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心は限界が来るまで意外と気づかないから。

心って体力みたいなものとは少し違うと思う。

体力は使えば疲れる。

長い距離を走れば息が上がるし、
無理をすれば体が重くなる。

だから休むべきタイミングも
比較的わかりやすい。

けれど心はそうじゃない。

普段通り生活できている。
ちゃんと笑えている。
やるべきこともこなせている。

そんな状態でも、
ある日突然苦しくなることがある。

私はメンタルって、
一つの出来事で限界が来るものだと思っている。

どれだけ良い日だったとしても。
幸せだと思える時間があったとしても。

たった一言や、
一つの出来事によって急に心が沈むことがある。

その瞬間、
自分が思っていた以上に
疲れていたことに気づく。

でも本当は、その出来事だけが原因ではない。

きっとその前から
少しずつ積み重なっていたものがあったはずだ。

我慢したこと。
見ないふりをした不安。
飲み込んだ言葉。
平気なふりを続けた時間。

そういうものが静かに溜まっていて、
最後の一押しで表に出てきただけなのだと思う。

だから心の不調は厄介だ。

限界が近づいていることを
自分でも把握しづらい。

むしろ限界に触れて初めて、

「あ、自分はこんなに無理をしていたんだ」

と気づくことの方が多い。

私たちは、自分が思うほど強くない。

それは弱いという意味ではなく、
人の心にはちゃんと容量があるということだ。

無限に受け止められる人なんていない。
どんな人にも限界はある。

だから本当は、
壊れそうになってから
自分を大切にするのでは遅いのかもしれない。

元気な時から休む。
余裕がある時から自分を労わる。
何も起きていない日に好きなことをする。

そんな時間こそ必要なのだと思う。

私たちは頑張る理由はたくさん知っている。

けれど、
自分を大事にする理由は意外と忘れてしまう。

心は限界が来るまで意外と気づかない。

だからこそ

本当に限界が来る前に、
自分のことを少しだけ優先してあげてほしい。

私たちは、
自分の心を過信しすぎている。

大丈夫。
まだ平気。

その言葉を信じ続けた結果、
動けなくなってしまうこともある。

だからせめて、
自分だけは自分の味方でいてほしい。

限界に気づいてから大切にするのではなく。

限界に気づかないかもしれないから、
大切にする。

それくらいでちょうどいいのだと思う。



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