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温故知新(152)宗像大社沖津宮 仁徳天皇陵古墳(大仙陵古墳) 稲荷山古墳 金銅装短甲

立岩 西之瀧 ヴェストラホルン山 江田船山古墳 河姆渡遺跡 霞神社 大善寺玉垂宮 フェロー諸島
 
宗像大社沖津宮と仁徳天皇陵古墳(大仙陵古墳)、稲荷山古墳

 沖ノ島の祭祀跡から出土したとされる破片が、仁徳天皇陵古墳(大仙陵古墳)にあった甲冑と類似した5世紀中ごろの金銅装の甲冑の一部だったことが発表されました。

 仁徳天皇陵古墳は、稲荷山古墳や江田船山古墳とレイラインで結ばれています。稲荷山古墳(埼玉県行田市)は仁徳天皇陵古墳と墳形が類似していることが指摘され、仁徳天皇陵古墳を4分の1に縮小すると稲荷山古墳の形に近くなるといわれています。稲荷山古墳の主体部からは短甲や小札(こざね)といった武具・甲冑類も発見されています。

 稲荷山古墳と宗像大社 沖津宮を結ぶラインは、仁徳天皇陵古墳とヴェストラホルン(Vestrahorn)山を結ぶラインとほぼ直角に交差し、後者のラインは立岩(京丹後市)を通ります(図1)。

図1 仁徳天皇陵古墳、稲荷山古墳、宗像大社沖津宮(沖ノ宮)を結ぶ三角形のライン、仁徳天皇陵とヴェストラホルン(Vestrahorn)山を結ぶラインと立岩(京丹後市)

 仁徳天皇陵古墳と宗像大社沖津宮(沖ノ宮)を結ぶラインの近くには、弘法大師 空海ゆかりの小豆島霊場 第42番 西之瀧(香川県小豆郡小豆島町)、龍王山(倉敷市児島)、御崎神社(山口県下関市豊北町)があります。仁徳天皇陵古墳と宗像大社沖津宮(沖ノ宮)は、レイラインで関係付けられていると推定されます。

図2 図1のラインと小豆島霊場 第42番 西之瀧、龍王山(倉敷市児島)、御崎神社(下関市豊北町)

 ヴェストラホルン(Vestrahorn)山は、「アトランティス」の都市があったと推定されるクサール・ヌアイラとレイラインでつながっているので、孝霊天皇(須佐之男命と推定)が、縄文人にポセイドンと同一視されたと推定されることと整合します。

仁徳天皇陵古墳と河姆渡遺跡、江田船山古墳
 仁徳天皇陵古墳と河姆渡遺跡を結ぶラインは、横矧板鋲留式の短甲が見つかっている江田船山古墳(熊本県玉名郡和水町)の近くを通り、宮崎県西諸県郡高原町にある大己貴命、少彦名命、保食命を祀る霞神社(霞権現)とフェロー諸島を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図3)。後者のラインは、江田船山古墳や倭迹迹日百襲姫命を祀っていると推定される大善寺玉垂宮(福岡県久留米市)の近くを通ります(図3)。これらのラインは、仁徳天皇と、和珥氏と関係があると推定される河姆渡遺跡との関係を示していると推定されます。

図3 霞神社(霞権現)、大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)、河姆渡遺跡を結ぶ三角形のライン、霞神社(霞権現)とフェロー諸島を結ぶラインと江田船山古墳、玉垂宮(久留米市)