アルテミス計画と熊野久須毘命――熊は何故、星になったのか(前編)
今年はいよいよ、アルテミス計画が動き出した年でもあった。
僕は前作『虚空門GATE』を作ったこともあって、ときどきUFO界隈の知り合いから、アルテミス計画を引き合いに出してハッパをかけられる。
「そろそろ続編を」
ということなのだろう。
けれど、僕は今、夜空から地上へ目を向けている。
『HIGUMA KARMA』を作っているからだ。
もちろん、宇宙への関心がなくなったわけではない。むしろ、アルテミス計画が現実に進んでいくことには、今も強く惹かれている。
ただ、いま僕が映画として見つめているのは、月ではなく、地上の森だ。
そんなふうにアルテミス計画を意識したとき、思いがけないところから「アルテミス」が僕の前に現れた。
僕はアルテミスを、月の女神だと思っていた。
もちろん、それは間違いではない。
しかし、調べてみると、それだけではなかった。
アルテミスは、狩猟の女神でもあった。
そして、野生と深く結びついた女神でもあった。
さらに、そのアルテミスの神話を辿っていくと――そこに、熊がいた。
カリストという女性がいる。
「カリスト」という名は、ギリシャ語で「最も美しい者」を意味する。
カリストはアルカディアの女性で、アルテミスとともに狩りをする仲間だった。
ところが、
カリストはゼウスによって身ごもり、
熊に変身させられる。
「最も美しい者」が、熊になる。
しかし、彼女の理解力や記憶まで失われたわけではなかった。
人間としての意識を持ったまま、熊の身体になったのである。
それまでカリストは、人間として野生を見ていた。
アルテミスとともに山へ入り、動物を追い、狩る側にいた。
ところが、自分自身が熊になった瞬間、その関係が逆転する。
しかもカリストは、人間だったときの記憶を持っている。
だから彼女は、熊として生きながら、人間の世界を見ることになる。
「人間から見た熊」ではなく、
「熊になった人間から見た人間」。
それまで存在しなかった視座が、ここに生まれる。
そして、さらに恐ろしい場面が訪れる。
成長した息子アルカスが、森で一頭の熊に出会う。
アルカスにとっては、ただの熊だ。
しかしカリストにとっては、自分の息子である。
息子が、自分を獲物として狙っている。
この瞬間、単なる視座の反転以上のことが起きている。
カリストは、自分とは異なる存在の側に立たされ、その存在の感覚を自分自身のものとして経験してしまう。
それは、ある意味で「視座の全体性」とでも呼べるものではないか。
見る者と見られる者。
狩る者と狩られる者。
人間と野生。
その両方の感覚を、一つの存在が共有してしまう。
カリストは、人間と熊の境界そのものになったのだ。
そして、物語はもう一度反転する。
ゼウスは母と息子が互いを殺すことを避けるため、二人を天へ上げる。
カリストは大熊座になる。
地上にいたカリストは、熊になったあと、今度は星になった。
ここで僕は、この物語を三つの視座の位相転換として読めるのではないかと思った。
最初は、
人間の視座。
野生を見る側。
次に、
野生の視座。
野生として、人間を見、また人間から見られる側。
そして最後に、
宇宙の視座。
人間も野生も、同じ地上に置いて眺める側。
人間。
野生。
宇宙。
ひとつの存在が、その三つの位相を通過していく。
もちろん、古代の人々がこの物語を「人間中心主義から宇宙的視座への移行」として考えていたわけではない。
これは、いま僕がこの神話を読み直したときに見えてきたものだ。
けれど、神話というものは、時代を越えてそういう読み直しができるところに面白さがある。
そして、この三つの視座は、僕が『HIGUMA KARMA』で見つめようとしているものとも、どこかで重なってくる。
人間だけの世界でもない。
熊だけの世界でもない。
そのどちらか一方から世界を見るのではなく、人間も熊も、森も、虫も、樹木も、やがて移ろいゆく時間さえも、ひとつの世界のなかで、全ては風のように流れていく。
そして、ここで現代のアルテミス計画に戻ってみる。
僕はこの計画を、単なる「人類が再び月へ行く計画」として見ることができなくなってきた。
人類はこれまで、基本的には地球から宇宙を見てきた。
地球から月を見る。
地球から星を見る。
地球から宇宙を見る。
ところが、月面で人間が継続的に活動するようになれば、その関係が変わってくる。
月から地球を見る。
これは、単なる場所の移動ではない。
人間が、自分たちの暮らす世界を外側から見ることになる。
もちろん、アポロ計画ですでに人間は月へ行き、月から地球を見ている。
しかしアルテミス計画が目指しているのは、一度きりの月旅行ではない。
NASAは、月面での持続的な活動を可能にする月面基地の建設を進めようとしている。
2030年には、月面で継続的に電力を供給するための核分裂型電源システムを月面に着陸させる計画まで掲げている。
ここまで来ると、アルテミス計画は「月へ行く」という話だけではなくなってくる。
これまで僕たちは、地球から月を見ていた。
これからは、月から地球を見る。
カリストが熊になったことで、人間の世界を外側から見たように、
人間が月へ行くことで、地球という自分たちの世界を外側から見る。
そして月から地球を見る人間は、自分が見ている地球から、逆に自分も見られているという感覚を強くするかもしれない。
もしかすると、アルテミス計画が人類にもたらす最大の変化は、月面基地そのものではなく、カリストの物語で感じた「視座の全体性」に近いものを、人類全体が獲得していく転換点になる。
人類が、自分たち自身を「世界の内側」からではなく、「世界の外側」から見ることを、より日常的に経験するようになること――
それは、人間中心の世界観にも、何らかの変化をもたらすのではないだろうか。
月の女神であるアルテミスは、
野生と人間の境界に立つ狩猟の女神でもあった。
そのアルテミスを辿っていった先に、カリストがいた。
カリストは熊になった。
熊になったカリストは、最後に星になった。
その星は、大熊座になった。
ここまで来たところで、僕はふと思った。
なぜカリストは星になっても「熊」の名を冠せられたのだろう。
その「なぜ」は、昨日、僕が熊野久須毘命という神の名に感じた「なぜ」と重なった――
熊野久須毘命。(続く)
▼このテーマに関連する記事
いいなと思ったら応援しよう!
『ヒグマカルマ』は現在も北海道・東北で取材と撮影を続けています。
もし活動を応援していただける方がいましたら、サポートいただけると制作継続の力になります。
いただいた支援は、移動費・撮影費として大切に使わせていただきます。