三毛別羆事件の現場へ向かう途中、僕は野生のキツネと対峙した
大正4年、北海道・苫前町三毛別で起きた、村の住人7人が巨大ヒグマに襲われ命を落とした「三毛別羆事件」。
語り継がれるその凄惨な食害現場を目指し、僕はハンターのYさんに促されて一人、車を走らせていた。
遠かった。フロントガラスの向こうには、雄大で清明な北海道の風景が広がっていた。
その美しさを撮らずに通り過ぎるのは、あまりに勿体なかった。だが、車のボンネットに取り付けるアクションカメラは持参していない。
忸怩たる思いで、連続する絶景をただ通り過ぎるだけ──。
耐えられなかった。意を決して、片手でカメラを構え、片手でハンドルを握った。
危険なことだ。二度としないと誓うけれど、あのとき、いてもたってもいられなかった。
ほどなくして、前方の道路中央に、何か動物の影が現れた。
徐行すると、それは一匹のキツネだった。
しかしキツネは逃げない。僕はゆっくりと横を通り窓を開けた。
キツネがこちらを睨んでいる──鋭く、真っ直ぐに。
その眼には、野生が宿っていた。敵意と警戒、そして孤独。
ひとたび気を抜けば、開けた窓から跳びかかってくるのではというほどの緊張が走る。
互いにじっと見つめ合ったまま、時間が止まったようだった。
やがて、キツネの目が少しだけ緩んだ。
警戒が解けたのが分かった。意思が通じた…そう感じた。
骨の髄まで、自然に生きている命。
死と隣り合わせにある、張り詰めた孤高。
その気配に、僕は圧倒されていた。
しばらく僕は、そのキツネから離れられなかった。
ゆっくりと後をつけ、横に並び、ときおり車を止めて、目が合った。
キツネは何を思い、何を感じていたのか。
彼は、何も求めていなかった。ただ、そこにいた。
僕もまた、そこにいた。ただ、互いの存在を確かめ合っていた。
【2025年11月3日の制作日記より】
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