耳奥を打つ、夏 #シロクマ文芸部
夏の音が聞こえる、と言った彼に、詩人だね、と私は笑った。
「嘘だと思ってるでしょ」
怒ることもなく、彼は柔らかく笑う。
「嘘だとかそんなのじゃなくて。たとえ方が詩人みたいだなって思っただけ」
そう、別に馬鹿にしたわけじゃない。『詩人』っていうのも、ただの勝手なイメージ。
「確かに、波の音は夏っぽいけど」
眼の前に広がる海はまさに、夏。海の上にあるのは、青い空、白い雲、眩しい太陽。
どこかで何度も聞いたことのある言葉しか浮かばない。私には詩人みたいな才能はない。
「音、分けてあげよっか」
どういうこと、と聞く前に、少し熱を持った手のひらが私の両耳を覆った。
波の音が閉ざされる。
数秒後、手のひらが外されても、私の両耳にはじわりとした熱が残っていた。
「……え?」
「聞こえた? 夏の音でしょ」
「嘘みたい、」
夏の音が、聞こえる。
そんな感想が真っ先に浮かんだ。
ミーンミンミンミンミン——、蝉の声。
プシュッ、サイダーの音。
ドーン、ドーン、ピュー、パラパラパラ、ドーン、花火の音。
ガリガリガリガリ、氷の音。
カランコロン、下駄の音。
らっしゃい、らっしゃーい、屋台の音。
チリンチリン、風鈴の音。
ゴロゴロゴロゴロ、夕立前の雷の音。
ドンドンカッカッ、太鼓の音。
シャクシャク、すいかの音。
ペタペタペタ、ビーチサンダルの音。
もくもく、入道雲の音。
キラキラ、反射する水面の音。
じりじり、照りつける太陽の音。
聞こえるはずのない夏までも、鮮明に、鳴る。
焼けたアスファルト。
麦わら帽子。
爽やかな風。
赤い提灯に跳ねる浴衣。
肌を焼くチリリとした痛み。
喉を通る冷たさ。
震える肋骨。
鮮やかに、それでいて、懐かしさをひらりと揺らす響き。
「夏の、音だ」
「詩人だねぇ」
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2025.08.03 もげら
