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痛恨の極み――それでも完全に打ちのめされない理由

ドキュメンタリー映画を作っていると、取り返しのつかない失敗がある。

「あの日、なぜ撮りに行かなかったのか。」
「確実に撮っているつもりが、撮れていなかった。」

そんな後悔を、僕は前作でも抱えている。
そして今回の『HIGUMA KARMA』でも、既に起きてしまった。

本当に痛恨の極みだ。
詳細はまだ書けない。
完成前の映画だからだ。

ただ一つ言えるのは、
「あの時間が撮れていたら、この映画はもっと強くなっていた。」
そう思える出来事だった。

悔しい。
本当に悔しい。

ドキュメンタリーは、やり直しがきかない。
それが、この映画制作の大前提だ。

しかし、不思議なことに、ここまで悔しいということ自体が、この映画に確かな手応えを感じている証なのかもしれない。

何も期待していない作品なら、「仕方ない」で終わる。
でも今は違う。
「あの時間があれば……」
と思ってしまう。

映画制作というのは、完成した作品だけではなく、永遠に失われた映像とも一生付き合っていく業なのだと思う。

大きな痛手だ。だが、まだ致命的ではない。
囲碁に例えるなら、本来あるはずの布石が一つ欠けていたようなものだ。
盤全体の構想は崩れていない。
むしろ、映画そのものの構造が、ようやくはっきりと見え始めている。
この映画は、自らを推進させる力を持ち始めている。
その確信があるからこそ、この失敗だけで完全に打ちのめされることはない。

けれど、この痛恨は忘れない。

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「虚空門GATE」監督 小路谷秀樹 Hideki Koujitani 『ヒグマカルマ』は現在も北海道・東北で取材と撮影を続けています。 もし活動を応援していただける方がいましたら、サポートいただけると制作継続の力になります。 いただいた支援は、移動費・撮影費として大切に使わせていただきます。