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わたしの"幸せ"はどこにあるのだろうか #わたし世界観No.7

「幸せになりたい」

きっと誰もが一度はそう願ったことがある。

でもその“幸せ”って、
結局どこにあるのだろう。

お金をたくさん持てば幸せなのか。
誰かに愛されれば幸せなのか。
夢を叶えれば幸せなのか。

SNSを開けば、
楽しそうな人が溢れている。

恋人と笑っている人。
友達に囲まれている人。
夢を叶えた人。
毎日充実していそうな人。

その光景を見るたび、
自分だけ取り残されているような
気がしてしまう時がある。

「なんでわたしは幸せになれないんだろう」

そう思ってしまう夜もある。

でも多分、
幸せって“完成形”じゃない。

「これを手に入れたら幸せ」
「ここまで行けば幸せ」

そんなゴールみたいなものじゃなくて、
もっと曖昧で、
もっと不安定で、
もっと小さなものなんだと思う。

たとえば。

夜中に飲むあったかい飲み物とか。
疲れた日に聴く好きな音楽とか。
コンビニで買ったアイスが思ったより
美味しかったとか。
空が綺麗だったとか。

そんな、
誰にも見向きされないような瞬間。

でも、
心が少しだけ軽くなる瞬間。

きっと幸せって、
そういう小さなものの
集合体なんじゃないだろうか。

わたしたちは、
“幸せ”を探しすぎてしまう。

遠くばかり見てしまう。

もっと完璧にならなきゃ。
もっと頑張らなきゃ。
もっと認められなきゃ。

そうやって、
今の自分には
幸せになる資格がないみたいに思ってしまう。

でも本当は、
幸せになるために
誰かの許可なんて必要ない。

頑張れていない日でも。
何もできなかった日でも。
ずっと布団の中にいた日でも。

そんな日があったって、
幸せを感じていい。

なのにわたしたちは、
自分に厳しすぎる。

「もっと辛い人がいる」
「自分なんかまだマシ」
「こんなことで苦しいなんて弱い」

そうやって、
自分の心を後回しにしてしまう。

でも、
苦しいものは苦しい。

悲しいものは悲しい。

それでいいと思う。

無理に前向きにならなくてもいい。
無理に笑わなくてもいい。

ちゃんと苦しめることも、
ちゃんと泣けることも、
人として大事な感情だから。

そしてきっと、
幸せを探している時点で、
わたしたちはまだ生きることを諦めていない。

本当に全部どうでもよくなったら、
「幸せ」なんて考えない。

“幸せになりたい”って思うのは、
心のどこかで
まだ希望を捨てていない証拠なんだと思う。

だから、
今は見つからなくてもいい。

「わたしの幸せはどこにあるのだろうか」

その答えがまだ分からなくてもいい。

生きていれば、
価値観は変わる。

昨日まで必要だったものが、
今日にはどうでもよくなることもある。

逆に、
昔は気づかなかった小さな幸せに、
ある日突然気づくこともある。

人はずっと変わっていく。

だから、
“今の苦しさ”が永遠に続くとも限らない。

今は真っ暗でも、
少し先には小さな光があるかもしれない。

でもそれは、
必死に探し回った先にあるとは限らない。

案外、
普通の日常の中に落ちている。

誰かの優しさとか。
何気ない会話とか。
静かな帰り道とか。

そういうものが、
気づかないうちに心を救っていることがある。

幸せって、
劇的なものじゃないのかもしれない。

人生が一気に変わるような奇跡じゃなくて。

「今日は少しだけ大丈夫かもしれない」

そう思える瞬間の積み重ねなのかもしれない。

だから今日も、
無理に答えを出さなくていい。

“幸せ”が分からないままでも、
ちゃんと生きていていい。

遠回りしてもいい。
立ち止まってもいい。

その中でいつか、
自分だけの幸せの形を見つけられたら、
それで十分なんだと思う。



↓過去の「#わたし世界観」シリーズ

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