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もっと自由になりたい。

もっと自由になりたい。

誰にも縛られずに、
誰の目も気にせずに、
好きな服を着て、
好きな言葉を使って、
好きなように生きられたら。

どれだけ楽なんだろうって。

でも実際は、
わたしたちは思っている以上に、
“誰かの目”の中で生きている。

嫌われないように。
変に思われないように。
空気を壊さないように。

本当は言いたいことがあるのに、
飲み込んでしまう。

本当は嫌だったのに、
笑ってしまう。

本当は疲れているのに、
「大丈夫」って言ってしまう。

そんな瞬間を繰り返しているうちに、
だんだん“本当の自分”が分からなくなっていく。

わたしは昔、
「自由な人」が少し羨ましかった。

好きなことを言えて、
嫌なことを断れて、
周りの目を気にせず生きている人。

なんでそんなふうに
生きられるんだろうって思ってた。

でも今なら少し分かる。

自由って、
最初から持ってる才能じゃない。

“嫌われるかもしれない怖さ”と、
何度も向き合った人だけが、
少しずつ手に入れていくものなんだと思う。

だって、
自由に生きるって怖い。

自分の意見を言えば、
否定されるかもしれない。

好きなものを好きと言えば、
笑われるかもしれない。

周りに合わせなければ、
置いていかれるかもしれない。

だから人は、
無意識に“安全な自分”を演じる。

みんなに合わせて、
波風立てないようにして、
「普通」の中に隠れようとする。

その方が、生きやすいから。

でも、
“生きやすい”と“苦しくない”は違う。

周りに合わせ続けた結果、
自分の心だけ置いていかれることがある。

何が好きだったのか。
本当は何をしたかったのか。
どう生きたかったのか。

分からなくなってしまう。

だから最近、
わたしは思う。

自由って、
「好き勝手生きること」じゃなくて。

“自分を殺さずに生きること”
なのかもしれないって。

嫌なものを嫌と言えること。

苦しい時に、
「苦しい」って認められること。

無理して笑わないこと。

頑張れない日に、
ちゃんと休めること。

そういう小さなことの積み重ねが、
自由に近づくってことなのかもしれない。

もちろん、
簡単じゃない。

急に全部変えられるわけじゃない。

長い間、
周りを優先して生きてきた人ほど、
「自分を優先する」が本当に難しい。

わがままなんじゃないか。
迷惑なんじゃないか。
嫌われるんじゃないか。

そんな不安が先に来る。

でも、
自分を押し殺し続けた先にあるのは、

“優しい人生”じゃなくて、
“苦しい人生”だったりする。

だから少しくらい、
自分のために生きてもいい。

行きたくない誘いを断ってもいい。

疲れた日は、
ちゃんと休んでもいい。

みんなに好かれなくてもいい。

自分の人生なのに、
自分が苦しみ続ける必要なんてない。

もっと自由になりたい。

その気持ちはきっと、
わがままなんかじゃない。

今までたくさん我慢して、
たくさん周りを優先して、
ちゃんと頑張ってきたからこそ、
出てきた感情なんだと思う。

だから、
「自由になりたい」と思った時くらい。

少しだけ、
自分の心の声を優先してあげてほしい。

誰かの期待より、
誰かの理想より、
まずは自分が壊れないことを大切にしてほしい。

わたしたちは、
誰かのために生まれてきたわけじゃない。

ちゃんと、
自分の人生を生きていい。

難しいと思うけど、
わたしが思う自由のために。



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