率であった。ジェラール はブシャルダを支持し、氏の見解を拡張させた。特にドイツ化学はこの物質群を実質的同一物質だと力説し、P.シュッツェンベルガー (オランダ出身、フランス在住)が支持を表明した。それはアルブミンの化学組成に関して乏しい知識しかなかった為である。ジェラールが、アルブミノイド物質をアスファルトや瀝青より下位の物質に分類する程であり、そして化学全体の混乱の渦中にナケ が、アルブミノイド物質は化学領域でなく、臓器の残骸として生理学領域に属す物質と考想した。
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