文字を持たなかった昭和 帰省余話(2024秋 29) 施設での面会① せめてもの
昭和5(1930)年生まれで、今(2024)年6月末から介護施設入所中のミヨ子さん(母)の様子を見に、この秋帰省した。その中の一日を使い郷里へ連れて行ったお話は6~25に綴った。施設(グループホーム)については26~28で記しておいた。帰省関連だけで相当書いてしまったわけだが、面会についても少し書き残しておきたいと思う。
「26 グループホーム① 概要」で触れたとおり、入居者一人につき面会は1日1回、30分程度というルールのようだ。1回の面会人数の規定はわからないが、入居者の居室(個室)に入れるのはせいぜい2人程度なので、そのあたりが暗黙のルールになっているかもしれない。
わたしは帰省中ほぼ毎日、基本的に一人で面会に行った。一人でというのには、もちろん母子の会話をしたかったからだ。時間帯は、食事や入浴などの時間を外して考えた。最初の面会は外出の翌々日で、ミヨ子さんを施設へ送り届けたあと予告し、その後も面会から帰るとき次回を予告する、というやりかたを取った。
面会にはちょっとした差し入れを持って行く。持込可能らしいことは、以前息子のカズアキさん(兄)やお嫁さんが面会の様子を送ってくれた動画で知った。共有スペースでほかの入居者の前で食べてもらうわけにいかないし、個室に食べ物は置いておけないから、「その場で」食べてもらうしかないのだ。
栄養の摂取や飲食行為の管理に厳しい施設なら、面会時の飲食も制限されるのかもしれないがこの施設はその面でも「緩い」ようで、家族にとって助かるし、ミヨ子さんもうれしいだろうと思う。
差し入れは、直前に行った屋久島のお土産だったり、前もって用意してあったミヨ子さんが好きそうなお菓子だったり。ただ、1回に食べられる量となると個包装で2つ、多くて3つ程度だ。カズアキさんたちが送ってくれる面会時の動画を見ていて、飲み物もあればもっといいのに、と思っていたから、できるだけ施設に近い自販機で温かいお茶も買って行った。短い面会時間、せめてもの気遣いのつもりで。
施設に着きインターホンを押す。玄関は中からしか開かない仕組みだ。(一応)面会者名簿に記帳して中に入ると、ミヨ子さんはだいたい食堂を兼ねるホールのテーブルに着いていた。トイレと入浴、睡眠以外の時間は基本的にここに「いる」ことになっているようだ。職員さんが「娘さんですよ」と促し、車椅子のミヨ子さんを個室へ運ぶ。わたしがその後から個室に入ると、ドアを閉めてくれる、という感じだった。
個室ではまず差し入れを食べてもらい、まだ温かいお茶を飲んでもらう。たいていのものは「おいしい」と食べてくれる。とくに甘いものには目がない。「砂糖が効いている」はミヨ子さんの褒め言葉だ。
ミヨ子さんとの会話は、とりとめがない。時系列の認識があやふやだから、たとえば直前に郷里まで行ったときのことを思い出せない。帰省のついでに屋久島に寄ったことは外出のとき伝えたが、それもゼロから話して、屋久島のお土産を出してみせる、という感じだ。
興が乗れば、と言っていいのか、話すうちに記憶がひも解かれるのだろう、関連する話をとめどなく続けることもある。わたしは適当に相槌を打つ。出てくる地名や人名はほとんどわかるから、イメージもかなり共有できているはずだ。ただし、すべてが「起こったこと」とは限らず、ミヨ子さんの思い込みや想像が入っている場合もあるだろう。そこも含めて、言い方は悪いが「話を合わせてあげる」。
かと思うと、ふっつり話さなくなることもある。そういう時は、「ご飯はおいしい?」「寒くない?」と尋ねる。自分でも気が利かないなぁと情けなくなる。(「施設での面会②」へ続く)
