受け継がれるおいしさ — アトランティック・カナダ、クリスマスの家庭料理とその舞台裏
イブの朝、気温はマイナス5度。エプロン片手にメルママの家へ料理のお手伝いに向かいました。


早速出迎えてくれたのは猫のスティーブとリップル。早速ご挨拶。
スティーブ:「おっ、Naoか、ちゃんとおかあさんの料理の手伝いしてこいよ。つまみ食いとか、またしないようにな。じゃあな!」
って感じで私をじーっと見つめたあと、いつものように裏庭から雪が積もる林に向かってシュバッと走り去っていきました。

スティーブは時々、捕まえた小動物の獲物をメルママに自慢げに持ち帰ってくるそうで、そのたびにメルママの雄叫びが部屋中に響くとか。

あっという間に裏の林に消えていきました。

リップル:
「あら、Naoおはよう。今日は朝からご苦労さま。たーんとがんばるのよ。
ねぎらってあげるわ。ほーれ、すりすり。(とたくさん足に頬ずりしてくれました。)」
私はおもわず「かわいい~♡」って声が出てしまうのですが、つぶらな瞳で見上げたまま、私のりっぱなふくらはぎに10本の爪をガスッ!と立てました。そんな小悪魔なとこにハマってしまう私です。
メルママは大大大の猫好きさんで、家じゅう猫グッズが置かれています。
クリスマスのローストターキーを仕込む

さてさて、午前中に準備するのはターキー。大人6人分の胃袋に収まる大きなサイズのターキーですと、ローストに6時間ほどかかります。
大きな塊をママが手際よく扱いながら、まず身と皮の間にバターを薄く塗りこみ、次にお腹の空洞にパンを小さくカットしたものとサマーセイボリーなどのハーブとスパイスを混ぜたものを適度に詰め込みます。
これはStuffingというもので、肉汁とまじりあい、最終的にはサイドディッシュの一品になる芳香のいい添え物です。
大きな七面鳥をオーブンに入れてしまうと、あとは何時間もじわじわ焼けるのを待つだけ。
ターキーのお腹の中のスタッフィングのパンとバターとブロス、それにサマーセイボリーの香りが混ざり合い、何とも言えない香しい香りが部屋中に漂います。

いろんなサイズがあります。
このサマーセイボリーは、アトランティックカナダのローカルの人がよく使うハーブで、スーパーでも大きなサイズでたくさん売られています。
オレガノとタイムとセージを合わせたような穏やかな芳香で、ターキー以外にも肉料理にとても使いやすいハーブです。
玄関を開けた瞬間に、このサマーセイボリーとターキーの混ざり合った匂いがすると、
「ああ、お母さんの料理がする。帰ってきたんだな。」
と心からほっとするんだ、と友人のカナディアンがしみじみと話していました。
私も、キッチンから煮物とか出汁とかの香りがしてきたら、母を思い出します。
どこの国もやっぱりおふくろの味、香りってあるんだな、と思いました。

そして、シーフードチャウダーとスティッキーバンズ(パン)の仕込み、最後にデザートを作りました。
クリスマスのデザート

仕上げに抹茶を振りかけて
デザートは私が担当することになったので、日本式のふわふわロールケーキをつくりました。
湯煎しながらロールケーキの生地をふわふわに泡立てます。
こちらもスイスロールケーキというのがあるにはありますが、日本のようなふわふわのやわらかいスポンジとまではいかず、スポンジ部分がどっしりとしている固めのスポンジなので、『こんなにふわふわスポンジは初体験、とってもエアリー。』と新鮮なようです。
デコレーションはバンビやサンタ、トナカイなど、昭和レトロな飾りをマイコレクションから持ってきて飾りました。
私が子供のころは、クリスマスケーキというとバタークリームでした。
今のようなおいしい洗練されたバタークリームではなく、けっこう重くて飽きやすい味だったような、それでもおいしく食べていました。今でもバタークリームのケーキは大好きです。
ひととおり作り終え、メルママとティータイムして、テーブルのセッティングをし終えて帰宅しました。
25日、クリスマスの朝:コーヒーとスティッキーバンズで始まる
クリスマスの朝は、慌てて身支度をする日ではなく、気の置けない人たちとコーヒーをゆっくり淹れて、スティッキーバンズをちぎりながら、チーズやフルーツをのんびりつまむ時間を過ごします。


クリスマス用のコーヒーカップやコーヒーミルク、チーズやパンが並びます。
おはようのあいさつを交わし、各自、自分のお皿に好きなものをとりわけていきます。


スティッキーバンズ | Sticky buns

クリスマスの朝というとやはりスティッキーバンズ(Sticky buns)。
その名のとおり「sticky=べたべた」なパンで、型の底で溶けたブラウンシュガーとバターがキャラメルになって、ローストされたピーカンナッツと一緒に表面をパン生地で覆って焼きます。
このあたりの地域では別名、「Christmas Morning Cinnamon Rolls」などの名前でも呼ばれていて、前日に仕込んでおき、プレゼントを開ける前後に焼きたてを家族で食べる“ホリデーブランチ文化”の一部になっています。

焼きあがったあとにひっくり返してお皿に並べるのですが、熱々を手でちぎると、香しいシナモンとピーカンの香りとともに、指先に甘いキャラメルがとろりとくっついてくる。それを頬ばるのがもう最高!
クリスマスだけ、というわけではなく普段でも人気のあるパンで、珈琲とすごくよく合います。
この中毒性のあるおいしさ、クリスマスだけでは我慢できないのもうなずけます。

程なくしてクリスマスプレゼントを開けるお楽しみな時間に。



ちゃんと私たちの名前がそれぞれに刺繍されていまして
この中に、プレゼントが入っていました。
本当にお母さんみたい。
私も夫も、偶然にも20歳そこそこで母親を病気で失っているので、
こういう母親的ぬくもりが心に染みます。

シーフードチャウダー | Seafood Chowder

シーフードフィッシュチャウダーは、このアトランティックカナダではご当地名物料理の1つで、もちろんクリスマスもテーブルに並びます。
新鮮な魚介類がふんだんに入っているのが特徴で、ロブスター、アサリ、タラ、エビ、じゃがいも、セロリ、にんじん、玉ねぎなどがバターでじっくり炒められて、鍋の中で旨味が溶け合っていくのです。
家庭によってはサーモンや蟹がはいることも。
アトランティックカナダは大西洋に面しているので、シーフードが豊富です。
仕上げに注ぐのは、生クリームの家庭もありますが、私のまわりでは EVAPORATED MILK - エバミルクがよく使用されます。
日本ではあまり馴染みのない乳製品ですよね。
EVAPORATED MILK(エバポレーテッドミルク)とは

エバミルクは牛乳から60%の水分を取り除いたもので、濃厚でクリーミーで風味豊かな料理(スープ)のコクを出すために使用されます。加糖練乳とは異なり、砂糖は添加されていません。
均質化され、缶詰にされ、加熱殺菌されているため、長期間保存でき、料理のベースやクリームの代用として多用途に使用できます。
こちらのスーパーではこのブランドが主流ですがいろんなブランドが出しています。

生クリームだとチャウダー一杯で「もうお腹いっぱい」となりがちなところを、EVAPORATED MILK(エバポレーテッドミルク)は軽い食感ながらも豊かなさらりとしたコクがあり、それぞれの素材の風味を邪魔することなく引き立てるので、お皿の上をスプーンが何度も往復してしまうのです。
チャウダーのじゃがいものホクホク感、セロリのさわやかさ、にんじんの甘さ、そこにシーフードのうまみが溶け合って、「一杯目より二杯目のほうがおいしい」と感じるくらい味がまとまっていきます。とろみもあっさりめ。
スープを飲むたびに、海と野菜のとけ合った味がストレートに舌に届く、毎年楽しみな冬のごちそうです。
このエバポレーテッドミルクは、ホワイトソースや、フレンチトーストなどにも使えます。牛乳がわりに使用すると、いつもより奥深いコクが増すおいしさに。
クリスマスターキー | Christmas Turkey

ターキーにナイフが入る瞬間、皮はパリッと音を立て、中からは湯気と一緒に詰め物のスタッフィングの香りが立ちのぼります。
ご主人のロバートがゆっくりスライスしながら、人数分のお皿の上に乗せていきます。ターキーはあっさりした味わいなので、甘めのソースが合います。赤いクランベリーソースや緑色のミントソースもポピュラーです。
Stuffing(スタッフィング。ターキーの詰め物)
スタッフィングには充分に火が通り、ブロスをふくんでふんわりと膨れ上がって、サマーセイボリーが香しいサイドディッシュとなりました。
ターキーのさっぱりした味のアクセントにぴったりです。
今年はローストビーフも作り、豪勢版となりました。

切り分けた肉を、それぞれのお皿にのせてくれます。

かわいい青い小花のお皿は、メルママのお母様から譲り受けられた特別な日用のお皿だとか。お花はForget-me-not(忘れな草)です。
きゅうりのピクルスはメルママ直伝のレシピで私も定期的に保存食として作っています。レシピはこちらに書いています⇓

いただく前に、となりの人と手をつなぎ合い、皆でお祈りをして感謝を伝えます。
グレービー(肉にかけるソース)| Gravy
肉が焼き上がった後のロースティングパンには、黄金色の脂と肉汁、鍋底に貼りついた茶色い旨みのかけらが残っています。
それらを網でこし、ブロス(ブイヨン)と少しの水を注いでこそげ取り、バター、塩・こしょうで整えてから、コーンスターチで軽くとろみをつけて煮詰めると、グレービーソースの出来上がりです。
温野菜
「どうしてネイティブの方の調理する付け合わせの温野菜って、こんなにおいしいんだろう。」
これは私の中での七不思議の1つでした。
ただ茹でただけのにんじん、今回はローストポテトですがマッシュポテトにしても、とてもシンプルな調理法でとくに味付けはされていないのに、滋味深く素材の味が濃くてとてもおいしいのです。
にんじんはわずかにクランチーな食感がのこっていて病みつきになります。
私もそんなふうに作れるようになりたくて、自宅で何度も同じように試してみましたが、なかなかネイティブの方のあの味と食感にはたどり着けず、歯がゆい思いを繰り返してきました。
試行錯誤の末に気づいたのは、火の通し方と、ゆで上げのタイミングの絶妙さでした。
これはもう、年季の差と言ってしまえばそれまでかもしれません。
シンプルな料理ほどごまかしがきかず、むずかしいものです。
そういう意味でも、メルママのそばでその手際を間近に見られることは、とてもありがたいことだと感じています。
やはり「茹で過ぎない」——これが何よりのポイントでした。
その“ちょうどいい瞬間”を見極めることが、いちばん大切なのです。
フォークを入れればすっと通るやわらかさ。それでいて、噛めば適度に「シャクッ」とした歯ごたえが返ってきて、野菜そのものの甘みがじんわりと広がります。塩だけで充分においしい、まさに名脇役です。
ミートパイ | Meat Pie

チャウダーやミートパイをいただいていました。
ミートパイはクリスマスには欠かせない料理の1つです。
私は若いころ、アメリカ映画が好きでよく見ていましたが、ダイナーなどでアメリカ式の練り込みパイが登場することが多く、私の中では「北米のデザート=アメリカンパイ」というイメージがありました。
折り込み式のパイの、バターの風味がリッチな華のある見た目や食感、香りとはまた違い、練りこみ式パイのほろほろとフレーキーな食感、あくまでも
主役を最大限に引き立てる、この脇役に徹する地味な見た目、それでいてさっくり、ほろりホロホロのやさしいフレーキーさ。そんな素朴な味わいに引かれるのです。
パイ生地の作り方も比較的簡単ですし、中身もスイーツから肉系まで汎用性が高いのも魅力です。
このミートパイも、クリスマスにいろんなご家庭の家を回って挨拶に行った時に、各家のミートパイをごちそうになるのですが、その家庭によって、パイのフレーキーさや中身の味わいもそれぞれで、家庭料理のよさを感じます。この地域では、あっさりした味付けが肉にしみこんでいる軽めのミートパイが主流です。
パイもメルママとこれまでたくさん作ってきました。教会のバザーで大量にアップルパイを出すときもお手伝いしましたが、延々に作りたくなるほどパイ作りが楽しいのは、比較的簡単で誰でも作りやすいからというのもあると思います。
聖夜も深まり、来客も落ち着いてきたので、メルママの義理のお母さんのマリリンさんの家にクリスマスのご挨拶にいきました。とってもかわいらしく上品な92歳のおばあちゃんです。
とにかく綺麗好きでお部屋はいつもピカピカ、物を大事にされていて、結婚当時からの家電やインテリア、家具がそのまま使われており、まるでビンテージのアメリカの映画の世界に紛れ込んだような気分になります。

クリスマスツリーが見えました。
マリリンおばあちゃんの作るミートパイは絶品です。
「Would you like some meat pie?」
そういって、お皿によそってくださいました。
ご結婚された年に揃えたという北欧の器で70年前のものだそうです。
ティーポットもセットでとてもかわいかったです。


おばあちゃんのクリスマスツリーのエンジェル
ヘアがアップスタイルでかわいかった♡

こちらはこの地に伝わるクリスマスの風習、エンジェルの飾りについて調査した記事です⇓
このフレーキーなパイ生地とお肉のやさしい味わいのバランスが見事で、とにかく素晴らしくおいしいです。
おばあちゃんはこれまでの人生で、どれほど多くのパイを焼かれてきたことでしょう。
フレーキーでほろほろっと繊細ながらも適度なクリスピー感のあるパイ生地と、ポークとビーフのミックスのふんわりやさしい味わいのハーモニーが絶品で、私にとっては世界一おいしいミートパイでした。

このフレーキーでやさしいほろほろのパイ生地が作れるよう、精進します。
同じ「シーフードチャウダー」や「ミートパイ」でも、お店や家庭ごとに味や風味が少しずつ異なり、食べ歩くのもまた楽しいものです。
デザート

デザートはさまざまな種類をテーブルに並べ、好きな物を選びます。
トリーツ系ではデ-ツスクエア、スノーボール、ジンジャーブレッド、ナナイモバー、メープルファッジ、ミンスパイなど。
夜も更け家路につくときに、メルママが再利用のクッキー缶にクリスマスのスイーツを入れておみやげにくださいました。嬉しい。
(こちらの記事はお菓子をいれた再利用の缶が旅をする記事です⇓)
カナダ東部ハリファックスに暮らす、ある家族のクリスマスの食卓。
料理を作る時間、オーブンから立ちのぼる香り、そして皆でテーブルを囲むひととき、そのすべてが、やがて静かに思い出へと変わっていくのでしょう。
それぞれの土地と家族の歴史の中で育まれてきた「うちの味」。
レシピ本には載らないささやかな工夫や、好みに寄り添う加減、余りものを生かす知恵。
そうした積み重ねこそが、その家の暮らしや人柄を映し出す、かけがえのないレシピなのだと思います。
この小さな記録が、読んでくださった方それぞれの中にある「うちの味」や「大切な手料理」を、そっと思い出すきっかけになればうれしいです。
そしていつか、カナダ、とりわけプリンスエドワード島やアトランティックカナダの町々を訪れる機会があれば、ここで登場した料理をぜひ現地で味わってみてください。
同じシーフードチャウダーやミートパイでも、店ごと、家庭ごとに異なる表情があります。その違いに触れながら味わう時間も、旅の楽しみのひとつです。
そしていつか、その一皿が、あなたや誰かにとっての新しい「うちの味」になりますように。
筆者:桜野ナオミ
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写真クレジット:すべて筆者撮影
