スキをくれたあなたへ。スキをもらって気づいた、完璧を守るより「壊す勇気」が必要だった|制作ログ⑥
スキ、フォロー、コメントをくれたあなたへ。ありがとうございます!
昨日、noteで初めて「うれしいお知らせです!」の通知を受け取りました。
スキやフォロー、コメントをくださったあなたへ。
そして、素敵な記事を読ませてくれた、すべてのnoteの作者の皆さんへ。
本当にありがとうございます。
この1か月、noteで記事を書きながら、自分の中で大きな変化が起きていました。それは、「完璧主義者」の私が、やっと動き出せたということです。

出版社に送った企画書と、今の私
実は今、出版社に送った企画書の返事を待っています。
あと約1週間。
それまでに連絡がなければ、第2希望の出版社に応募しようと思っていました。 ここ数日、ずっとそう考えていました。
一瞬、出版社からメールが届いて心臓が高鳴りましたが、
応募後初めて届いたメルマガでした(笑)
そして同時に、こう考えていました。
「企画書が通らないなら、修正すべきじゃないのか?」
送った企画書は、思う存分に自分のやりたいことを詰め込んで、形に整えた「処女作」でした。
あの時は、あれが自分の中で最高の出来だったんです。
企画書というものを、初めて最後まで完成させて、出版社に送った。
完璧主義者にとって、それだけでも大きな一歩でした。
AIから見たら、私はずっと「未完の人」だった
最近、ネットで「いい人フィルターを剥がしてAIに問いを立てる」という方法を見かけました。
試しに、自分自身と企画書について、AIに問いかけてみたんです。
AIの返信を読んだ感想は、
「そうじゃなくて」と反論したり、「まぁそうかな」と納得したり。
AIに共有していない情報も多かったから、完全には刺さらなかった部分もありました。
でも反論したくなる指摘もありました。
AIからもらったアイディアを採用して完成させても、
その後の結果なんて報告しない。
だって、AIは上司じゃないから。
そうすると「やりかけばかり」「アウトプットが少ない」「手を広げ過ぎ」って指摘される。
これ、AIあるあるだと思うんです。みなさんはどうですか⁈
成功した時に「できました!」って報告する人、どれくらいいるんでしょう?
失敗したら修正や別案の相談でやり取りが続くけど、
うまくいったらそこで会話が終わる。
だから、AIから見たら私は「未完の人」なんですよね。

Geminiに企画書をバッサリ斬られた。痛いけど、正しかった
でも、企画書については、別でした。
特にGeminiの「いい人フィルター」を剥がした姿は、ChatGPTよりもはるかに辛辣でした。
「知らない人が号泣した話は、読者には必要ない」
「立ち読みで離脱する内容になっている」
「あなたの涙のエピソードは、共感を呼ぶかもしれませんが、再現性を保証しません」
さらに追い打ちをかけるように、こう続けました。
「『私』を出しすぎています。
無名著者の『自分語り』は、読者が最も読み飛ばすパートです」
痛い。痛すぎる。でも、的確すぎて反論できない。
いや待って、号泣までは再現しようとしてない!
……と思ったけど、やっぱり反論できない。
ChatGPTとは何度も話し合って、丁寧に配慮を重ねた「安全ライン」についても、Geminiは容赦なくぶった切ります。
「『医療目的ではない』『専門家の監修』……防御線ばかり張って、
この本は自信を持って解決策を提示しませんというサインです」
「それこそが、あなたが克服しようとしている『悪い完璧主義』そのもの。この本自体が、完璧主義のブレーキに足を取られています」
もう、笑うしかありませんでした(笑)
実は今、Geminiには課金していないんです。
最近Google連携が便利すぎて課金を考えていますが、無課金でこの切れ味。
私の体感ですが、ChatGPTは表現を整えるのが得意で、
Geminiは容赦なく本質を突いてくる。
性格が真逆なのに、結論が一致したのが面白かったんです。
ChatGPTと苦労して積み上げた安全配慮が、一瞬でバッサリ。
でも、Geminiは正しかったんです。
ただし、Geminiの"生々しさ"をそのまま採用するわけにはいかない。 ChatGPTに相談すると、こう提案してくれました。
「Geminiの鋭さは、『インサイトの具体度』として採用しましょう。
毒はあるが、品は落ちないラインを見極めます」
最近、私はChatGPTとGeminiと「会議」をしている感覚です。
私の原案を、Geminiが本質面から、ChatGPTが表現面から磨いてくれる。
最後にもう一度、私が自分の手で編集し直す。
この協働があったから、次の気づきに辿り着けました。


情緒は捨てない。でも「使える形」に変えると決めた
AIからの「完璧主義を動ける完璧主義にアップデートする」
この文字を目にした瞬間に、訳も分からず号泣した体験。
私にとっては、とても大きな出来事でした。
人生を変えるような経験だったから、どうしても書きたかった。
でも、それをお金と時間という対価を払って読む読者や、
リスクを取って出版する出版社にとって、
そのボリュームで書く価値があるのか?
答えは、ノーです。
noteで書くには十分な内容。
でも、本にするには、もっと"使える形"に変換する必要がある。
失敗談も温度も、残したほうがいいと思っています。
でも、それは「きっかけ」程度で十分。
読者が求めているのは、情緒そのものではなく、
情緒が"役に立つ形"に変換された機能=ツールなんです。
この結論、実はChatGPTとGeminiに双方の考えを共有させてみたら、
お互いに「その通りだ」と認め合ったんです。
性格は真逆なのに、本質的な部分では一致していた。
そして私も、二つのAIが導き出した答えと同じ場所に辿り着いていました。

頭の中の完璧より、外に出した未完成の方が価値があった
この1か月、noteで記事を書いて、
反応をもらって、他の人の記事を読んでみました。
完璧主義について考えて、自分なりに本にしたい内容を実践して、
手ごたえを感じています。
形にして、現実で動いて試して、他者へ共有する。
これをしなければ得られないものが、本当にたくさんありました。
一人で考えて、頭の中で「これが完璧だ」と思っても、
それを外に出して他者と共有しなければ、朝起きたら記憶が薄れてしまう夢と同じなんだと気づいたんです。
企画書Ver.1は、自分が思ったことを思う存分盛り込んで、企画書の形に整えてアウトプットした処女作。
1つの企画書として完成させたことに、価値がある。
それは間違いありません。
でも、今は知っています。
完璧主義者が本当に目指すべきは、「完璧なまま止まること」ではなく、
「完璧主義を動かすこと」なんだと。
それは、完璧を目指しながらも、未完成のまま外に出す勇気を持つこと。
完璧主義を否定するのではなく、完璧主義のまま動き続けることです。

あの時笑った言葉を、今は本気で受け止めている
前回の記事で、手戻り地獄で疲弊してPCを閉じながら、
ふと頭に思いつかんだフレーズがあります。
有名な映画のセリフです。
「大いなる力には、大いなる責任が伴う」
これは、AIで何かを作って発信しようとしている"今の私"が、
心に刻んでいることです。
AIは強力なツールです。
それを使って何を考え何を作り、何を発信するか。
読者にとって本当に価値のあるものを届けるために、
もう一度、企画書と向き合います。
情緒から機能へ。
理想から実用へ。
「頑張れ」ではなく、「ここで手を止めていい」という設計図へ。
思いっきり舵を切り替えます。
この1か月で得た気づきを、すべて企画書に注ぎ込んで。
今、企画書Ver.2を作り始めています。
あなたがスキを押してくれたから、私は動けました。
あなたがフォローしてくれたから、私は書き続けられました。
あなたがnoteにいてくれたから、私は変われました。
本当に、ありがとうございます。

実は、この記事は連載「協働ログ」の途中に挟んだものです。
初めて「うれしいお知らせです!」の通知をいただいて、
どうしても今の感謝と気づきを伝えたくて。
協働ログは全5話構成で、残すは4話後編と最終回。
最後まで読んでいただけたら、とてもうれしいです。
次回予告
4話の後編では、翌日また手戻りが発生し、
ついにAIが提案した【作業】モードの話をします。
そして最終回では、「AIがモヤってる?」と誤読した瞬間の話をします。
またAIに「迎合してる?」と聞く場面があります。
もし興味を持ってくださったら、フォローしてお待ちください。
そして、記事でも触れた内容でとても知りたいことがあります!
AIに"成功報告"って、しますか?
する/しない/たまに のどれか+理由を一言で教えてください。
コメントいただけるとうれしいです。

