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「不在」から始めるイノベーション――ロイ・バスカーの批判的実在論がひらく新たな変革の思想

はじめにーーなぜ「問題解決」でも「未来構想」でも足りないのか

イノベーションとは何か。
この問いに対して、現代にはいくつかの代表的な答え方がある。できるだけシンプルにまとめるなら、「社会やビジネスに新たな価値や変革をもたらす営み」と言えるだろう。

では、このイノベーションはどこから始まるのか?

従来、イノベーションの起点はしばしば「プロダクトアウトか、マーケットインか」という二軸で語られてきた。

テクノロジーや研究成果といったシーズから出発するのか。それとも顧客の課題やニーズから出発するのか。やがて、そこにもう一つの視点として、理想的な未来社会や新しい生活様式を想定する「未来構想」や、そこから現在を逆算するバックキャスティング的なアプローチも加わってきた。

いずれの立場にもメリットと限界があり、実務の現場ではこれらを組み合わせた複合的なアプローチが取られることが一般的になりつつある。そして実際のところ、最終的に物事を動かすのは、「本当にそれを解決したいのか」という個人の意志や情熱である、ということも多くの実践者が実感しているところだろう。

しかし、現場で変革に向き合い続ける中で、私は次第にある違和感を強くしていった。

・問題をいくら解決しても、なぜか似たような問題が繰り返される。
・壮大な未来像を描いても、現実の慣性に阻まれ、構想が空中戦に終わる。
・野心的な構想が、社内で承認を得るたびに「現実的すぎる」解に矮小化されていく。

そこには、どのアプローチを採用するか以前に、共通して抜け落ちている視点があるように思えるのだ。

それは、「いま起きていること」や「こうなってほしい未来」には目が向けられても、それらを生み出している“構造”そのものには、十分に目が向けられていないということだ。

現実に現れている問題は、構造的問題の氷山の一角にすぎない。理想の未来像もまた、現在の構造から切り離されたままでは、掛け声に終わってしまう。画期的なアイデアも、既存の構造に取り入れられた途端に革新性が失われる。

では、イノベーションの「真の起点」はどこにあると考えるべきだろうか。
その候補として、これから本稿が提案するのは、「不在(absence)」という視点だ。

それは、単なる不足や不満ではない。
また、満ち足りた世界を語る根拠のない理想論でもない。
まだ現れてはいないが、本来は現れ得るはずの現象を、未だ生み出せていない構造的な欠如。

その「不在」に目を向けることから、イノベーションを捉え直してみようという試みだ。

この発想の背景にあるのが、イギリスの哲学者ロイ・バスカーによって提唱された批判的実在論、とりわけその発展形である弁証法的批判的実在論(Dialectical Critical Realism)だ。

批判的実在論は、現実の背後にある構造の実在を認めながら、それが変容し得ることを強調する哲学である。そして弁証法的批判的実在論は、そこに「不在」などの概念を導入し、変化や解放の可能性を理論的に位置づけた。

本稿では、この思想をイノベーションの文脈に引き寄せ、

・現象の背後にある構造をどう捉えるか
・「不在」をどのように発見し、問いとして編集するか
・それをどのように新たなビジネスや組織、社会の構造として実装していく

これらを、理論と実践の往復を通じて探究していく。

イノベーションとは、単に新しい製品やサービスを生み出すことではない。
それは、まだ存在していないが、存在し得る構造を、この世界に呼び出す営みなのではないか。

これから、その可能性を「不在」という視座から考えてみよう。


第1章 批判的実在論とは何か― ロイ・バスカーの思想のエッセンス

イノベーションを「不在」から捉え直すためには、まずその思想的な土台を確認しておく必要がある。ここで手がかりとなるのが、イギリスの哲学者ロイ・バスカーが提唱した批判的実在論(Critical Realism)である。

その名称から難解な哲学を想像されがちだが、問題意識はきわめて実践的だ。

・私たちが「現実」だと思っているものは、世界のごく一部にすぎないのではないか。
・そして、その背後には目に見えないが確かに働いている構造があり、しかもその構造は変わり得るのではないか。

この二つの問いが、批判的実在論の出発点である。


世界を三つの領域として捉える

バスカーは、私たちが生きている世界を、次の三つの領域として整理した。

■経験の領域(Empirical)
私たちが実際に経験し、観察し、感じ取っている出来事の世界である。顧客体験、ユーザーインタビュー、現場での一次情報、あるいは価値提供者自身が体感している違和感などがここに含まれる。近年のイノベーションの現場では、ここが最も重視されやすい領域でもある。

■現実の領域(Actual)
実際には起きているが、必ずしも自分自身では観察できていない出来事の世界である。取引実態、行動ログ、業界データ、調査レポートなど、二次情報を通じて間接的に知る現実がここに含まれる。私たちはこの領域を「把握している」と錯覚しがちだが、その全体を知ることは本質的に不可能である。

■実在の領域(Real)
そして最も重要なのが、これらの出来事を生み出している深層の構造である。
例えば、以下のような様々な構造的概念が絡み合う「現象の生成メカニズム」がこの領域に属する。

・組織能力 ・技術基盤 ・顧客基盤  ・資源配置 ・ビジネスモデル構造 ・組織構造 ・業界構造 ・社会制度や文化  ・自然環境

批判的実在論の特徴は、経験やデータの背後に、経験や現実とは独立して、この「実在の領域」があることを明確に認めた点にある。


「批判的」とは、説明を深め続ける態度である

ここで重要なのは、「批判的」という言葉の意味である。
批判的実在論における「批判的」とは、既存のやり方や考え方を単に否定することではない。それは、表面に現れている説明をいったん保留し、その背後にある生成メカニズムを問い直し続ける態度を指す。
たとえば、

・なぜこの顧客体験が生まれているのか
・なぜこの行動パターンが繰り返されるのか
・なぜこの技術は普及しないのか

といった問いを、「起きている事実」の記述で終わらせず、この現象が持続的に生じているとすれば、 世界はどのような構造を持っていなければならないのかと問い返す。

この様な推論様式(アブダクション:後述)こそが、批判的実在論を単なる現象分析から一段引き上げる中核的な思考である。


未来構想の限界──なぜ構造が見落とされるのか

ここで、未来構想型イノベーションとの関係を考えてみたい。
未来構想やバックキャスティングは、「人々の経験がどのように変わるか」という点において非常に強力である。しかし実務の現場では、その多くが経験の変化という表層にとどまりがちでもある。

・どんな体験が提供されるのか
・生活はどう便利になるのか
・ユーザーはどう感じるのか

こうした議論は想像力を刺激するが、それを成立させる構造がどう変わるのかについては十分に語られないことが少なくない。

その結果、

・ビジョンは魅力的だが実装できない
・PoCは成功するがスケールしない
・一部では機能するが社会には定着しない

といった状況が生まれる。

なぜなら、現実世界は実験室の様な閉じたシステムではなく、多様なメカニズムが干渉し合う『開かれたシステム』であり、単一の施策が線形に結果をもたらすわけではないからだ。

批判的実在論の視点に立てば、ここで問うべきは次の一点に収斂する。
その未来的経験を成立させるために、どの生成メカニズムが必要で、いま何が不在なのか。


構造は強力だが、絶対ではない

もう一つ、バスカーの思想で決定的に重要なのは、構造は強力でそう簡単に変わるものではないが、決して不変でも不可侵でもないという点である。
制度や文化、ビジネスモデルは、人々の行動を強く方向づける。しかしそれらは自然法則のように固定されたものではない。

構造は、

・人々の実践によって維持され
・日常的に再生産され
・ときに変容し、更新される

歴史的に見ても、これは明らかである。

私たちは構造の産物であると同時に、構造を変え得る主体でもある。この視点があるからこそ、批判的実在論は単なる現実分析に終わらず、変革へのプロセスを内包していると言える。


イノベーションへの接続点

以上を踏まえると、イノベーションの見え方は大きく変わる。

イノベーションの本質とは、

・新しいアイデアを出す
・新技術を導入する
・顧客の声を集める

等々ではなく、

・どの構造が
・どの経験を生み出しているのかを見抜き
・その生成メカニズムに働きかけること

だと捉え直すことができる。

次章では、この構造への問いをさらに一歩進め、「不在」という概念が、なぜイノベーションの起点になり得るのかを詳しく見ていく。


第2章 「不在」から始めるイノベーション― 欠けているのは“人”ではなく“構造”である

「不在」は「不足」や「不満」とは違う

日常語としての「足りない」「欠けている」という表現は、多くの場合、現在の状態への不満を意味する。

新規事業開発やマーケティングの現場では、しばしば「顧客の不」という言い回しが使われてきた。不便・不満・不都合・不安・不快といった、体験レベルでのネガティブな状態を総称した表現である。

これは顧客理解の出発点として極めて重要な視点だが、ここで扱う「不在」は、それとは異なる意味や範囲を持つ概念である。

「顧客の不」は、主として経験の領域に現れている現象の記述である。
一方でバスカーの言う「不在」は、そうした経験を生み出している生成メカニズムの側へと視線を移動させる。

問題は「困っていること」そのものではない。

・なぜその困りごとが繰り返し生まれる構造になっているのか
・本来起こり得るはずの別の状態が、なぜ現れていないのか

この問いへの転回こそが、「不在」というレンズの核心である。


「不在」とは、可能性が発現していない状態

批判的実在論における「不在」とは、単なる欠落ではない。

それは、本来は存在し得るはずの状態が、構造的な理由によって現れていないことを指す。

ここで重要なのは、「不在」は観察だけから自動的に与えられるものではないという点である。
私たちは現象から出発しつつも、この可能性が立ち現れていないとすれば、
どの生成メカニズムが欠けているのか
と、拡張的・飛躍的な仮説構築が必要となる。

この意味で、「不在」を捉える営みは、単なるニーズ発見ではなく、生成メカニズムそのものへの仮説的接近なのである。


イノベーションとは「不在」をめぐる構造設計である

この視点に立つと、イノベーションの意味は大きく変わる。
従来のイノベーション論では、

・新しい技術を開発する
・未充足ニーズを満たす
・体験をより便利にする

ことが中心に置かれてきた。

しかし「不在」から捉えるなら、イノベーションとは、ある経験が自然に生まれる世界の条件を設計し直すことだと再定義できる。つまり焦点は、プロダクトそのものではなく、それが必然になる構造条件にある。


「未来志向」と「不在起点」の違い

未来志向のアプローチは、「こうなったらよい」「こんな未来を作りたい」という理想像から逆算したり、「こうなる可能性もある」というある意味でのリスクヘッジのための仮の未来を想定したりする。

しかしそこでは、経験や現実にフォーカスが当たることが多く、実在:構造的実現可能性の検討は行われづらい。

一方で「不在」から始める思考は、

・すでに現実にある傾向
・人や社会が持つ潜在可能性
・部分的に現れている萌芽

に注目し、そこから次の問いへ進むことが特徴だ。

・なぜ、それが全面的には発現していないのか。
・どの不在が、この可能性の立ち上がりを抑制しているのか。

これは夢想ではなく、現実の生成メカニズムへの問いだからである。


欠けているのは人間ではなく、環境である

この視点がもたらす最大の転換は、人間観にある。
従来の問題解決では、しばしば原因は「人」に帰属させられる。

・なぜ顧客は動かないのか
・なぜ社員は挑戦しないのか
・なぜ市場は変わらないのか

しかし「不在」という概念は、視線を人から構造へと移す。

人が変われないのではない。
人の可能性が発現しにくい構造になっているのかもしれない。

イノベーションとは、人を変えることではなく、人の可能性が自然に立ち現れる構造を設計し直す営みとして捉え直すことができる。


ここまでで、「不在」が単なる欠点や不満ではなく、可能性を阻んでいる構造への問いであることを確認した。

次章では、この視点を実務に接続するために、不在を起点として構造を設計し直していく具体的プロセスを整理していく。

イノベーションはアイデアの問題ではない。
それは、「まだ存在していない構造」をどう立ち上げるかという設計の問題なのである。


第3章 不在を起点に構造を設計する― イノベーションのための実践プロセス

不在は、机上の思索だけでは見えてこない。現場との接触、違和感への感受性、構造への洞察、そして仮説を試す行為の往復の中で、少しずつ輪郭を帯びてくるものだ。

ここでは、ロイ・バスカーがその研究の後期に、批判的実在論を構造的理解にとどめず「変革」に結びつけることまでを捉えた弁証法的批判的実在論(Dialectical Critical Realism, DCR)を援用する。

ここから、このDCRで定義されている四つのフェーズと、先にみた三層構造モデル(経験・現実・実在)を手がかりに、既存のイノベーション手法と対照させながら、不在を起点としたイノベーションの実践プロセスを整理する。


不在を扱うための認識プロセス― MELD(1M・2E・3L・4D)のダイナミクス

DCRでは、現実を理解し変革していく人間の営みを、「MELD」と略される四つのフェーズとして捉える。これをイノベーションの実践プロセスとして読み替えると、次のようになる。


1M (First Moment):非同一性 × 身体知
― 違和感を感じ取る感受性(DIY的実践・一次情報)

出発点は、第一局面。
これは、説明のつかない「ズレ」や「違和感」などが当てはまる。

・顧客の言葉と行動が一致していない
・便利なはずの仕組みが使われていない
・自分の中に残る小さな引っかかり

これらは、世界が私たちの理解と同一ではないことの兆候である。

この段階で重要なのは、分析力よりも感受性である。現場に出る、当事者に会う、実際にやってみる——私が「でろ、いけ、やれ」と称しているDIY的実践を通じて、身体ごと世界に触れることが、違和感を捉える「センサー」を育てる。

ビジネスモデル・キャンバスや3Cなどのフレームワークも、それが身体知化しているとき、このセンサーの拡張装置として機能する。

そしてここで起きているのは「問題発見」ではない。
非同一性との遭遇である。

非同一性とは、人間が社会構造を作り出すと同時に、その構造が人間の行動を規定・制約するという相互依存関係にありながら、両者が完全には一致しないという批判的実在論の認識である。

DIYについてはこちらもご参照ください
身体知についてはこちらもご参照ください


2E (Second Edge):不在 × 編集する力
― すぐに解決に飛ばず、文脈の中で問いを育てる

続くのが第二界面である。
違和感をすぐに「課題」や「ニーズ」に翻訳してしまうと、不在は見えなくなる。ここで必要なのは、問いを編集する力である。

・なぜこれが起きているのか
・どんな文脈の中で、この体験は立ち現れているのか
・それによって、誰のどんな可能性が閉ざされているのか
・どうして”そうでなければ”ならないのか

ナラティブ・アプローチ、パターン認識、因果仮説、システム図式化などは、この段階の有力な実践である。

ここで重要なのは、答えを出すことではなく、問いの解像度を上げ続けることである。不在とは、まだ現れていない可能性の影であり、急いで埋めるべき「穴」ではない。

VUCAの時代に語られるネガティブ・ケイパビリティとは、まさにこの局面——「即断即決」を避け、保留し続ける能力——において試される。

経験(Empirical)から現実(Actual)へと探索が深まることで、「何が起きていないのか」という問いが、徐々に輪郭を持ちはじめる。

ネガティブ・ケイパビリティについてはこちらもご参照ください


3L (Third Level):全体性 × アブダクション
― 構造の重層性を仮説的に見抜く

2Eまでは、多くの現場で教科書的に行われる実践と行動様式としては近似している。しかし、ここから大きな飛躍がある。

第三段階では、視野は個別現象から、それらを生み出している生成メカニズム全体へと跳躍する。

ここで決定的に重要になるのが、アブダクション(abduction)である。アブダクションは、演繹法とも帰納法とも異なる第三の推論様式として提唱されており、多くの自然科学的仮説がこのアブダクションによって見出されていることが知られている。

アブダクションによって、2Eまでに深めた「不在」は次のような問いへと反転する。

この「不在」が持続的に解消されるには、
世界はどのような構造を持っていなければならないのか。

これは単なる要素間の因果推論ではない。なぜなら、ここで求められているのは、

・相関の整理ではなく
・要素の網羅でもなく
・再生産を必然化している深層の生成メカニズムの仮説化

だからである。

システム思考やビジネスモデルキャンバスは、この段階においても重要な補助線となる。
しかしそれらは、多くの場合、与えられた境界の内部を精緻化する
ことには長けている一方で、境界そのものを問い直す跳躍
までは自動的には導かない。

したがって3Lへの到達には、分析の延長ではなく、想像力を伴うアブダクティブな飛躍が不可欠となる。

ここで有効になる問いは例えば次のようなものである。

・なぜこの不は繰り返し再生産されるのか
・この配置を合理的にしている制度的条件は何か
・どの不在が、この現実を安定化させているのか
・もしこの制約が存在しなければ、何が崩れるのか

不在はここで、個人の問題でも、市場の隙間でもなく、現在の構造の中に組み込まれていない条件として姿を現す。

そして重要なのは、この段階で得られる洞察は、あくまで仮説にとどまるという点である。だからこそ次のえフェーズ「4D:実践」によって、その妥当性が試される必要がある。

※批判的実在論ではアブダクションの中でも「この現象を成立させている深層の生成メカニズムは何か?」と思考を後退させるレトロダクション(後退推論)の重要性が言及されている。本稿では、この意図を理解しつつも、より一般的な「アブダクション」という用語に統合して記載している。


4D (Fourth Dimension):実践 × ストーリーテリング
― 仮説を実装し、世界に働きかける

3Lまでで見出された構造仮説は、考えただけでは意味を持たない。
ここからの第四次元によって、それを小さく実装し、世界に働きかけることで、はじめて現実との対話が始まる。

PoC、試験導入、限定運用。

これらは単なるプロダクト検証ではない。ここでは、生成メカニズムへの介入を伴う、構造仮説の実在的テストと捉える。

ここで問われるのは、「仮説が当たっていたかどうか」だけではない。むしろ重要なのは、その介入を通じて、

・どの不在に実際に触れたのか
・どの制約が緩み、あるいは依然として強固だったのか
・構造はどの程度可塑的であることが示唆されたのか

を学習することである。

言い換えれば、4Dにおける仮説検証とは、正誤判定の工程ではなく、生成メカニズムへの理解を更新し続ける実践的な探究の過程なのである。

ここで重要になるのが、ストーリーテリングである。

・なぜこの構造が必要なのか
・どんな未来の経験がそこから生まれるのか
・いま、何が不在だから実現していないのか

これらを物語として語ることで、実践は個人の試みから集合的な運動へと拡張していく。多くの場合、プロトタイプやMVPは不完全である。だからこそ、「それが実現した職場や社会」を先取りして語り、可視化する能力が、このフェーズでは決定的に重要となる。

ここで語られる物語は、単なるビジョン提示ではない。不在を不在のままにしている構造を揺さぶり、他者の行為を呼び込む実践的装置として機能する。

また、この段階での学習は、しばしばピボットを伴う。しかしそれは、「仮説が外れたからやり直す」という単純な方向転換ではない。
むしろ、世界の生成メカニズムに関する理解が更新された結果としての軌道修正
として捉え直されるべきである。

こうして「顧客の反応を通じた構造の作用」を確かめ、どの不在が動き、どの不在がなお残存しているのかを見極めることで、探索は再び新たな1Mへと開かれていく。

この循環運動の中で、不在は徐々に設計可能な対象として輪郭を帯び、イノベーションの実践は、単発の成功ではなく、構造に働きかけ続ける持続的な変革プロセスとして深まっていくのである。


三層モデルから見るイノベーションの実践

バスカーの三層とイノベーションの実践

・経験的レベル :顧客体験や現場の出来事に触れるフェーズ。違和感が立ち現われ、1M(非同一性)が発動する。

・現実的レベル: 自分が直接経験していない出来事やデータに目を向けるフェーズ。現象がパターンとして理解され、2E(不在)への問いが深まる。

・実在的レベル: ビジネスモデルや制度など、出来事を生み出している構造に踏み込むフェーズ。3L(全体性)の視座が求められるのと同時に、アブダクションにより「構造的不在」を見抜く飛躍的仮説がイノベーションのキーとなる。

例えば、顧客の新たなペインを発見し、同様のペインを抱える想定顧客が市場にどの程度いるだろうか?といった思考や取り組みは、多く行われている。
しかし、このままで2Eにとどまりがちであるということが見えてくる。この様に「いまチーム内でどの層について語られているか?」といった形で、思考の地図として採用するのも批判的実在論の有効な活用方法の一つとなるだろう。

3Lに移行すると、その顧客のそのペインがこの規模で蔓延しているのは「どの様な構造的不在」によってもたらされているか?についての仮説が明確になっているはずだ。


構造はスケールする

さらに重要なのは、構造が単層ではなく、スケールを持つという点である。

・ビジネス構造
・組織構造
・業界・社会構造

このスケールを思考に持ち込むことで、

・ある新規ビジネスが当たり前に営まれるためにはどの様な組織構造が必要であるのか?
・更に、その様な組織構造をもった事業主体が当然に存在する業界構造や社会構造とは?
・今、各レイヤーで「何が不在であるからその新規ビジネスが不在なのか」

といった問いが自然と立ち現れるのだ。

この様に「ある構造を含んだ構造」つまり上位レイヤーへと不在をスケールアウトしていくことによって、不在を実在させうる確度=イノベーションの確度を上げていくことや、その事業自体のスケールアウトにもつながりうるだろう。

しかしここで注意すべきは、スケールを上げること自体が生成メカニズムの理解を保証するわけではないという点である。

不在を問うとは、単に新しいサービスを考えることではない。そのサービスが必然となる構造を、どのスケールで、どの生成メカニズムのもとで成立させるのかを問うことである。

4Dでの小さな実験が「それが当たり前になる構造」を構想し続け、組織、業界、社会へと接続していく。このとき必要なのは、要素の積み上げではなく、再生産メカニズムに対するアブダクティブな洞察である。


不在起点のイノベーションは循環する

他の多くのイノベーションメソッドと同様に、ここまで見てきたプロセスは決して直線的なものでも、ステージモデルでもない。

・違和感に戻り (1M)
・問いを編集し直し (2E)
・構造仮説を更新し (3L)
・再び実践する (4D)

このたMELDの循環の中で、不在は徐々に具体的な設計対象へと変わっていくのだ。

イノベーションとは、ひらめきの瞬間ではなく、不在に問い続け、構造に働きかけ続けるダイナミックな往復運動なのである。


次章では、この視点が具体的なイノベーション事例の中でどのように現れているのかを見ていこう。
技術やサービスの裏側で、どのような「不在」への問いと構造設計が行われていたのかを、実例を通じて明らかにしていきたい。


第4章 「不在」から立ち上がったイノベーション― 構造が変わったとき、経験はどう変わったのか

ここまで見てきたように、イノベーションを「不在」から捉えるとは、単なるニーズや技術の組み合わせではない。ある可能性を発現させる構造が、まだ成立していなかった状態に目を向けることである。

その際に決定的な役割を果たすのが、現象の背後にある生成メカニズムを仮説的に構想するアブダクションである。

本章では、実際のイノベーション事例を通じて、

・どのような経験が立ち現れていたのか
・どのような構造がその経験を生み出していたのか
・どのようなアブダクションが働いたのか
・何が「不在」だったのか
・どの構造が設計し直されたのか

を読み解いていく。


Uber

― 「移動をシェアする」という構造の不在

■経験の領域

かつて多くの都市で、「移動」は次のような経験だった。

・タクシーは捕まりにくい
・料金は不透明
・運転手の質にばらつきがある
・自家用車を持たないと移動の自由度が低い

ここには確かに多くの「不便」や「不満」があった。しかし、それらは既存交通サービスの改良対象として扱われることがほとんどだった。


■現実の領域

一方で現実には、

・都市部にはアイドル時間を抱えたドライバーが多数存在し
・スマートフォンが急速に普及し
・GPSやオンライン決済のインフラが整い始めていた

という状況があった。

つまり、移動の需給をリアルタイムで接続できる条件は、部分的にはすでに現れていたのである。


■ここで働いたアブダクション

重要なのは、Uberが単に「タクシーが不便だ」という帰納に留まらなかった点である。

むしろ暗黙に次のようなアブダクティブな問いが立っていたと考えられる。

・もし都市に遊休ドライバーとスマートフォン基盤が存在しているのに
・移動の即時最適化が起きていないとすれば、
・どの生成メカニズムが欠けているのか?

ここで浮かび上がったのが、信頼・マッチング・決済を統合するプラットフォーム構造の不在であった。


■実在の領域と「不在」

不在だったのは次の構造である。

・見知らぬ個人同士が安全に取引できる信頼インフラ
・需要と供給を即時にマッチングするプラットフォーム
・移動を「所有」ではなく「アクセス」として捉える文化的枠組み

Uberは、単に配車を便利にしたのではない。
「移動を所有する構造」から
「移動にアクセスする構造」へ
という社会的前提そのものを設計し直したのである。


エアークローゼット

― 日常服を「買う」しかなかった構造

■経験の領域

多くの人が日常的に感じていたのは、

・毎日着る服に悩む
・クローゼットはいっぱいなのに着る服がない
・買ってもすぐ飽きる

という体験だった。

これは典型的な「顧客の不」として語ることもできる。しかし、エアークローゼットが向き合ったのは、それだけではない。


■現実の領域

現実には、

・アパレルの大量生産・大量廃棄構造
・低稼働の衣服資産
・スタイリング知識の偏在

が存在していた。

つまり社会全体では「服は余っている」にもかかわらず、個人の経験としては「満足な装いが難しい」という逆説的状態が生じていたのである。


■ここで働いたアブダクション

エアークローゼットの核心的洞察は、単なるニーズ把握ではなく、次のような問いにあったと考えられる。

・これほど衣服資産が過剰に存在しているのに、
・日常的な装い満足が生まれていないとすれば、
・どの生成メカニズムが欠けているのか?

ここで見抜かれたのは、「服の問題」ではなく、スタイリング・在庫・物流が分断された構造そのものだった。


■実在の領域と「不在」

不在だったのは、従来指摘されてきた次の点に加えて、

・日常ファッションをサブスクリプションで利用する文化
・スタイリングと物流を統合したオペレーション構造
・“所有”から“循環”へと移行する価値観

さらに決定的だったのが、
日常衣服を前提に、
「大量かつ高頻度の出し入れ」を成立させる物流管理システム
の不在である。

衣服レンタル自体は従来から存在していた。しかしそれは、礼服や特別用途といった低頻度・単発利用モデルに最適化された物流だった。

エアークローゼットが直面した本質的課題は、
日常使いレベルの回転頻度で、
個別スタイリングと在庫循環を両立できるか

という、きわめてオペレーション集約的な構造問題だったのである。


■構造の再設計

エアークローゼットは、単に服をレンタルするサービスを作ったのではない。

・スタイリング知
・在庫配置
・個別配送
・回収・再循環

を一体化した運用基盤を設計することで、
「日常服は買うもの」という構造の外側に、現実的に機能する別解
を社会に実装したのである。


コニカミノルタ AccurioDX

― 印刷は“大量複製”という前提の固定

これは筆者の実体験に基づく事例である。

■経験の領域

印刷業界で広く経験されていたのは、

・印刷需要の減少
・価格競争の激化
・付加価値の見えにくさ

という状況だった。

一方、マーケティング側では、

・顧客一人ひとりに合わせたコミュニケーション
・データドリブン施策

の重要性が高まっていた。


■現実の領域

技術的にはすでに、

・データ活用基盤
・デジタル印刷技術
・可変印刷の可能性

は存在していた。
それでも「印刷による1to1マーケティング」は広く社会実装されていなかった。


■ここで働いたアブダクション

ここで立ち上がった問いは、次の様な形だ。

・技術的可能性が存在しているにもかかわらず、
・なぜ印刷は1to1文脈で使われていないのか?

この問いは、「技術が足りない」「ニーズがない」という帰納的説明を退け、生成メカニズムへと視線を移している。


■実在の領域と「不在」

不在だったのは以下の点だ。

・印刷会社側にとって1to1施策が収益的に成立する構造
・発注者側が印刷を“個別最適化が可能なメディア”として捉える認知枠組み
・データと印刷を接続する運用プロセス
・市場においてこれらを駆動する推進ドライバー

AccurioDXは単なる印刷機ではない。印刷業界のビジネスモデルと、マーケティング側の価値認識のあいだに横たわっていた構造的不在を接続する装置だったのである。

本事例が先の二つの事例と異なるのは、企業内の新規事業であるがゆえに「組織構造として、どの様な”不在”により、これまでこの様な営みが結実しなかったのか?」といった問いがあることだ。実際に、これをクリアし、更には、業界のエコシステムレベルの不在を想起し、それらを実在化する営みの中で、本事業はたち現れていったのである。

AccurioDXについてはこちらもご参照ください


事例に共通すること

これら三つの事例に共通するのは、次の点である。

・表層の不便や不満の最適化に留まらなかった
・未来像の提示だけで終わらなかった
・「なぜそれがまだ存在しないのか」という問いを保持し続けた
・技術ではなく生成メカニズムにアブダクティブに迫った

そして最終的に彼らが行ったのは、新しいプロダクトの開発というより、
新しい経験が自然に立ち上がる構造の設計
という、ある意味でのエコシステムレベルでの構想だった。

イノベーションとは、「何を作るか」ではなく、
どの生成メカニズムを現実化させるか
の問題なのである。


次章では、この構造設計を実践として回し続けるために、個人や組織がどのような態度と能力を育む必要があるのかを考えていく。


第5章 不在に向き合い続ける人と組織― イノベーションを可能にする態度と能力

ここまで見てきたように、「不在」から始めるイノベーションとは、単なる発想法でも分析手法でもない。それは、世界の見方そのものの転換であり、同時に、実践を支える態度と能力の問題である。

とりわけ重要になるのが、観察された現象の背後にある生成メカニズムを仮説的に構想する力——すなわちアブダクションである。不在を手がかりに構造へ働きかけ続けるとは、このアブダクティブな往復運動を、個人と組織の営みとして持続させることに他ならない。

本章では、そのためにどのような在り方が求められるのかを整理する。


不在に気づける人の特徴― 「違和感」を捨てない身体知

「不在」は、最初から理論として見えるものではない。多くの場合、それは違和感として現れる。

・なぜ、これが当たり前なのだろう
・どうして、こうする以外の選択肢がないのだろう
・もっと自然なやり方があるのではないか

この違和感は、データよりも先に、身体に立ち上がる。
しかし多くの組織では、この違和感はすぐに処理されてしまう。

・前例がないから
・それは難しいから
・まずは目の前の数字を

こうして違和感は、合理性の名のもとに消されていく。
不在から始めるイノベーションにおいて最初に重要なのは、違和感を未解決のまま保持できる感受性である。これは才能というより、態度に近い。

ここで鍵になるのが、スコトーマ(認知的盲点)への自覚である。自分が何を見落としやすいのか、どのフレームで世界を切り取りがちなのかに気づき続けること。そして、思考法やフレームワークを身体知化し、必要に応じて知覚のセンサーを拡張できる状態を保つこと。

これによって1Eでの豊かな気づきにつながるのだ。

そして、そこからさらに重要なのは、それらを単なる知識や情報として扱うのではなく、「問い」として違和感を手放さずに保持し続ける思考体力と自分ごと化である。


すぐに解決しない力― 問いを育てるという仕事

不在に気づいた瞬間、人はすぐに解決策を考えたくなる。しかし多くの場合、その段階で出てくる解は、既存構造の延長線上にある。

バスカーは「顧客がこう言っている(経験)」や「データがこう示している(現実)」のような経験・現実レイヤーでの認識を「真の実在」だと思い込むことの危険性を「認識論的誤謬」として警戒している。

不在に向き合う実践において重要なのは、解決に飛びつくことよりも、問いの解像度と射程を拡張し続けることである。

・これはどんな文脈で起きているのか
・誰にどんな影響を与えているのか
・本来どんな状態があり得るのか
・他にどんな読み方が可能なのか

ここで試されているのは、単なる分析力ではない。一つの事象から複数の意味可能性を立ち上げる文脈多義力である。

これにより、1Eでの気付きを2Eの文脈で深層まで深堀りしたり、水平展開したりする土壌が大きく開かれる。

問いを育てるとは、問題を「小さくまとめる」ことではない。むしろ、構造の輪郭が見え始めるところまで、意図的に意味の分岐を保ち続けることである。

このプロセスは時間がかかり、効率が悪く見える。しかしここを飛ばすと、イノベーションは既存均衡の内部最適化、すなわち「改善」で終わる。

ネガティブ・ケイパビリティがここで重要になるのは、まさにこの保留の持続のためである。「即断即決」を美徳とする既存ビジネスの論理から、どこまでアンラーニングできるかが、大きな分岐点となる。


構造を考える思考体力― 部分最適の誘惑に抗う

不在は、ほとんどの場合、単一の原因によって生まれているわけではない。

・ビジネスモデル
・組織の評価制度
・業界慣行
・法制度や文化

複数の構造が絡み合いながら、ある状態を再生産している。
ここで必要になるのが、全体性を扱う思考体力である。ただしこれは、すべてを完璧に理解する能力ではない。

むしろ、
部分的な理解しかできないと自覚しながら、
それでも生成メカニズムを仮説的に構想し続ける姿勢
のことである。

ここで決定的に重要になるのが、アブダクションである。すなわち、
この現象が持続的に生じているとすれば、
世界はどのような構造を持っていなければならないのか

と問い返す思考である。

これは先に触れた通り、とりわけ3Lにおける、不在を構造的理解の深層へと接続する時に必要な思考法となる。

システム思考やビジネスモデル・キャンバス等のフレームワークは有力な補助線となる。ただし、それらを「正解の図」として扱った瞬間、思考は既存の境界の内部に閉じる。

重要なのは、それらを構造仮説を仮置きするためのスケッチとして使い、常に複数の生成仮説を並置し続けることである。


実践に戻り続ける勇気― 思索と行為の往復運動

不在を考え、構造を仮説として描いたとしても、それはあくまで仮説にすぎない。最終的に必要なのは、再び世界に働きかけることである。まさに先述したDIY的実践だ。

・小さな実験
・小さな逸脱
・小さな試行

これらは単なる仮説の当否判定ではない。生成メカニズムへの小さな介入である。

ここで問われるのは、

・構造はどこまで動くのか
・どの抵抗が強いのか
・何が想定外だったのか
・どの不在が実際に揺らいだのか

である。

このプロセスは直線的ではない。
むしろ、
違和感 → 問い → 構造仮説 → 実践 → 新たな違和感
という循環運動として進む。
※これが、先に見たMELDの各フェーズと対応する。

このとき生じるピボットも、単なる失敗後の方向転換ではない。
世界の生成メカニズムに関する理解が更新された結果としての軌道修正
として捉え直される必要がある。

構造が変化したときに新しい性質が生まれることをバスカーは「創発」と呼んでいる。
イノベーションとは、完成形を目指すプロジェクトというより、「創発が営まれているか」を糸口にした、構造に対する長期的な関与のプロセスなのである。


組織にとっての意味― 不在を語れる場はあるか

最後に、組織という観点から考えてみたい。
多くの組織は、「今ある課題」には対応できる。しかし、「まだ存在していないものが、なぜ存在していないのか」という問いには慣れていない。

なぜならその問いは、

・責任の所在を曖昧にし
・短期成果に結びつきにくく
・既存の評価制度と相性が悪い

からである。

だからこそ重要なのは、不在と仮説を安心して持ち寄れる場の存在である。

そこでは、

・すぐに結論を出さなくてよい
・違和感を未整理のまま持ち寄ってよい
・複数の構造仮説を並べてもよい
・小さな逸脱を試してよい

という文化が守られている必要がある。

イノベーションは、優れたアイデアの問題である前に、どの水準のアブダクションを組織として許容できるかの問題なのである。

激しく変化するビジネス環境に対応し、企業が自らの組織や資源を再構成して競争優位を確立・維持するダイナミック・ケイパビリティと呼ばれる組織の能力概念がある。

「組織としての不在」を受け止め、それを実現する構造を新たに出現させることこそが、このダイナミック・ケイパビリティの本質であるとも言えるだろう。


不在から始めるイノベーションとは、世界を「問題だらけ」と見ることでも、「理想が足りない」と嘆くことでもない。

すでに存在し得る可能性が、どの構造によって現れていないのかを問い続け、その生成メカニズムに実践的に働きかけ続ける態度そのものである。

それは楽な道ではない。しかしその問いを手放さない人と組織こそが、結果として、まだ見ぬ現実を世界に呼び込むのだと思う。


おわりに― イノベーションとは「発明」ではなく「解放」である

本稿では、「不在」からイノベーションを捉え直すという視点を手がかりに、ロイ・バスカーの批判的実在論、とりわけ弁証法的批判的実在論の思想を、実践の文脈に引き寄せながら読み解いてきた。

私たちが普段「現実」と呼んでいるものは、実在のごく一部にすぎない。その背後には、出来事を生み出している生成メカニズムがあり、さらにその構造は固定されたものではなく、歴史的に維持され、ときに更新され得るものである。

この見方に立ったとき、イノベーションの意味は大きく変わる。

それはもはや、新しいアイデアを思いつくことでも、画期的な技術を発明することでも、顧客ニーズを巧みに満たすことでもない。

イノベーションとは、まだ現れていない可能性を、現実の側へと解放していく営みなのである。


「できていない」ではなく、「現れていない」

私たちはしばしば、世界を「不足」や「問題」の集合として捉える。

・人が足りない
・お金が足りない
・時間が足りない
・スキルが足りない

しかし「不在」という視点は、これとは異なる問いを投げかける。

それは、
「なぜそれができていないのか」ではなく、
「なぜそれがまだ現れていないのか」
という問いである。

この問いの転換は、人間観そのものを変える。

人や社会を「欠けた存在」としてではなく、本来は別様の可能性を持ちながら、特定の生成メカニズムのもとで十分に発現していない状態として捉えることになるからである。

ここには、単なる楽観とは異なる、静かながらも実践的な希望が含まれている。


構造を責めるためではなく、動かすために

構造に目を向けるというと、責任を曖昧にする態度だと受け取られることがある。しかし批判的実在論が示唆しているのは、その逆である。

構造は確かに強力である。私たちの行動や選択は、常に何らかの生成メカニズムのもとに位置づけられている。しかし同時に、構造は人々の実践によって再生産され、ときに更新される開放的な過程でもある。

私たちは構造の産物であると同時に、構造に小さな差異を刻み込み得る存在でもある。この両義性を引き受けること。

それこそが、「不在」から始めるイノベーションの倫理である。


不在を見ることは、生成メカニズムを問うことである

まだ存在していないものに目を向けることは、しばしば空想や理想論と混同される。しかし「不在」に目を向けるとは、単に未来を夢見ることではない。

それは、すでにこの世界の中に萌芽として存在している可能性が、どの生成メカニズムによって発現を抑制されているのかを、アブダクティブに問い続けることである。言い換えれば、不在とは現実から遊離した空想ではなく、現実の中に埋もれている可能性の痕跡である。

その痕跡に気づき、問いを保持し、仮説を立て、小さな介入を通じて構造の可塑性を確かめ続ける。この往復運動こそが、弁証法的批判的実在論が示唆する実践のかたちであり、同時にイノベーションの実相なのである。


世界を少し広げるという仕事

イノベーションは、世界を一変させる劇的な出来事として語られがちである。しかし「不在」というレンズを通して見ると、それはむしろ地道な営みに見えてくる。

・違和感を捨てず、
・問いを急いで閉じず、
・生成メカニズムを仮説として描き、
・小さな実践を重ね続ける。

そうした営みの累積によって、「当たり前だった現実」の外側に、少しずつ別の現実が開かれていく。

イノベーションとは、世界を一挙に作り直すことではない。
世界の取り得る姿を、持続的な実践を通じて拡張していくことである。


ロイ・バスカーがひらいた地平

本稿で見てきたように、ロイ・バスカーの思想は、直接的にイノベーション論として提示されたものではない。彼の関心は、あくまで科学哲学、社会存在論、そして人間解放の条件に向けられていた。

しかし、その理論的射程は、現代のイノベーション実践に対して極めて豊かな示唆を与えている。

第一に、バスカーは、経験やデータの背後にある生成メカニズムへの視線を回復させた。これにより、イノベーションを表層的なニーズ充足や技術導入の問題としてではなく、どの構造がどの現実を再生産しているのかを問う営みとして再定義する道が開かれた。

第二に、弁証法的批判的実在論において彼が中心化した「不在」の概念は、イノベーションを単なる付加的創造ではなく、有害な制約や欠如を解除していく解放的実践として捉える理論的基盤を提供している。

第三に、MELD(1M–4Dの運動)として示された認識と実践の循環は、アブダクションによる構造仮説の生成と、小さな介入を通じた実在的検証とを往復させる、きわめて現代的なイノベーション・プロセスの骨格として読み替えることができる。

この意味において、バスカーの思想は、いまだイノベーション研究において十分に掘り起こされているとは言い難い、豊かな未踏領域を残している。
今後の可能性として、少なくとも次のような探究の方向が開かれているだろう。

・アブダクションを中核に据えたイノベーション方法論の精緻化
・「不在の不在化(absenting the absences)」としての事業開発理論
・開放系社会におけるスケールの生成メカニズムの再定義
・個人・組織・制度を横断する変革実践の統合理論

もしイノベーションを、「まだ存在していない現実を呼び込む営み」として捉えるのであれば、バスカーの理論は、単なる哲学的参照点にとどまらない。それは、実務と理論を往復し続けるための、強力な思考インフラになり得る。


まだ存在していないものに目を向け続けることは、ときに孤独な営みである。

社会的存在論の探究に端を発し、批判的実在論から弁証法的批判的実在論へと歩みを止めずに思索を深め続けたロイ・バスカーもまた、そのような孤独な営みの最前線に立っていたのであろう。

しかしその視線は、常に未来と接続していたはずだ。

「なぜ、それはいまだに不在なのか。」

”この問いの不在”を不在化せんとする個人と組織が増えること。

それこそが、次のイノベーションを生み出す、最も確かな土壌であると私は考えている。


最後までお読み頂きありがとうございました☆

◆◆続編となる記事が公開されました


◆◆主要な参考文献


◆◆ロイ・バスカー関連記事

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