「助けて」と「もういいや」の間で苦しむ。
夜にスマホを閉じた。
誰かに連絡しようとして、
やっぱりやめた。
話を聞いてほしい気もする。
でも、
なんて送ればいいのかわからない。
「助けて」
その一言が打てたら楽なのかもしれない。
けれど本当に苦しい時ほど、
人はその言葉を飲み込んでしまう。
迷惑かもしれない。
重いと思われるかもしれない。
こんなことで相談していいのかな。
そんな考えが頭の中を埋め尽くして、
結局何も送れないまま画面を閉じる。
だからといって、
一人で平気なわけでもない。
誰にも頼らず生きていけるほど
強いわけでもない。
ただ、
助けを求める勇気が少し足りないだけだ。
だから人は時々、
「助けて」
ではなく、
「もういいや」
を選んでしまう。
本当に諦めたわけじゃない。
期待するのに疲れただけ。
信じるのに疲れただけ。
傷つくのに疲れただけ。
それでも心のどこかでは、
「気づいてほしい」
と思っている。
「大丈夫?」
の一言を待っている。
「話聞くよ」
と言われたら、
少しだけ救われる気がしている。
なのに自分からは言えない。
矛盾しているようで、
きっとこれが人間なんだと思う。
私たちはいつも、
元気か絶望か、
前向きか後ろ向きか、
そのどちらかで生きているわけじゃない。
頑張れる日もあれば、
頑張れない日もある。
笑える日もあれば、
何もしたくない日もある。
そして時々、
「もういいや」と「助けて」の間に立ち止まる。
まだ諦めきれていない。
けれど助けを求めることもできない。
前に進むことも、
後ろに下がることもできない。
そんな宙ぶらりんな場所。
苦しいのは、
きっとその場所にいるからだ。
どっちかに決められたら楽なのかもしれない。
全部投げ出せたら楽なのかもしれない。
誰かに頼れたら楽なのかもしれない。
でも現実はそんなに単純じゃない。
だから今日も、
多くの人がその間を生きている。
何も言えずに。
何も変えられずに。
それでもなんとか今日を終わらせながら。
もし今、
あなたがその場所にいるのなら。
無理に元気にならなくてもいい。
無理に答えを出さなくてもいい。
「もういいや」と「助けて」の間で
立ち止まる夜があってもいい。
人はいつだって前を向けるわけじゃない。
立ち止まる日があるから、
また歩ける日も来るのだと思う。
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