温故知新(71)ナスカ 大鳥大社 セリトス・バヨス 恐竜土偶 フクイリュウ 白山神社 八大龍王 チュキカマタ銅山 佐渡金山
岩木山 亀ヶ岡石器時代遺跡 大湯環状列石 おのころ島神社 青谷上寺地遺跡 大山祇神社 天津神社 位山 桜井古墳 姫塚古墳 モン・サン・ミシェル 摩耶山 今城塚古墳 津島神社 恵那山 大洗磯前神社 大甕神社 武甲山 塩竈神社 法隆寺 見延山 大杉神社 白龍神社 白石神社 九頭龍神社 龍田大社 御岩神社 彌彦神社 チャタル・ヒュユク 玉前神社 クサール・ヌアイラ アトランティス アヌンナキ ドラゴン
岩木山、亀ヶ岡石器時代遺跡、大湯環状列石、ナスカ
「ナスカの地上絵」で知られるナスカは、ピラミッドともいわれる黒又山とレイラインでつながっていますが、岩木山とナスカを結ぶラインは、亀ヶ岡石器時代遺跡、大湯環状列石を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図1)。したがって、日本は縄文時代からナスカと関係があったと推定されます。大湯環状列石とマラケシュを結ぶラインと重なる大湯環状列石と亀ヶ岡石器時代遺跡を結ぶラインは、深味八幡宮(青森県北津軽郡板柳町)の近くを通ります(図1)。岩木山とナスカを結ぶラインの近くには、下北半島にある吹越烏帽子(ふっこしえぼし)や御宿山があります(図1、2)。岩木山と亀ヶ岡石器時代遺跡を結ぶラインの近くには、石神神社(西津軽郡鰺ヶ沢町建石町)や稲荷神社(つがる市木造下福原篠原)があり、大湯環状列石と岩木山を結ぶラインの近くには、岩木山神社(弘前市)があります(図1)。


大山祇神社、天津神社、位山、桜井古墳 ナスカ
おのころ島神社は、チャタル・ヒュユクやオリンポス山とレイラインでつながっていますが、おのころ島神社と青谷上寺地遺跡を結ぶラインは、孝安天皇(伊弉諾尊)と推定される大山積神を祀る大山祇神社とナスカを結ぶラインとほぼ直角に交差し、大山祇神社とナスカを結ぶラインの近くには、少彦名命、菅原道真、天太玉命、孝元天皇と推定される大巳貴命を祀る天津神社(岡山県備前市伊部)、位山(岐阜県高山市)、国経営二柱神社(長野県東筑摩郡筑北村)、浮田国造の初祖・鹿我別命の墓と推定されている桜井古墳(福島県南相馬市)があります(図3)。

図3の位山と桜井古墳を結ぶラインは、少彦名命(孝元天皇の皇子の少彦男心命と推定)の墓と推定される姫塚古墳(茨城県東茨城郡大洗町)とモン・サン・ミシェルを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図4)。姫塚古墳とモン・サン・ミシェルを結ぶラインの近くには、左下り観音(福島県大沼郡会津美里町)や恵隆寺立木観音(河沼郡会津坂下町)があり、位山と姫塚古墳を結ぶラインの近くには、合氣神社(茨城県笠間市)があります(図4)。

摩耶山、今城塚古墳、津島神社、大洗磯前神社、セリトス・バヨス
矢田坐久志玉比古神社、出雲大神宮、摩耶山を結ぶ三角形のライン(温故知新 10)で、饒速日尊(瓊瓊杵尊と推定)が祀られている矢田坐久志玉比古神社と出雲大神宮を結ぶラインは、摩耶山と大国主命(孝元天皇と推定)が祀られている大洗磯前神社(茨城県東茨城郡大洗町)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図5)。摩耶山と大洗磯前神社を結ぶラインの近くには継体天皇(大丹生氏の丹生麿と推定)の陵墓と考えられている今城塚古墳、須佐之男命(孝霊天皇と推定)が祀られている津島神社(愛知県津島市)、恵那山、帯那山(おびなやま)、加具土命が祀られていると推定される伏木香取神社(茨城県猿島郡境町)があります(図5)。

摩耶山と大洗磯前神社を結ぶラインの延長線近くにあるGoogleマップの史跡を探したところ、チリのセリトス・バヨス(Cerritos Bayos)がありました(図6)。

大鳥大社とナスカ、セリトス・バヨス、法隆寺
メンフィスとつながるナスカと、須佐之男命と関係があると推定され、メンフィスとレイラインでつながる大鳥大社(大阪府堺市)を結ぶラインは、加具土命を祀っていると推定される大甕神社(茨城県日立市)、豊玉姫命(八大龍王と推定)と関係があると推定される武甲山(妙見山)、塩土老翁神(須佐之男命と推定)を祀る塩竈神社(愛知県名古屋市)、大御食津姫命を祀る恩智神社(大阪府八尾市)の近くを通ります(図7、8)。恩智神社の旧鎮座地には、天王の杜があり、一帯には縄文時代に始まる「恩智遺跡」があります。大鳥大社の境内には、黒龍大神を御祭神とする「龍神社」が鎮座しています。大鳥大社とセリトス・バヨスを結ぶラインの近くには法隆寺(奈良県生駒郡斑鳩町)、見延山、大杉神社(茨城県稲敷市)があります(図7)。


アントファガスタ州のセリトス・バヨス地区に露出したオックスフォード時代(ジュラ紀後期、約1億6,300万年から1億5,700万年前)の地層から海洋ワニの化石が見つかっています。メキシコのアカンバロの町外れにある通称「牡牛山(ブルマウンテン)」で恐竜土偶が見つかっていますが、アカンバロとセリトス・バヨス(Cerritos Bayos)を結ぶラインの近くにナスカがあります(図9)。もしかすると、恐竜土偶は、古代人が恐竜の化石から想像して作った物かもしれません。

白龍神社、白山神社、九頭龍神社、龍田大社と恐竜化石
これらのラインから、龍神(水神)と恐竜の化石の関係が推定されたため、日本の龍と恐竜の化石の関係を調べたところ、白龍神社(福井県大野市)とモン・サン・ミシェルを結ぶラインの近くに、フクイサウルス(フクイリュウ)の化石が見つかった場所(福井県立恐竜博物館)がありました(図10)。このラインの近くには、平泉寺白山神社(福井県勝山市)があります(図10)。また、モン・サン・ミシェルと九頭竜湖を結ぶラインの近くに白山神社(大野市後野)があります(図10)。これらのラインから、白龍神社や九頭竜の「龍(竜)」は、恐竜の化石と関係があると推定されます。

フクイサウルス(フクイリュウ)は、勝山市の手取層群で見つかっていますが、白山神社(大野市後野)と白龍神社を結ぶラインの近くに手取層群の表示があるので(図11)、もしかすると、ここでもフクイリュウが見つかっていたのかもしれません。

東京都西多摩郡檜原村にある九頭龍神社と、2億5千万年前のチャート(火打石、放散虫の化石)層の神戸岩を結ぶラインは、山梨県上野原市にある軍刀利神社とモン・サン・ミシェルを結ぶラインとほぼ直角に交差し、軍刀利神社とモン・サン・ミシェルを結ぶラインは、竈三柱神社(埼玉県秩父市)の近くを通ります(図12)。

大分県大分市にある八大龍王龍神の池と八大龍王水神(宮崎県西臼杵郡高千穂町)を結ぶラインの近くに龍神と関係があると推定される白石神社(大分県豊後大野市)があります。また、網代島(大分県津久見市)で見られるチャートは、約2億5千万年前~2億年前の三畳紀にできたとされ、網代島と神龍八大龍王神社(熊本県菊池市)を結ぶラインの近くに白石神社(豊後大野市)があります(図13)。「白石」はチャートのことと思われ、古代人は、チャートが恐竜時代の地層であることを知っていたのではないかと思われます。

福井県立恐竜博物館と丹生都比売神社を結ぶラインの近くには、龍双ヶ滝(福井県今立郡池田町)、弁財天の聖地の竹生島 宝厳寺(滋賀県長浜市)、奥津嶋神社(滋賀県近江八幡市)、龍王の滝(京都府綴喜郡井手町)、瀬織津姫の生誕地といわれる瀧川神社(奈良県奈良市大和田町)、龍田大社(奈良県生駒郡三郷町)があります(図14)。水神としての弁財天は、古くからの竜神信仰や水神信仰と結びついていったと考えられています。このラインは、龍田比売命(竜田姫)が丹生都比売命(市杵島姫命 瀬織津姫命)と推定されることと整合します。

鉱山とアトランティス
セリトス バヨスにはアルカパロッサ鉱山などがありますが、セリトス・バヨスに近いチュキカマタ銅山は、世界最大の露天掘りの銅山として知られ、太平洋沿いのアントファガスタは銅鉱の積出港です(図15)。

丹生氏と関係があると推定されるチャタル・ヒュユクとチュキカマタを結ぶラインの近くに、アトランティスがあったともいわれるサントリーニ島の古代ティラ遺跡があり、チュキカマタとクサール・ヌアイラを結ぶラインの近くに、金・銀・錫の鉱山があったボリビアのポトシがあります(図16、17)。このラインは、クサール・ヌアイラが、青銅器時代のアトランティスの都市だったと推定されることと整合します。


12,800年前に彗星の破片が衝突したと推定されているサギノー湾やアグアダ・フェニックス遺跡とレイラインで結ばれている佐渡金山と、クサール・ヌアイラやチャタル・ヒュユクとの関係を調べたところ、クサール・ヌアイラと佐渡金山を結ぶラインの延長線の近くに、寳德山稲荷大社 内宮(新潟県長岡市)、八海山(新潟県南魚沼市)、上総国一之宮 玉前神社(千葉県長生郡一宮町)がありました(図18)。また、チャタル・ヒュユクと佐渡金山を結ぶラインの延長線の近くには、越後一宮 彌彦神社(新潟県西蒲原郡弥彦村)、雲巌寺(栃木県大田原市)、永源寺(もみじ寺)(茨城県久慈郡大子町)、御岩神社(日立市入四間町)がありました(図18)。これらのラインから、佐渡金山は、青銅器時代(縄文時代)には、すでに知られていたと推定されます。

人類最古の金製品は、紀元前6,000年前にメソポタミアに文明を築いた古代シュメール人によるものだと考えられています。ゼカリア・シッチンによると、シュメール人の神である「アヌンナキ」は、地球に金をもとめてやってきたとしています。
丹生氏と関係があると推定されるチャタル・ヒュユクで発見された壁画の塗料の原料としては、赭土(酸化鉄を含むあかつち)、藍銅鉱(アズライト)、辰砂(硫化水銀)、孔雀石(マラカイト)、方鉛鉱(硫化鉛)、マンガンなど多様な鉱物が使われているので、この遺跡の人々の祖先は、12,800年前に彗星が衝突する以前から、世界各地の鉱山を開発し、高度な精錬技術や鉱物に関する知識を持っていたのではないかと思われます。これは、石見銀山の開発が、継体天皇(丹生麿と推定)と関係があると推定され、和同開珎の製造につながった秩父での和銅の発見が「丹党」と関係があると推定されることと整合します。
ドラゴン伝説とアトランティス
鳥は恐竜から進化し、太古の南極大陸には羽毛恐竜がいたことがわかっています。テオティワカンにあるケツァルコアトル神殿の羽毛の生えたヘビの彫刻は、もしかしたら羽毛恐竜がモデルかもしれません。鴨建角身命は須佐之男命と推定されますが、「雄鴨」は英語で「drake」で、ドレイク(drake)はdragon(龍)の古い形とされ1)、ファイヤードレイクは、ケルト人などの伝承に登場するドラゴン(もしくは蛇)の一種です。イングランドのリンカンシャー州アニクにあるドレーク・ストーン・クローズと呼ばれる場所が、宝を守るドラゴンの棲みかで、元の伝説は地面からクワックワッと鳴くカモが現れたという話に変化しているようです1)。古代人は、鴨と恐竜の鳴き声が似ていることを知っていたのかもしれません。
史上最大級の翼竜のケツァルコアトルス(Quetzalcoatlus)は、白亜紀末の大量絶滅期の直前に北アメリカに生息していた翼竜ですが、南極大陸にも同じころ大型の翼竜が繁栄していたことがわかっています。
熊本県御船町の地層から約30年前に見つかった翼竜の化石が、最近、国内発見の化石では初の新属・新種と判明しました。
文献
1)ジョイス・ハーグリーヴス 斎藤静代/訳 2009 「ドラゴン 神話の森の小さな歴史の物語」 創元社
