本能寺の変15820 重要 ◎目次小 55~56①② 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
重要 ◎目次小 55~56①②
9光秀という男 3土岐氏 1~2/4
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→【 重要史料 】 【 人物 】
*加筆修正
◎第55話 第55話
光秀の明智氏は、土岐氏の一族である。
光秀は、誇り高い男。
①土岐氏の家紋 桔梗紋
②愛宕百韻 「時」= 土岐 「続群書類従」
【 重史 005 】
土岐氏は、清和源氏の一流である。
すなわち、清和源氏 ― 摂津源氏 ― 美濃源氏という流れになる。
源頼光が摂津源氏の祖とされる。
土岐氏は、美濃源氏の嫡流家であった。
土岐氏は、鎌倉期に美濃に土着した。
光衡が土岐氏の初代とされる。
土岐頼貞の時、初めて美濃の守護になった。
以来二百余年、土岐氏は美濃の守護を歴任した。
◎第56話① 第56話
土岐頼遠は、足利尊氏の時代の人物である。
室町時代は、この尊氏から始まった。
頼遠は、婆娑羅大名。
◎第56話② 第56話
室町幕府は、十五代、240年つづいた (①~③) 。
①初代~第五代将軍
②第六代~第十一代将軍
③第十二代~第十五代将軍
光秀は、大永四年1524±四年~天正十年1582を生きた。
光秀は、③の時代を 〃 。
光秀は、室町時代の末期を 〃 。
光秀は、戦国時代の後半を 〃 。
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「本能寺の変」
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