夜に、釣り上げる #シロクマ文芸部
夜に釣りをする人に、興味が湧いた。
夜釣りなんて特別に珍しいものでもないのに。
いつもの、夜の散歩コース。
灯のない暗い川辺にぼんやりと佇む黒い影。
年甲斐もなく、幽霊かと、びくりと身体が跳ねたのを自覚する。
思わず足を止めてじっくりと見た。
さいわい、と言うべきか、影はこちらに気づいていない。
無意識のうちに息を潜めて、じっ、と眺めた。
影は微動だにしないように思えた。
が、実際には僅かずつ動いているようだ。
数分のことが数十分にも感じられた頃、ようやくそれが人だと認識する。
しかも、釣りをしている。
ときおり夜空を眺めて、静かに糸を垂らす。
「こんばんは」
「どうも、こんばんは」
どうして声をかけたのだろうと、あとになって不思議に思う。
近づいて見ると、影は青年の頃合いらしかった。
「釣り、ですか?」
「ええ、まあ」
「なにか釣れますか?」
「うーん、そうですねえ、運が良ければ」
「運、ですか」
この川で釣り人を見かけることはほとんどない。
暑い盛りであれば、バシャバシャとはしゃぐ子どもたちは居るが。
ただ、魚が釣れるなんて話は聞いたことがなかった。
運が良ければ釣れる——、まあ、釣りではそういうことはあるのかもしれないが、そもそもいないものを釣り上げられるはずがない。
ここで魚は期待できるのだろうか。
青年は空を見上げる。
「星をね、釣るんですよ」
私の考えが伝わったのかと思った。魚はいませんよ、と。
しかし、青年の言った『ホシ』とは、まさか。
「……ホシ。あの、空の、星?」
「ええ、そうですよ」
「星が……、釣れるんですか?」
冷静に考えれば、コイツは危ない奴だと、離れるべきだったのかもしれないのに。
なぜだか彼から不穏なものはいっさい感じられなかった。
「たまあにね、空から落っこちてくるんですよ」
そんなこと、あるわけない。
「満月の付近では、それがほんのちょっとだけ、確率が上がるっていうか」
聞いたことがない。
星が落ちてくるなんて。
この川で魚が釣れると聞いたことがないよりも、もっと、聞いたことがない。
世界中のニュースだって、そんなこと、あるわけない。
……いや、隕石落下のニュースくらいはあるだろうけれど、そういうことではないと思うのはただの直感だ。
「あ」
「え」
青年が小さく声を上げたのに反応してしまった。
「たぶん、釣れましたよ」
クイクイと竿を引っ張る。
そんなこと、あるわけない。
星が、釣れるなんて。
暗い水面に、小さくぼんやりとした光が、ゆらりゆらりと浮かんでくる。
静かに、波紋が広がった。
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2025.05.16 もげら
