最近のミヨ子さん 転院①

 鹿児島の農村で昭和5(1930)年に生まれたミヨ子さん(母)の来し方を中心に庶民の暮らしぶりを、その後明治生まれのミヨ子さんの舅・吉太郎さん(祖父)の物語を綴ってきた。合間にミヨ子さんの近況などを挟んだりして、吉太郎さんの物語はなかなか進まない。今回もミヨ子さんの近況についてである。

 昨(2024)年6月末に施設(グループホーム)に入所したミヨ子さんは年末近くに体調を崩した。鹿児島市立病院へ緊急搬送されそのまま年を越し(「最近のミヨ子さん」体調異変体調異変、その後脱水症状退院の先には?)、年明け後も入院が続いていた(まだ入院中)。

 その後成人の日の連休を前に、施設入所まで同居していた息子のカズアキさん(兄)夫婦から連絡をもらった。連休明けの1月14日(火)に、カズアキさん宅近くの病院に転院するという。

 昨夏も入院していた市立病院から地域の病院へ転院したが、そのとき同様ベッドのまま福祉タクシーで移動するらしい。同乗が必要なのでカズアキさんが半休をとってつきそうとも言っている。もちろんそれぞれの病院での手続きも必要だから、お嫁さん(義姉)は別途病院を「ハシゴ」してくれる。

 当日はミヨ子さんの状況を逐次把握できるようにメッセージアプリを常時開いておいた。連休明け、早朝鹿児島市街地へ向かう道路は渋滞したらしい。退院でも待たされることを心配していたが、10時くらいには福祉タクシーで地域の病院へ到着したようだ。

 カズアキさんには、撮れるようなら写真を送ってほしいと事前に伝えてあった。タクシー内のベッドに仰向けに横たわるミヨ子さんの姿と顔が送られてきた。マスクが大きくて表情はほとんどわからない。
「声をかけても理解できない感じだし、話すことも意味がよくわからない」
と付け加えてあった。

 そうか……。

 午後、入院手続きまで終えたお嫁さんからメッセージが届く。
・認知機能の低下が進んでいるようで、看護師とのやりとりもうまくできないようだ。
・看護師から、現状は要介護3か4程度、そうなると特別養護老人ホーム入所への優先度も上がるのでは? と言われた。近く再認定の申請をする。
・(追加の)毛布が必要と言われて病院へ持って行った。
・上の入れ歯が落ちてうまく食べられない、入れ歯安定剤がほしいと病院から言われたので、買って試してもらうつもり。
――といった内容。

 ミヨ子さんの状態で(まだ)要介護2なのには若干驚いたが、ほとんど動けず話せない状態でも3か4というのも意外だった。勉強し直さなければ。ともかく、再審査して要介護度を上げてもらえたら、いろいろな意味で選択肢が増えるだろう。

 ただ、それがミヨ子さん自身にとって望ましい、というか本人が望むことなのかはまったくわからない。なにぶん意思疎通がほぼできないからだ。そして娘のわたしはさらに、誰かを介してでしか母親の様子を窺い知ることはできない。

 ミヨ子さんは、名実ともにカーテンの向こう側にいる。(転院②へ続く)


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