空っぽは満ちている #シロクマ文芸部
空の旅行カバンを眺めて溜息を吐く。
さっきからその繰り返しだった。
連休——三日間のうちの二日目のことだ。
なんだかどうにも落ち着かなくなって、部屋の片付けをすることにしたのだった。
三日もかけて掃除するなんて、と頭を掠めたが、それでも始めると捨てていいものはたくさんあったし、昨日一日だけでずいぶんと見た目も心もすっきりしていた気がした。
そして二日目の今日。
朝からクローゼットから眠っているものたちを出していった。
「あ」
旅行カバンを引っ張り出したところで手が止まった。
昔はよく出かけていたっけ。
一泊程度ならこのカバンひとつで。
週末に突然思い立って、行ける範囲なら、と出かけていったこともあった。
けれど、今では思いつきで行動することはすっかりなくなっていた。
仕事のせい。体力のせい。気分じゃない。寝たい。
行かない理由はいくらでも思いつく。
捨てても、構わないんじゃないか。
そうは思うのに、眺めて溜息を吐いている。
またひとつ「はあ」と漏れた。
そのときカバンから、ぷかり、となにかが浮かぶ。
「わっ……?!」
ふわふわと漂うそれは、うっすらとした光を放っているようにも見えた。
「な、なに?」
ぷかり。またひとつなにかが浮かぶ。
「また出てきた……」
誰に言うでもなく、思わず声に出てしまう。
ぷかり、ぷかり。
カバンの周りにはいくつかの得体の知れないもの。
ひどく興味をそそられる。
じっと見てみる。
海が、見えた。
指先で、つついてみた。
ザザァー、波の音が聞こえた。
違うのを見てみる。
たこ焼きが見えた。
指先で、つついてみた。
香ばしい、ソースの匂いがした。
次には、煌めく夜景が見えた。
つつくと、風が頬を撫でた。
肉厚な牛タン。口の中によだれが噴いた。
長い坂道。背中が汗ばむ気がした。
いちごのかき氷。全身に染み渡る涼しさ。
ぷかり、ぷかり。
立ち上がって、適当に服を選んで、カバンに詰める。
無造作に。
カバンの周りに浮かんでいたそれらも一緒に。
扱いなんてわからない。
それでも浮き出したものたちは、元の場所へ戻るようにすうっと馴染んだ。
「よし、」
明日、帰ってきたら、部屋はぐちゃぐちゃのままだけれど。
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2025.08.08 もげら
