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文字を持たなかった昭和 帰省余話(2024秋 23) お墓参り①

 昭和5(1930)年生まれで介護施設入所中のミヨ子さん(母)の様子を見に帰省し、郷里へ連れて行ったお話である。入所後初めて施設(グループホーム)で再会し、車椅子も車に積んでふるさとへ。予定より遅れ順番待ちになった昼食やっと始まるも、ミヨ子さんが食べる速さは格段に落ちていて時間はどんどん押す。食後、菩提寺のお墓(納骨堂)では車の中からお参りししてもらって先を急ぎ、ようやくわが家の跡に着く。懐かしい風景の中で、屋久島在住のミヨ子さんの妹(叔母)から預かったドラゴンフルーツなどを食べてもらった。

 ミヨ子さんが60年以上共にしたこの景色をゆっくり味わってもらうべきだったのだろうが、わたしにはどうしても連れて行ってあげたい場所があった。それはミヨ子さんの両親やきょうだいたちが眠るお墓である。ミヨ子さんの実家は同じ集落にあったためお墓もすぐ近くなのだ。わが家のお墓も以前はここにあったが、菩提寺が納骨堂を建立するときそちらに移した経緯がある。

 墓地はわが家(があった場所)から歩いて5分もかからない距離だが、小高い丘の上にある。
「お墓参りはちょっと無理なんじゃない? もう時間もないよ」
ドライバー兼運搬係のツレが囁く。たしかに1時40分を回っている。しかしわたしはちょっと意地になっていた。「お母さん、ハツノばあちゃんたちのお墓に行くよ」と告げ車椅子を推し始めた。

 介護施設の備品である車椅子は大きくて重い。加えて土の庭に車輪がめり込んで押しにくい。やっと木戸口を出ると、舗装されてはいるがゆるい上り坂だ。わたしはひたすら車椅子を推す。すぐのはずなのに時間がかかる。ミヨ子さんに声をかける余裕はない。

 最後のアプローチはやや急な坂だ。頭上に掛かる木々から落ちた小枝や枯れ葉が散乱し、車椅子が滑りそうだ。ここで滑ったら車椅子ごと後ろにこけるだろう。緊張する。「あらあら、枝がいっぱい落ちて。掃除もしてないのね…」とミヨ子さんが呟くが、わたしは息が上がって返事できない。

 やっと墓地に着いた。幸いお墓は墓地のほぼ入口にある。お墓の石段ぎりぎりのところに車椅子を停め、このために用意したお線香に火をつけて、形だけでもミヨ子さんに持ってもらおうとした。
「ばあちゃんたちのお墓だよ」

 ミヨ子さんはもじもじして、手を出そうとしない。
「ばあちゃん、お母さんを連れてきたよ。――お線香はわたしが上げるから、お参りして」
さらに声をかけて、火のついたお線香をそっと線香立てに寝かせる。この辺りはお線香を寝かせる習慣だ。ちょっと奮発したお線香のいい香りが漂うが、ミヨ子さんは服のボタンを触ったり、ズボンを引っぱり上げてみたりで顔を上げない。まるで、初めて会う人の前でもじもじする子供みたいだ。

 もう時間がない。わたしは思わず声を高くした。
「お参りだけでもしてよ。もうここのお墓には連れて来られないよ」。――本音でもあった。
「ないごて?」(なんで?)。ミヨ子さんは相変わらず服をいじりながら、しかしこちらを見て強く言った。なんで、って、もうお母さんは動けないじゃん。今日だってこんなに大変なのに。わたしは泣きそうな気分だ。

 結局ミヨ子さんは、お墓に手を合わせることはなかった。あとから追いついたツレが撮ってくれた写真ではお墓参りしているふうに見えるのが、ほっとするような皮肉なような。(お墓参り②へ続く)

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