#278 【創作大賞】フード部門への挑戦
コロナ渦が私にもたらしたのは、会ったことのない人との繋がりを求めたことでした。
人との交流をZoomという画面上で持てたことで、地理的に遠いも近いも関係がなくなったのはイギリスに居る私にとっては画期的なことでした。
それは2020年の11月ごろの話です。日本の方が主催するオンラインサロンに出会い、 自力でkindle出版するサポートを受けることになりました。
『自分の本を出す』ことは、自分のコンテンツを世に発信したい人にとっての、ひとつの手段でした。特別なことでなくてもいい、いわば自己実現のことだと理解しました。文章力よりも、セルフプロデュースや、セルフブランディングの手段としての挑戦に、主催者さんの意図がありました。
突然降ってきたような話だったにもかかわらず、本を書くと決めたら想いがどんどん湧いてきました。長い間日本語で文章を書いてこなかった自分にとって、書きたい気持ちは堰を切ったようです。グループ内で一番に34,000字程度の下書きができました。
サロン内で、そして何人かの友人・知人が読み、概ねは面白かったと言ってくださいました。
そんな中、イギリスで同じように長年暮らす一人の友人から「ちょっとイギリスに対してネガティヴすぎない?あなたはそれでいいの?」と言われました。
私の家族は日本語が読めないイギリス人の夫と、読めるけれど膨大な努力を要する子ども達です。彼らは誰も私の文章を読んでいなかったのに、その人ひとりの話に影響されてしまいます。『妻 (母) が書いた自身の半生がどうやらネガティヴなものらしいが‥‥』と不安感を持ったようでしたした。
決してネガティヴではない、問題提起だと言いたかったけれど、なんだかわかる気もしたのです。
精神的に辛かった日々、職場でもいろいろあり、私には被害者意識のようなものも自己憐憫もあった。こんなはずじゃなかったのはイギリスのせいだと思いたかった。溢れそうな思いの丈を初めて日本語で文章にした時、光よりも闇が大きくなってしまったのかもしれません。
家族、特に子ども達は、私がどうしても書きたいことなら止める理由はないけれど、話の中に出てくるのが自分のことだと認識されるのは本意でない、と言いました。最近のインターネットの怖さについても説教をされ、プライバシーをきちんと分けて発表するようにと諭されました。
今なら、家族の賢明さに感謝できますが、あの時は自分の想いを一番わかってほしい人達から『出端をくじかれた』ように感じ、一気に意気阻喪してしまいました。
なんのために書きたいのかわからなくなりました。
オンラインサロンでのサポート体制はあったけれど、そもそも書いた先にプロデュースしたい『自分』がわからないのです。むしろ子ども達が危惧するのなら、もう辞めようと思いました。どこまで行っても自分は腹が据わっていないのだと思います。結局、私ひとりが脱落し、執筆の場をnoteに求めました。2021年3月のことです。
一冊の本にならなかった想いはひとまず仕舞いこみました。
他のメンバー達は次々にKindle本を発表していく中、私は亀のペースでnoteだけを続けてきました。
おかげさまで四年、noteを通してはかり知れないほどの学びがありました。これほど世の中に素晴らしい書き手さんがいることを知ってしまって、あのむきだしの感情を本にしなくて本当に良かった、と安堵しています。
私は今、子育てが終わりを迎えたこの場所にいます。
自分というものさえ不確かな中、ずっと模索の海を進んできました。がむしゃらに手足を振り回しても、前に進んでもいない日もあったでしょう。自分でボートを漕いだ日、スピードボートに引いてもらった日。追い風の時、向かい風の時。夫と子どもたちもそれぞれが模索しながら共に泳いだり漕いだりしてきました。
胸が張り裂けそうなこと、心が躍り出すほどの誇らしさ、理不尽さに震えた日、そしてこども達への懺悔‥‥子育ての記録は、言葉にし難い様々な気持ちの狭間で大きく揺れてきましたが、どれだけ違う立場と背景から学べたかという大きな感謝もあります。
そんな軌跡を、いい加減言葉にしてみたいのです。
自分事にお付き合いいただいて申し訳ないですが、これだけの年月私を動かしてきたことを言葉にしてひとつの決着をつけたいと思いました。
満を持して、創作大賞2025に挑戦します。
応募作品として、創作大賞へのリスペクトを込めて、一連の記事には普段私が付けている通し番号 (#) をつけていません。タイトルに反映していませんが、拙稿の、#279 から #283 に当たる扱いといたします。
食べることからしか語れない内容となっており、フード部門へフードエッセイとして応募させていただきます。
エッセイ内容は以下です。
【おむすびはもう隠さない】 ~アイデンティティは食から生まれた~
はじめに
その1 おむすびが結んだ家族の絆
外食に代わるもの
日本人の私が誇るもの
海苔愛を語る
コメは文化
その2 おむすびの葛藤
長女の場合
長男の場合
次男の場合
その3 イギリスでの食事情
国民食は何?
SUSHI の存在
泣くほど悲しい時はある
工夫する生活
その4 子ども達が学んだ食との向き合い方
娘持参のお弁当
どこへ行っても食が繋げてくれた
一粒の米を通して
おむすびが呼吸するために
その5 母がくれたものを繋いでいく
人は台所から育つ
食を分かち合うことができなければ‥‥
母を超えていく息子
母がやらずにはいられないこと
そして私も母
おわりに
知らないはずの誰かを、文章を通してものすごく知っている気持ちになることがあります。
私の書いた文面から、同じように私という人間がものすごく解るし、仲良くなれそうだと感じる方がどこかにいてくださることを願っています。
一作品を五記事に分けて投稿します。
すべてお読みいただけるととても嬉しいです。
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