本能寺の変1852 その一因 一、光秀の年齢 そ第6話 240710 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
その一因 一、光秀の年齢
1光秀と光慶 そ第6話 240710
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*加筆修正 240710
一、光秀の年齢 そ第6話
【参照】テーマ別 光秀の年齢 テ第6話
【参照】3信長の甲斐侵攻 1信忠、出陣 ◎第6話 ◎小6
信忠は、わずか一日で高遠城を攻略した。
これが、武田最後の戦いになった。
仁科信盛の首。
信忠は、後継者として申し分のない人物だった。
信忠は、逞しい戦国武将に成長していた。
信長は、これに満足していた。
織田家の前途は、大きく開けていた。
だが、しかし、明智は、・・・・・。
光秀は、高齢だった。
嫡男光慶は、若すぎた。
光秀の後継者問題。
光秀にとっては、最も重要な問題。
このことが、光秀を苦しめた。
光秀は、出来る男。
これまで、一度たりとも、落ち度がなかった。
正に、パーフェクト。
非の打ちどころのない男。
見事である。
光秀は、洞察力に優れていた。
信長の意向を汲み取るのことに巧みだった。
信長の心の内を知り尽くしていた。
光秀には、先見力があった。
先が、見えた。
光秀は、猜疑心が強い。
信長を信用していない。
光秀は、用心深い。
「隙」を見せぬ男。
心の内を、気取られず。
光秀は、不安だった。
「危うい」
明智の将来は、一体、どうなるのだ!!
この思いが、積もりに、積もっていく。
そして、やがて、本能寺へ!!
⇒ 次へつづく
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これで、全体像がよくわかる!!
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原因・動機の究明は、この一歩から!!
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「本能寺の変」
原因・動機は、この中にあり!!
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視点を変えれば、見える景色も違ってくる!!
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