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記憶の色彩、未来の無色 #シロクマ文芸部

 青い雨粒が窓を叩く。
 教室の窓際の席で、彼はなにを思うでもなく、ぼんやりと眺めていた。

 この街の雨には、色がある。
 しかもその雨を浴びれば、色により楽しみや喜びは増幅され、悲しみや怒りは減少した。
 魔法の雨だと、誰もがそれを恩恵として受け止め感謝した。

「青いねぇ」
 不意に声をかけられ振り向けば、隣の席の女子生徒も青の行方を追っていた。
「私ね、昔は青い雨、嫌いだったんだぁ」
「へぇ」
「青色ってなんか悲しい感じがするじゃない? 誰に教えられたわけでもないけど、そんなイメージ」
「ん、まあ、そうだね」
「だから、ああ、悲しい雨だぁ、って思ってた。でも、悲しいのがちょっとなくなるってすっごいよね」
 彼女の顔がパァッと明るくなった。
「それで、青色好きになったの! あ、赤も黄色も水色も緑も好きだけどね」
「黄色の雨浴びてないのに、楽しそーじゃん」
 からかうように彼が言うと彼女はまた顔を明るくした。



 それから数週間。その間に雨はよく降った。
 青い雨、緑の雨、黄色の雨——、数日降り続くこともあった。
 そしてある日、店先の看板は色褪せ、植物の色は薄くなっていることに気付いた数人が現れた。
 最初は単に気のせいだとあしらわれたそれも、徐々に確実なものとして捉えられていった。
 小さな小さな変化だったが、そこから急速に進んだようにも思えた。
 街に点々と、しかし鮮やかに鋭く光っていた数々のネオンサインのいくつかは、すでに淡い影を残しているだけ。

「雨は街の色を吸い尽くしているのだ」と誰かが言った。
 あるいはまた別の誰かは「色にはもはや意味はなくなった。我々の感情と記憶の中にだけあるものだ」と言った。
 しかし結局はどれも推測にすぎず、色が失われていく原因や理由は誰一人わからなかった。

 さらに悪い、と言えるかもしれなかったのが、色彩が失われつつあるという現実に誰も抗おうとしなかったことだ。

 まず、雨が降るという自然の現象をどうこうできる術を持ち合わせている人間など、地球上には存在しない。
 街を捨て移住してはどうかという声もあったが、それはもはや議論にもならなかった。
 感情の増減がなくなることを人びとは恐れたのだ。
 もしも色の雨が降らなくなったとしたら——、
 喜びはさらに大きく、苦しみは少し軽く。それに慣れきった人びとが『通常の感情』では満足できないのではないか。
 誰しもが思い、誰も口にしなかった。


「ねぇ、色がなくなったらどうなるんだろうね」
「……さあ。そもそも色のついた雨自体が解明されていないままなわけだし」
「んー、まあ、うん、そっかぁ、」


 この街の色彩が保たれるのはあと何百年、何十年、何年だろうか。

 感情の色づきまで失うことになるいつかに、まだ誰も気がついていない。




#シロクマ文芸部 企画に参加しました。

セーフ。
断片的なアイデアはいくつか浮かんだものの、ストーリーとしてなかなか繋げられず頭抱えた。
ちょっとAIさん(copilot)に助けてもらいながらどうにか書けました。

1年前にシロクマさん企画で書いた雨の話。
予想よりも反応いただけたので再掲しちゃおう。



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小さな選択、だったはずなのに。 6/5「ハンカチを」
灰羽はジョークを鳴く。 6/12「海の猫」
境目は、どこにあった 6/19「水曜日」

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2025.06.29 もげら

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