出口の蛇口 #シロクマ文芸部
蛇口から人が出てくる。
するりと蛇口から出てきた人を見ても誰も驚くこともない。
どういう仕組みかは僕なんかには理解できない。
人が移動できる蛇口——、未来来たロボットが少年を助ける、あの国民的な漫画に出てくるドアの形をしたアレみたいなものだ。
漫画の中では22世紀の青いロボットが秘密のポケットから出す道具なわけだけれど。
22世紀を通り越した今、定着したのはドアの形ではなく、どことなく古風な形の蛇口。
しかも持ち歩くわけではない。街のいたるところに蛇口が設置されており、蛇口から蛇口へ移動するようなものだった。
蛇口をひねると吸い込まれ、行きたい場所の蛇口から出る。
水道管から着想を得たらしいが、人間を移動させる仕組みなど、やっぱり僕には到底わからない。
けれど、仕組みはわからなくてもありがたく使わせてもらう。
ある日、ついに秘境に蛇口ができたとニュースになった。
人間が蛇口を通って移動する時代になっても、辿り着くのが難しい『秘境』はまだ存在するのだ。
険しい山奥だったり、海底だったり、地下だったり。
そんな場所に蛇口ができた。
「秘境、か」
僕は興奮を自覚する。
22世紀のロボットの漫画では『秘境』で大冒険したりする。
あの漫画に出てくることは、今では珍しくなくなったものも多い。
けれど、秘境での大冒険——、それは僕を駆り立てるのに十分だった。
「行こう」
もしも困ったことがあっても、蛇口があれば戻ってくることだってできる。
ひとまずはその場所を見るだけですぐに帰ってくるのでもいい。それからまた改めて準備を整えて行けばいい。
「秘境へ!」
僕は蛇口をひねった。
・・・・・・
「……ああ、どのくらいの時間が経ったんだろうなぁ」
呟きがむなしく響く。
今、僕がいるこの空間がどのようなところなのかも、よくわからない。
移動できる蛇口の欠点を失念していたのは、興奮のせいだったのだろうか。
この蛇口は、出発点では自分で目的地を言いながら蛇口をひねれば身体が吸い込まれていく。
しかし出口では、『そこにいる誰か』に蛇口をひねってもらわないといけないのだ。
誰かがそこから出たいとき、蛇口の上についたランプがパカパカと光る。
そうするとランプに気付いた誰かが蛇口をひねってくれて、そこから出られる、という仕組み。
街ではたいてい人通りがあり、誰かがいる。それは見ず知らずの人でもかまわない。
ランプが光れば蛇口をひねる。そんな光景は当たり前のものだから。
「秘境に人がそんなにいるはずないもんなぁ……」
ああ、こんなとき、22世紀のロボットが助けにきてくれたなら、よかったのに。
こんな蛇口より、青いロボットを先に作ってくれたなら、よかったのに。
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2025.07.05 もげら
